第51話~もう1人の転生者~

『ぐわぁぁぁぁ! また負けたぁぁぁ!』



 シャルルゲート、アスクマカヒキモアが去った後にそうやって叫ぶのはミドルオブドリームだ。あいつ、フェイと戦ったりしつつ俺とも走ってる……距離適性って奴が広いのかね? ちゃんと掲示板は確保してるし。



『……歳下に、負けた』



 ドゥラブレイズがしょんぼりした様子で話しかけてくる。おぉ、4着はペルツォフカで、5着にミドルオブドリーム。そんで言い方的にコイツは6着か。



『ハンデがあったからさ』


『……いいや、それは、言い訳にならん』


『だな。斤量差があろうが勝負は勝負。勝つことが全てだ。でもお前は強い。それは認めてる』


『……いつか、勝つ』


『おう。いつでも挑戦は受け付けてやるぜ』



 勝ってみろ、なんて言わない。ドゥラブレイズの奴は皐月賞で見た時からよく走ってるが、着実に成長している。恐らくいつかはGIでも勝てるんじゃないか? 無論、俺が居るうちは無理だけどな!!!



『ねぇ、おじさん……』


『んだぁ、クソガキ』


『……バァァァァカ!!!』



 よし締め殺そう。ミドルオブドリーム、お前の夢はここまでのようだな。



『ファートム』


『リリー』


『……ごめんなさいね。上手く走れなかったわ。それと1着、おめでとう』


『いや、シャルルゲートもそう言っていた。国が違えば走る馬場も違う。寧ろ頑張った方さ。ありがとう』


『うぅ……でも、悔しいわ』



 彼女だって自信を持ってこの舞台に挑み、全力で走った。異国の地ではGIを複数も勝つような猛者だ。だからこそ言い訳もしないし、悔しさも倍増なのだろう。



『いつかは分からない。でも、シャルルゲートの国でも走ってみたいんだ。だからその時にまた、再戦しようぜ』


『っ……えぇ! 待ってるわ。あと種付けも』


『そっちは遠慮しとく』


『んもうっ!』



 リリーは吹っ切れた笑顔で去っていく。はは……何だよ皆して、俺なんていつも負けたら1週間は凹むってのに……。



『はぁ、終わったかしら?』


『うん、最後は君だね……』



 3歳牝馬のペルツォフカが前に出てくる。彼女が口走ったタマモクラウンの名前……関係者、だよな?



『早速で悪いけど話って?』


『……簡潔に説明するわ。質問もするけど』


『よろしく頼むわ。質問も大抵のことなら答える』


『そう……。タマモクラウンにいは同じ牧場で生まれ育った、同じ厩舎の馬だった。そこまで深い関係じゃなかったけどね』



 へぇ、普通に関係者だな。俺とタガノフェイルドの関係性を年齢と性別だけ入れ替えた……をさらに浅くしたような感じかな? ん? そう考えたら例えとしては酷いもんだ。



『私はタマにいって呼んでた。タマ兄とは一緒に併せ馬とか色々して仲良くなったりした感じ』


『あいつ兄貴扱いするの辛くね? めっちゃまとわりついてくる犬みたいなイメージなんだけど』


『そ、それは否定しないわ。私より歳下っぽかったし……って、そんな事はどうでも良いの』



 ファー君ファー君うるさかったなー。今じゃレース前も静かで落ち着けて良いはずなのに、すっかり寂しいって感じちまうようになってるし……本当、何で死んだんだよあいつは!(※生きてます)



『タマ兄はよくファー君……ステイファートム、貴方の事を喋っていたわ。強くて、優しくて、賢くて、自分の目標の馬だって私に語ってた』


『それ人違いじゃね? 一番最初に入るべき格好良いが無いってバグだろ』


『言いから黙って聞きなさいよ。今真剣な話してるの』


『さーせんした』



 怒られちまった。つい突っ込んでしまったが俺が悪いし仕方ない。でも格好良いが無いのは……我慢してやるか。あいつも男だし、可愛いならともかく格好いいは出ない可能性ある。



『話詰めていくわよ。その時に言ってたの。ファー君は掲示板を読めるから着順も分かるんだって……』


『おう。それがどうかしたのか?』


『ううん。でもさっきの発言で確信が持てた……「人違い」? 馬じゃなくて?』



 …………ぁ、ヤバい。ペルツォフカの雰囲気が変わった。と言うか俺の体温も、状況も何もかもが……。俺が、元人間であることがバレたのか?


 確かに掲示板を読める馬は居なかったはずだ。それに発言のミスも相まって向こうは確信している。……どうするべきだ?


 ズルいと、そう言いたいのだろうか? それとも単なる好奇心? ……と言うより待て、待て待て、保身に走っていて気づかなかったが、1つ重要なことを見逃している。


 ……なんで、ペルツォフカは俺が元人間である事を確信した? 今までゼロスやクレイアスの前でも普通に使ってきたが、それに違和感を持った奴は居なかった。つまり……!



『お前も、なのか?』


『……何が?』


『……転生したのか?』


『……そうよ。そして、貴方も』



 今、目の前にいる牝馬も、ペルツォフカもまた、俺と同じように転生した存在。転生者だと判明した。ファァアァァァァ!?!?



『教えて。タマ兄はどうなったの? ……貴方と走りたい、そう言って出ていって、彼は戻ってこなかったわ。……知っているのなら、彼の最期を聞かせて。私も知りたいだけなの、お願い……っ!』



 涙を流しながら彼女が訴えかけてくる。タマモクラウンの言葉だけを頼りにして、走ってきたのだろう。最初出会った時、リリーみたいに話しかけてこなかった。


 なんて理性の持ち主だ。そして、酷く可哀想な人だ。……もちろん言うべき言葉なんて決まっている。伝えなければ、アイツが、どんなに偉大だったのかを……。






『っ……そう。勝ったのね、タマ兄は。しかも貴方に……うん、もう大丈夫。ありがとう、教えてくれて……』


『この程度、贖罪にもならないよ。アイツの唯一の勝利は決して汚させない。俺は勝ち続けるよ。次も、そのまた次も……二度と負けないから』


『友達であり、ライバル……そう言っていた人に言われて彼も喜んでると思うわ』


『だと言いがな』



 勝ち続けるのが簡単な訳ない。それはお前がいちばんよく知っているはずだろ? でも、だからこそ挑む価値があるってもんさ。タマモクラウン、見ていてくれよ……。



***



 大歓声に包まれる東京競馬場。その場主席でまた1番初めに歓声を上げた人物がいた。



「ファァァァァァ!!!」



 アホみたいな奇声。それが愛称であると知らなければ即座に通報される声に、さすがの周りも引き気味な笑みを向けていた。


 と同時に仕方ないとも思うのだ。個人馬主……しかも何十頭も所有している訳では無い。その所有馬が重賞に出るだけでも大騒ぎだと言うのに、日本最高峰のグレードワンで、欧州最強馬を降したのだから。



「えいっ」


「あだっ!?」



 宮岡オーナーのそれを冷静に殴って止めた妻の方に目が行くと同時に1人の男性が近づいていく。シャルルゲートのオーナー、ベスタロン・オーグナーだ。



「実にブラボーだよ! ステイファートムの馬主さん」



 英語で話しかけてきたベスタロンにさすがの宮岡さんもタジタジになる。しかし小さい会社とは言え社長。英語もある程度はできた。



「こちらこそ。良いレースをさせてもらいました」


「あぁ。負けたのは悔しいがね。言い訳させてもらうと、日本の馬場でも問題は無いと思った。でも……本来の力は見せられなくて残念だよ」


「欧州勢にとって日本の馬場は未知のものですからね。競馬ってのはそんな物ですよ。今回はうちに運が味方した……それだけです」


「ふふ、神様が君達に微笑んだと言うわけか。所で次走はどこを予定しているんです?」



 悔しい。その本音を漏らしながらもベスタロンは次を見すえてそう尋ねる。



「年末のグランプリ、有馬記念ですね。その結果に関わらず、怪我さえなければ来年も恐らく春は国内かと……」


「国際レース……ドバイシーマクラシックには?」


「候補としては……ただ、行く理由が無いので」


「oh、No!!! ……リベンジしたかったんですがね」



 春は国内レースに専念するとの言葉にベスタロンは思わずアメリカンなリアクションを取ってしまう。彼はれっきとしたイギリス人である。



「まさか、シャルルゲートをドバイに!?」


「えぇ。ステイファートムが出るなら芝にも慣れさせて、リベンジを果たすつもりだったんですが……」


「そこまで意識していただけるとは光栄です」


「ふふっ、負けっぱなしは悔しいので。……凱旋門賞には?」


「凱旋門賞……まだ、そんな先のことなんて考えても──」


「シャルルゲートは来年の凱旋門賞で引退させます」



 欧州最強馬の引退予告宣言。その言葉に英語が分かるこの場にいた大半の人間がざわめき出した。



「出来れば来てください。日本にとっても悲願のレースであるはず。是非……リベンジマッチを」


「っ……春の結果次第ですが。前向きに検討させて頂きます」


「それは良かった。……ではまた来年にお会いできることを楽しみにしてますよ」



 凱旋門賞を引き合いに出されては、日本の競馬ファンとして応じない訳には行かないだろう。それがトライアルや王道路線を歩むことの好きな宮岡オーナーなら、尚更。


 それを見抜いたベスタロンのリベンジマッチ宣言に、宮岡オーナーは差し出された手を握り返して応じた。そして舞台は徐々に年末のグランプリ、1年の総決算、有馬記念へと向けられる。



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頑張った馬と競馬関係者の皆さんドバイ含めてお疲れ様でした

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