第54話~GI有馬記念《前編》~

中山競馬場第11R:有馬記念 <GI>(芝・良・右・2500m)



《大寒波の押し寄せる師走。年末の暮れに行われる日本競馬最後の大1番。それが冬のグランプリ、GI有馬記念です。今年も有力各馬が顔を揃えています。実況は私、明智と》


《はい! 解説の細田です! 明智さん! ついに、ついに! 有馬記念当日です!!! 沢山の観客もそうですがやはり、この2頭を見に来たんでしょうね!》


《えぇ、史上3頭目の秋古馬三冠を目指すステイファートムと、牡馬クラシック三冠を達成し3歳4冠を目指すドゥラスチェソーレ。この2強の結末を見たい人がほとんどでしょう》


《他にも名馬の引退レースでもありますし、年度代表馬争いを有利にする1戦でもあります》


《えぇ、今年は例年なら選ばれてもおかしくない馬が何頭も居ますからね。さぁ、今年を彩った各馬の本馬場入場です!


1枠①。父と同じ再内枠から魅せる事は出来るのか!? インマイハートと竹豊のコンビで挑みます。障害の絶対王者、オジュウチョウサン産駒初のGI出走でもあります


2枠②。GII神戸新聞杯勝ちから菊花賞の惨敗。立て直しを図る陣営と共に歩みを重ねたリーディングジョッキー河田将雅とコヨミアマツ!


3枠③。怪我明け初戦で惨敗を喫した天皇賞・秋からこちらも立て直しを図る! メイショウザクロスと鞍上は和多竜二!


菊の舞台で魅せた栄光からはや3年。また勝つ日を夢見て、いつかきっと朝日が昇るから! ④アサヒメイキッドと主戦ジョッキー都崎圭太!


GII弥生賞で見せた中山コースへの適性は文句なし。こちらも3歳世代の有力馬の1頭です。⑤マツリダマカヒキと鞍上は初めてのGI勝利を狙うミュラー・コーセー!


日本ダービー、そしてセントライト記念。同期の怪物に2度の敗北。古馬を交えたこの舞台で3度目の正直なるかどうか! ヒーローは必ず最後に勝つ! ⑥ワナビアヒーローと鞍上は辛英明!


大歓声。史上10頭目の三冠馬です。キングカメハメハから続く2冠の壁を破壊した継承者。古馬の壁も乗り越え史上4頭目の3歳4冠を目指すドゥラスチェソーレと鞍上はメルコ・デムーロ!


前走GIIIチャレンジCを3馬身差の圧勝劇よりも、レース中のパフォーマンスが語られがち。パドック中のロデオでノルマは達成。バーストインパクトとグランプリ男の沼添謙一!


中山巧者の二冠馬が堂々3年連続の参戦です。天皇賞・秋から巻き返しを狙って掴むは王者の座。世代屈指の実力馬は、世代を超えても衰えを知らず! ネオエイジとオリブエ・ぺリオの名コンビです!


前走エリザベス女王杯で3つ目のGIタイトルGET。次に狙うは牡馬混合GIタイトル。4歳牝馬の筆頭⑩キャンディボールと鞍上は福長祐一騎手!


重賞3勝の現役トップクラスの実力牝馬が今年はグランプリに参戦。札幌記念からの立て直しを狙う⑪ウイングロードと鞍上梅山弘平!


GIIステイヤーズS勝ち馬が長距離路線から電撃参戦。有馬記念でも1発あるか。⑫ライムライトと逆井流星!


これまで積み重ねた5つの冠。牝馬路線を牽引した代表も今日でターフに別れを告げます。母から受け継ぎ咲かせた大輪は、見事有終の美を飾れるかどうか! ⑬カレンニサキホコルとクリストファー・ルモール!


そして最後。史上3頭目の偉業達成へ、無冠の帝王が古馬として挑む三冠への挑戦。去年に引き続きの大外枠も不安は無いと陣営は推す。ステイファートムと主戦ジョッキー横川勤!


以上、今年のグランプリを彩る選ばれし14頭です》



【馬番】

①インマイハート

②コヨミアマツ

③メイショウザクロス

④アサヒメイキッド

⑤マツリダマカヒキ

⑥ワナビアヒーロー

⑦ドゥラスチェソーレ

⑧バーストインパクト

⑨ネオエイジ

⑩キャンディボール

⑪ウイングロード

⑫ライムライト

⑬カレンニサキホコル

⑭ステイファートム



***



 やーって来ましたGIレース!!! ん? あれここどっかで……あぁぁぁ!? ここ、タマモクラウンと最後に走った場所じゃねぇか!?


 って事はあれか? ……去年勝てなかったからリベンジみたいな!? ……うん、確かに春夏秋冬を過ごしたな。間違いないだろ。


 ……アイツが勝ったレース。そして俺が最後に負けたレースでもあるな。今年俺が勝ったら……アイツは喜ぶかな? いや、自分が出たら勝ってたもん! とか言いがかりつけてきそう。


 うん、そうだ。今日は圧勝してやろう。去年タマモクラウンが俺に着けた着差よりも派手に着けてやる。そしたらアイツも言い返せないはずだな! ……言い返して、来ないんだよな。


 さぁ観察だ! 強いやつはどいつだ!? おぉ、知ってる馬が結構いる。まぁ俺もよく走ってるからメンツも覚えてきたって訳ね! 


 んで知らない奴は……インマイハート、コヨミアマツ、ワナビアヒーロー、ドゥラスチェソーレの4頭ね。OK、強そうなのは1頭だけ……ドゥラスチェソーレって奴か。


 他の奴らも弱いとは言わんが……ドゥラブレイズよりは明らかに強く無いな。ワナビアヒーローっ奴はそこそこだから伸びに期待だけど。


 ん? ドゥラブレイズとドゥラスチェソーレ……ドゥラが同じだ。もしかして兄弟なのか? ……まぁどっちでも良いや。俺とコールも名前上は全然違うしな!


 さぁて、現実逃避もこの辺りにしておくか……後ろでバチバチしてる2頭の牝馬、どうしよ?



「ねぇファートムくん、この女、誰?」


「貴方、私という者が居ながらこんな年増が好きなの?」



 カレンニサキホコルお姉さんとキャンディボールがお互いを睨みつけながら俺の方に問いかけてくる。



「こ、こちらカレンニサキホコルお姉さん。結構レースで当たる」


「初めまして。ファートムくんの種付け予約1番目のカレンニサキホコルよ」


「……んでこっちがキャンディボール。療養中に仲良くなった」


「初めまして。半年以上も同じ場所で愛を営んでいたキャンディボールよ」


「「……あぁ?」」



 ひやぁぁぁぁぁ!?!?!? 怖い! 怖すぎるっ!



「ねぇファートムくん、君はどっちと種付けしたい?」


「貴方、分かっている? 当然私よね?」


「あら、私に決まってるわよ」


「…………どっちも魅力的過ぎて選べませぇぇぇんっ!」



 俺は逃げた。やってられるかボケェ!!!



「どうするの? ファートムくん恥ずかしくて逃げちゃったわよ?」


「貴方のせいでしょ? 彼ほどのイケメンから避けられるなんて可哀想」


「あら? 貴方顔だけで彼を判断したの? 彼の良さはそれだけじゃ無いわよ。一生懸命頑張る姿がとっても可愛いの。勝つために走る時の気迫の籠った顔が、凄く唆るわ」


「ふぅん。もちろん顔だけじゃないわよ。彼は牝馬に対して乱暴な牡馬を倒せる強さも持ってて、でも他の馬や子馬には優しいの。顔はもちろん良いし喧嘩も強いけど、その中にある優しさに惹かれたの」


「「……分かってるわね」」



 あれぇ? ほとぼり冷めたかなと見に来たら仲良くなってる。女心? 牝馬心は分からんものだな。



「だから! 次こそは勝つって!」


「はいはい」



 そんな声が聞こえてくる。叫んでいるのはワナビアヒーローと……ドゥラスチェソーレだ。



「ん? あぁ、あんたが例のステイファートムおじさんか」


「そうだが……誰から聞いたんだ?」


「ミドルオブドリーム。俺が朝日杯FSで唯一負けた馬に勝った馬……」


「アイツか。中々強かったよ。まぁ、俺に勝てるとは思えないけど」



 ミドルオブドリームよりドゥラスチェソーレの奴はでかかった。俺と同じぐらいか?



「でも、あんたはクラシックを無冠で終えた……」


「あ?」


「俺は三冠馬だ。……1つも戴冠出来なかった馬に負けるわけ無い」



 態度はそれ以上にでかかったようだ。



「……俺と違う世代だった事に感謝しろ。ぶっ潰してやる」


「良いね、やろうか。上の世代の強さ、見せてみろ」



***



「……よう、なんつうか、楽しそうだな」


「あ、荻野さんはやっぱり分かります? 不思議なんですよ、いつもの僕なら負けたらどうしようだとか考えちゃうのに、今日はどれだけ勝てるだろうか、なんて考えてしまって……」



 GI。しかも古馬を交えて年末に行われるグランプリ。それが有馬記念だ。なのに横川の奴は笑ってそう言う。相手にはGI馬も多数おり、三冠馬も存在している。そして不利と言われる大外枠に位置しているのにも関わらずだ。



「だからかな、今日の僕、絶好調ですよ」


「既に5戦3勝2着2回……疲れとかは?」


「一切ないです。勝てる気しかしませんよ」


「……カーテンコールの時も同じようになってくれたらな」


「うぐっ……ファーは、特別なんです。プリモールも特別ですし、もちろんカーテンコールも。でも、その中でもファーだけは、特別の中の特別」


「お前、いつか怪文書でも書きそうだな」


「怪文書って?」


「こっちの話さ」



 某岡部くんが某ルドルフの事を綴った本がある。ネットではそれを怪文書と呼んでいるが、似たような雰囲気を私は横川から感じ取った。



「だが、相手は三冠馬だ。油断はするな」


「……三冠、ですか。確かにそうですね。世代で最も強い証であり、偉大な記録です。それでも……ドゥラスチェソーレは運が良かった。もしファートムが居れば、彼は無冠だったでしょうから」


「おいおい、タラレバで相手を貶すなよ。あと絶対に関係者には言うなよ!?」


「分かってますよ。それでも、三冠という称号は……ファーには悪いことをしました。なので、せめて別の三冠ぐらい取らせたいじゃないですか」


「三冠の借りは三冠で返すってか? はは、既に決定事項かよ。……そろそろ時間だ、行ってこい横川……見せつけてやれ」


「えぇ。国内に敵は居ないことを知らしめてきます」



 横川勤は笑顔でそう告げて出ていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る