第47話~復活の狼煙~
社大ファーム今年1の期待の星。俺がそう呼ばれたのは遠い過去の話だ。今ではライバルと思っていた奴から遠く離されている。……どうして、こうなっちまったんだろうか?
2年前、俺はいつも通り同じ歳の子と走っていた。でも、いつの間にか歳上の馬に相手は変わっていた。……俺と併せ馬をした子がやる気を次々無くしていったからだ。
『ふん、自分の力を過信し過ぎなんだよ』
下らない。そう思った。自らの実力を過信して、現実に向き合えないような雑魚のくせに。別にお前としか走らない訳じゃない。そんな気色悪いことあってたまるか。
なのに同い年の奴らは大抵が数回で諦めて走るのを止めてしまう。……悲しくはなかった。もちろん嬉しくもないが。このなんとも言えない気持ちは、強く生まれてしまったのだから仕方ないと諦めていたけど。
『君は速いな』
『そりゃどうも。おっさんはあんまりだね』
『あぁ。事実あまり勝ててないよ……。君は多分、重賞やGIレースに出ることになる』
『なにそれ?』
『他の多くの馬を蹴散らしてきた馬だけを集めた大きなレースだよ。そこでなら、君とも対等に戦える相手と出会えるかもしれないね』
なるほど、俺が走らされているのはそこで勝つためなのか。そう理解してからはやる気の無くなりかけていた俺も再び本気で走るようになっていた。
ここには俺と同じぐらい走れる馬はいない。でも他のレースを勝った馬なら? 例えばおっさんに勝って上にいった馬となら?
恐らく勝てば、勝ち続ければいずれ頂点に立つ。そこで競い合う馬となら、俺も楽しく走れるんじゃないだろうか……そんな期待を抱きながら俺はレース……新馬戦を迎えた。
そこで俺は出会ったのだ。俺とも対等に戦えるライバル達に。まずロードクレイアス。これは周りの人間がよく口に出していたから覚えていた。
なんでも俺と同じぐらい強いと有名だったらしい。どっちが強いのか、それが早速決まるとはな。そんでもう1人がステイファートム。最初はほかの有象無象と一緒と思っていた。
でも違った。走ってみたらファートムも同じぐらい強かったのだ。そしてちょっと後ろにいたタマモクラウンも少し期待できる程度には。
楽しかった。楽しかったのだ。初めてのレース。つまりまだ誰とも序列が付いていない奴らであのレベルなら、同じく勝ち上がってきたメンツとならもっと楽しめるんじゃないだろうか?
そんな淡い期待は次のレースで打ち砕かれた。GIIデイリー杯2歳S。前回よりもちょっと短いこのレースで俺の相手になるような馬はいなかった。
そして次……GI朝日杯FSでも大した相手はいなかった。タマモクラウンの奴もいたが、やはり大したことは無かった。
おっさん、俺は強すぎたのかもしれん。重賞、そしてGIと呼ばれるレースでも俺は勝った。ライバルと呼べる存在は出来ずに。
そしてGI皐月賞を迎える。そこには新馬戦で俺とも対等に競い合ったロードクレイアス、ステイファートムの2頭が顔を揃えていた。
嬉しかった。1番俺に迫った2頭がGIの舞台にまで上がってきて、俺と再び相見えることが出来るなんて……。
そしてレース。最初はステイファートムを見る形で進め、最後の直線でステイファートムを交わして先頭に立ち、再びステイファートムと叩き合いをした。
ほんの僅かな差で俺の方が勝利を手にしたが、やはり強いことは間違いない。ロードクレイアスの奴は出遅れていたらしい。
ちょっとがっかりして見下した発言をしたが、それはステイファートムが擁護したので取り下げる。あぁ、結局この2頭だ。ロードクレイアスとステイファートム、コイツらとなら楽しめる。
次に戦えるのはいつだろうか? そんな期待を胸に抱いた俺の次走に2頭は出てこなかった。がっかりしてやる気が下がったことは間違いない。
だが力を抜いた訳じゃない。ただ単にタガノフェイルドと言う馬も強かっただけだ。何が言いたいかと言うと、俺は初めて敗北というものを経験した。
GI、NHKマイルCと呼ばれるレースで初めて負けたのだ。信じられなかった。やる気は低かったが、決して勝負を捨てたわけじゃない。
まだまだ知らない強敵は存在したと、そう再認識させられた。そして次走に向けて俺はより速くなるようにトレーニングを意識的に行うようになっていた。
そして迎えたのはGII毎日王冠。今までよりもグレードは低いらしいが相手は古馬、つまり年上も混じってのレースなのだ。油断はしない……。
そう誓ったにも関わらず、俺はまた敗北した。俺は自分が信じられなかった。いや信じたくなかったのだ。しかし信じなければ……受け止めなければいけない。
俺は、成長が止まっていると……。
それはずっと目を背けていた事実だった。NHKマイルCの時点ではただレース間隔が短いから疲れていたから、心の中では油断していたからと言い訳をしていた。
しかし認めなければいけないようだ。俺は……これ以上強くなることが出来ないのだと。ロードクレイアス、ステイファートム……この2頭はどんどん強くなるだろう。
だが、俺の成長はここでおしまい。なら次にレースで会った時、かつてロードクレイアスを蔑んだ目で見たように失望の目で見られるのは恐らく俺の方だ。
そこからがむしゃらに俺は走り続けた。2頭を失望させたくなかったからだ。ライバルだと偉そうに言っておきながら、こちら側が一方的に離されていく事が嫌だったからだ。
でも、勝利からは遠ざかっていく。古馬を交えた秋のGIレースでさらに着順は落ちた。勝ったのはタガノフェイルド。俺をNHKマイルCで破った相手だ。
そして再認識させられる。俺は成長していないのに、彼はさらに強くなっていたのだと。やはりロードクレイアス、ステイファートムも強くなっているだろう。
絶望だ。……そんな気分の中、海を越えた海外の舞台でも俺は走った。しかし結果は5着。あまり慣れない生活ではあったが特に問題は無い。
ただ背中に掛かる重さが増えていく。俺の身体は成長しないのに、重りだけは重たくなっていた。……着順が落ちた原因はだからだろう。
そしてG1安田記念ではまた着外の4着。俺の周りの人たちも徐々に態度が変化していく。最初は頑張れなどとほざいていたくせに、今ではほとんどの奴らが諦めの表情を浮かべていた。
マイルにはタガノフェイルドがいるから無理ではないのか? 多分そんな感じの会話が繰り広げられたのかな、俺は中距離に戻ることになった。そしてあいつと再会することになる。
『……ステイ、ファートム?』
あいつが居た。確証はない。明らかに前会った時よりも身体は大きく成長していて、もしかしたら気づけなかったかもしれない。
ステイファートムの奴が嬉しそうに話しかけてくる。あぁ、そうか、お前も俺との対戦を待ちわびていたんだな。……でも、悪いな。
……今の俺は、お前と戦えるような器じゃない。そしてもう二度と。……だから、忘れてくれ。俺の事なんて、ライバルだなんて……。
一言二言、突き放すように告げて一方的に彼の前から姿を消す。そしてレースが始まった。あぁ、ステイファートム、君は速いな。
俺もまだついていけるが、そろそろ最後の直線コースか。みんなが頑張って最後のスパートをかける。だが、俺の脚はもう限界に近い。クソ、やっぱりだ。伸びない。
必死に脚を動かしているというのに。距離もいつもより長いし、ステイファートムとの差はどんどん開いていく。そんな失意を抱えたまま俺はゴール板を通過した。
案の定、奴は俺に話しかけてくる。大丈夫か? とか体調が悪かったんだろうとか……嫌味の1つも言うことなく俺を心配しやがって!
ロードクレイアスの事を馬鹿にした俺だぞ? ならお前も、理由も考えずに負けた俺の事なんか見下しておけよ!
お前は勝者で、俺は敗者だ! なのに、それなのに! なんだその心配げな眼は!? なんだその俺を友達でも励ますかのような声は!?
『うるさいっっっ! ……二度と俺に関わるな。そして忘れろ、俺の事なんて……』
ただ彼を拒絶した。強さだけが俺の取り柄だった。同じ歳のヤツらが相手にならなくて、歳上の馬とも一緒に走ってなお勝てる相手は現れなかった。
そんな中、俺の目の前に現れてくれたライバル。……でも現実は残酷だ。強かった俺は弱くなった。そして周りのヤツらはこれからも強くなり続ける。
自分の弱さが嫌になる。お前の強さと優しさが傷に染みる。どれだけ俺を惨めな目に晒せばこの苦しさは終わる? いっその事、走ることを止めてしまえば……!
そう頭の中で過ぎることもあった。でも、実行には移せない。俺は走れる事の喜びを知っている。勝つ喜びを知っている。そして負ける悔しさも知っている。
……この悔しさを晴らす方法も、勝利への渇望を満たす方法も、全ては勝つしか道はない。でも、勝てない。俺は成長が止まったから、今もなお脚を止めることなく進み続ける奴らに敵う訳が無い。
それでも、俺は勝ちたい。勝ちたい! 勝ちたいんだよ……!
もうこれ以上強くなれなくても、1度で良い。俺に勝利を!
あの、全員が俺を見て、俺を讃える賞賛の嵐をっ!
ライバルを蹴散らして1着でゴール板を通過する快感をっっっ!
そうして迎えた次のレースは、去年に4着となったGIマイルCS。タガノフェイルドって奴はステイファートムと同じように掲示板が読めるらしい。
本人曰く、何となくだそうだが……。そんな俺の人気順は6番人気。1番人気はもちろんタガノフェイルド。……そしてレースが始まった。
《スタートしました!》
タガノフェイルド、モチモチチェリー、ナベリウス、サレグス、レージュナスズカ。それに上位人気と聞いた年下のブラッディメアリー。
彼らがお互いを牽制しあっている。特にタガノフェイルドへのマークは凄まじい。俺は鞍上を少しだけ無視して彼の影に隠れるように走った。
タガノフェイルドの動きが見えるように、タガノフェイルドに合わせてスパートをかける他の馬の動きが見えるように。
つまり、有力馬全員の動きが見える位置で、いつでも俺がスパートをかけられるような位置取りを選択した。
タガノフェイルドへのマークは酷いものだ。まぁ、確か安田記念ってレースでも相当な物だったな。大外を回されて、伸びてきた直線でも不利を受けてたはず。だが、今回はそれ以上だ。
《最後の直線! タガノフェイルド抜けた! タガノフェイルド抜けた! これが年度代表馬の実力か!?》
でも、あの馬は地力が違う。他の馬もスパートをかけるが追いつかない。精々、離されないように差を保つことだけ。早くも周りの馬は……と言うよりも上に乗る騎手の人達は勝つことを諦め始めた。
「勝ちたいんだよな……分かるよ、今日の君はいつもと違う。……さぁ、復活の狼煙を一緒にあげようぜ」
でも俺の上の人は違った。福永さんは俺の動きがいつもと違うことに気づいたのだろう。2着狙いの馬達の間を縫って内から脚を伸ばす。残り100と少々……いけるな。
《タガノフェイルド先頭! いや内からディープゼロスだ! 2歳王者が蘇る!? 2歳王者が蘇る!? ディープゼロスだ! ディープゼロス復活~!
タガノフェイルド僅かに2着! ディープゼロスです! これが最強世代の2歳王者! 最も速き馬! 皐月賞馬が復活しました!》
勝った……勝てたっ! 俺を見ろ! 俺だけを見ろっ! 俺の勝ちだ! 俺が勝者だ! 俺が……1番なんだっっっ!
この会場から湧き上がる歓声全てが俺のものだ。俺に向けられたものなんだ! 懐かしい……嬉しい!
ステイファートム、ロードクレイアス……今の俺を見たら、君達は俺のことをライバルと、そう呼んでくれるかい?
1年以上かかった。けれどこうして、俺は再びGIを勝った。泥のように重い沼からようやく這い出せたんだよ。最後の最後、諦めずに脚を伸ばしたお陰で俺は勝ち切れた。
自慢でなく自虐だが、俺は強かった。……その自負が己の戦略の幅を狭めていたんだ。自分はマークをされる側であり、誰かをマークするなんて有り得ない。
そんな思い込みがあった。そんなくだらないプライドは捨てた。格好よく勝つのではなく、勝つためにプライドも何もかも捨てて死ぬ気で勝ちを取りにいった。
そして何よりも、身体が成長していないからと言って技術まで止まった訳じゃない。俺ががむしゃらに走り続けて鍛えた競走能力の技術はあがっていた。
ただそれを上手く発揮できるような精神状態じゃなかっただけで……俺自身にもまだ、強くなる余地はあったのだ。
タガノフェイルドの奴は絡まれたせいで息が上がって苦しそうで、鞍上の人もタガノフェイルドの今後のことを考えたのか本気での追いをしていなかった。
後世の人間はこのことを分析して、この一戦を色々な要因が噛み合わさったが故のフロックと呼ぶ人がいるかもしれない。それぐらい今回の勝ちは出来すぎていた。
そう言わせないために、次も勝たねばなるまい。……はぁ、久しぶりに勝ったから分かる。昔の俺よ、決して驕るな……勝つ事って大変なんだぞ。
1着ディープゼロス
2着タガノフェイルド ハナ
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