第60話~荻野厩舎の次走予定~

「それで、カーテンコールの脚はどうです?」


「正直、厳しいな……」


「すみませんでした」


「気にしないでください。勝ってくれたのに文句をつけるなんてしませんよ」



 桜花賞が終わったあと、横川の奴は勝ったにも関わらず無茶な競馬をしたことをいの一番に謝罪する。馬主の宮岡オーナーは表面上問題ないと告げるが、心配そうな目は隠しきれていなかった。



「いいや、悪いのは俺だ」


「ですが調教は最低限でしたし、あれ以上閉じ込めると暴れたりストレスが原因で大敗したかもしれないじゃないですか」



 俺の言葉に食ってかかるのは横川だ。カーテンコールは休養のつもりで送り込んだ放牧地から、ガチガチに仕上がった状態で帰ってきた。


 それを見て一目で不味い……仕上げすぎていると俺は考えた。ピークなのはいいが、維持する努力やその難しさを知っている中、何とか調教を行っていのだが……。



「カーテンコール自身が、あそこまで自分を虐め抜いたなら仕方ないですよ。これが未勝利馬ならともかく」


「そこまでだったのかい? 私に馬を見る目は無いが」


「……ライスシャワーはご存知ですね。あの時の肉体を2ヶ月以上、馬本人が維持してたんです。負担は想像以上ですよ」


「そ、そこまで……」


「ファートムには隠してこっそりリンゴもあげたりしたんですが決して口にせず……。調教以外の時間も走り回ってオーバーワークになるからと馬房に閉じ込めたら、ストレスで暴れまくってしまいどうしようもありませんでした……」



 賢い馬なら調教をサボったり、レースが近づくと自ら身体を作る馬はいるが……あそこまでピークを維持するなんて、はっきりいって異常だ。



「歩行の乱れやエコー検査も異常はありませんでした。しかし疲労が溜まり過ぎです。……距離適性のあるNHKマイルCや目標のオークスも見送るしかないでしょう」


「っ……そうですか」



 私の言葉に宮岡オーナーは残念そうに呟く。元々チューリップ賞を使って桜花賞。そこから結果次第でNHKマイルCかオークスに向かう予定だったのだ。


 それが僅か春を1戦で終えるなんて、怪我でなく疲労によってそうなる事にあまり良い気持ちはしないのだろう。



「始動戦はGII紫苑Sを考えています。2000mですので、そこで距離適性を測って秋華賞に向かうか、完全にマイルに舵を切るのか決めたいです」


「異論はありませんね。それよりもコールは館山生産牧場に戻すのが普通だと思いますが……大丈夫でしょうか?」



 この大丈夫なのか、という問いかけは「また酷く仕上がってしまったりはしないのか?」という意味だろう。



「今回の結果は館山牧場長も心を痛めていましてね。母離れのためにプリモールとあまり顔合わせをしなかったからなのか? など色々考えているようです。それを加味して、逐一連絡を貰うように交渉しました。それでも無理なら……預け先を考え直すって手もあります」


「……いいや、ファートムの故郷でもありますしそんな不義理はしませんよ。ただ……荻野さん、横川くん、秋は頼みましたよ?」


「えぇ、僕も全身全霊で応えますよ」


「今回の調整ミスは私の責任です。秋こそは任せて下さい」



 それを聞いて宮岡オーナーは笑顔を浮かべる。ふっ、横川の奴、成長したな。ステイファートムとタガノフェイルド、それにカーテンコール、これも時代を築く名馬に乗った効果ってか?



「コールは春全休で決まりですね。ファーの次走はGI天皇賞・春ですか?」


「そのつもりですよ。ファーには史上初の春古馬三冠も目指して欲しいのでね」


「なら、リベンジマッチですね。最強ステイヤーの称号を持つ、ゼッフィルドとの」



 そう、天皇賞・春には菊花賞でファートムに勝ち、前年覇者となり、凱旋門賞から復帰戦となったGII阪神大賞典を9馬身差勝ちしたゼッフィルドも出走を予定しているのだ。横川の奴が闘志を目に宿らせる。



「正直、距離をこなせるか怖いところがあります。菊花賞は世代戦ですし、しかも負けて2着。成長したとは言え、中長距離タイプに特化している可能性も高い。カーテンコールがマイラー体型なのもあって、菊花賞は能力だけで来た可能性も捨てきれません」


「どんな結果になろうとも乗り替わりを指示したりなんてしませんよ。ただ本気で、真摯に向き合って、走って下さったならそれで本望です」



 ステイファートムの次走が天皇賞・春であるとこの場で正式に決定した。



「ぁ、そう言えばタガノフェルイドの次走も決まったそうですね」


「えぇ、まぁ」


「やっぱり6月のGI安田記念ですよね。あ、最近は海外行きたいと言ってましたし、もしかして4月の香港チャンピオンズマイルですか?」


「……──ロワ賞です」


「え?」


「GIジャック・ル・マロワ賞、です」


「……そりゃまた、凄い決断をしましたね」



 昨年はカレンニサキホコルが勝ったGIクイーンエリザベス2世カップと同日に開催されている香港のマイルGIの名前を出した宮岡オーナーは、欧州のマイルGIが出てきた事に驚きを隠せなかった。



「でも、こう言っちゃなんですがフェイルドはファートムと親友みたいなものですよね? ファートムと会えなくて精神面は大丈夫なんですか?」


「それは解決しました。ファートムのポスターを壁に貼り付けるんですよ」


「えぇ?」


「後はファートムが装着した馬具をお下がりにさせたり、スマホ動画で撮った鳴き声なんかも効果ありましたよ」


「えぇ???」



 普通じゃありえないだろうと思われる事象に宮岡オーナーは先ほど以上の動揺を見せた。この人、ファートムにコール、フェイルドやら癖の強い名馬を預かってて大変そうだ……そんな考えが透けて見えた事を、俺は黙って感じ取った。



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GI、NHKマイルCでシャンパンカラー当てられた奴いる?いねぇよなぁ!?

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