第34話~GI有馬記念《後編》~

《さぁ、スターターの人が壇上に上がります。今年を締めくくる有馬記念のファンファーレです! 改めて、有力馬の確認をしていきましょう。有力馬はほぼ外枠に固まっていますが細田さんはどの馬が本命でしょう?》


《私はやっぱりシュトルムですね。有終の美とグランプリ4連覇を見てみたいので。明智さんはステイファートムですよね?》


《もちろんです。大外枠だろうが何だろうが勝ってくれると信じてますから。クラシックの雪辱をここで果たして欲しいです。枠入りは既に始まっています


おっと、バーストインパクトがゲート入りを嫌がっていますね。入ろうとしません。……うーん、微動だにしませんね。スイープトウショウを思い出しま──いやさすがにあれほどじゃないようです。今入りました


1番人気シュトルム他上位人気各馬、綺麗に収まりました。さぁ、今年の集大成です。最強は誰だ!? 有馬記念スタートしましたっ!


良いスタートだステイファートム! 大外から早くも前目につけようとしているぞ! 逃げ馬トーセンゲートは行き足がつかない! つかない!


これは……ステイファートム先頭! ステイファートム先頭です!? 2番手最内からスっと出たレーゼドラマ! 3番手はライジングウェーブ!


シュトルム、カレンニサキホコル、ホワイトローゼンセ、上位人気3頭は中段に位置しています。ドゥラブレイズ、タマモクラウン共にその後ろ!


バーストインパクト、ネオエイジはこの位置で、アサヒメイキッドは後方グループです。最後方に逃げ馬トーセンゲートこう言った形


さぁ、先行も差しも出来るステイファートムが初めての逃げを打ちました! これは行ったのか!? それとも行ってしまったのか!? なんとステイファートムが先頭で最初のコーナーを回ります!》



 うおっしゃぁ! 良いスタート切れたぜ! 横川さんも押して押して──ぐへっ、なんでいきなり止めたの!?



「ちょ、トーセンゲート出遅れっておいおい」



 あぁ、隣の奴はなんか出遅れてたな。それよりもなんで止めたの? 早く前に! 行かなきゃ馬群に飲まれちゃうから前に……って、あれ? なんで俺が先頭に立ってるんだ?


 横川さんが内に入ろうとしたら1頭の馬がそれを塞いできた。レーゼドラマって奴だ。ちっ! なら内に入ることが出来ねぇ!


 俺、先頭を走ったことないから分からんぞ横川! 横川さんは下げようと何とかしてるな。でも内はレーゼドラマって奴がいるし、後ろから馬も来ている。


 くっ、後ろにいる奴は誰だ? 横川さんが後ろをチラチラ確認してるのが分かる。下げようにも、コイツが俺の後ろをぴったりマークしていて下げることも出来ない!


 なまじスタートが良すぎた事が仇になったのか? 横川さんは隣で出遅れた奴が俺よりも前に行くことを予想していた。だから前目に付けたはずが、こんな結果になるとは……!



 ……若干、思ったより前目に付けるために力を使っちまったし大変にはなりそうだ。ああ、なるほど、すぐにコーナーがあるけど俺は先行グループにつけるつもりだった。


 そのためには初っ端から力を出す必要がある。なのに枠が外に行くほど前目につけるための距離のロスがあるから行きにくい。だから大外枠は不利なのか。


 前目を取るためには最初に力を出さなきゃいけない。力を出さない場合は中段でずっと外を回されて距離のロスが発生する。どっちにしろ最初から力を削がれるような枠じゃねぇか!?


 この欠陥レースめ! ……ちっ、こんなもんハンデって考えたら安いもんさ! やってやるよ!!!



《波乱の幕開けとなった第××回有馬記念! 各馬ホームストレッチに出てきました! 10万人を超える大観衆から大きな拍手に迎えられて、選ばれし16頭が駆け抜けます!


依然として先頭ステイファートム。鞍上横川、もう2着はいらない。欲しいのは1着だけ。そう言っていました。かかってはいません。ならばこれは果たして作戦なのかどうか


シュトルム、カレンニサキホコル、ホワイトローゼンセは中段、前目から少し前目の6番手といった形か。


そしてそして、後方にいたバーストインパクトはまだ抑えています。大歓声にも動じません


その後ろに少しずつ位置を上げていってるのはトーセンゲート。第1コーナーに差し掛かります。最後方には二冠馬ネオエイジがいます


こういった体勢。そして再び訪れるコーナー。最初の1000mは61秒ジャストと平均ペースとなりました》



 バーストインパクトの奴が上がってきたら潔く先頭を譲ってやるのに。つか誰も俺に競りかけてこないな。慣れない逃げをさせて潰すつもりか?


 確かに俺は逃げに慣れてねぇな。普通の馬ならバーストインパクトみたいに暴れたかもしんねぇ。でも俺は元人間なんだ! 横川さんの声が分かる!



「ファー、君のペースを維持しよう。なに、抜かれようと抜かれまいと、最後に1番前でゴールをしてたら良いのさ。俺を信じろ、このペースで合ってる」



 さっきの正面スタンド前の時、横川さんをヤジる声が聞こえた。いつもより位置が前だったからか? 思わず暴言を吐きそうになったよ。


 でも抑えた。そんな事したらむしろ邪魔になる。お前らは忘れてるかもしんねぇけどよ、この人はうちの母さんとも歩みを進めたGIジョッキーなんだ!


 俺は俺自身を信じてるし、横川さんも信じてる。このペースで良いのなら俺はそれを貫くだけだ。やり方は分からなくても横川さんが手網で教えてくれる。


 元人間だからこそ出来る操縦性の良さを、今ここで生かす! さぁ、ついてこいお前ら! 歳上だろうが関係ねぇ。俺の後ろで這いつくばってろ!



《第2コーナーから向こう正面へ入っていきます。先頭ステイファートムクラシック全て2着。無冠の帝王、ここで花開くか


2番手。内にレーゼドラマがいまして、外にライジングウェーブ、ダービー馬です。4番手に居ましたシュトルムです! 現役最強負けられない。河田と共にグランプリ4連覇なるかどうか!?


そしてトーセンゲートはここまで上がってきました。ディバインフォルド皐月賞馬ラストランはここ! テンニモノボルがその後ろにいます


ブシンペルカがその横にいて、カレンニサキホコル現役最強牝馬はここ! 最強の名を咲かせられるか!


ホワイトローゼンセ秋天馬はその後ろ。どこまでも飛翔し続けるその脚はGI連勝できるのか? 1馬身離れてタマモクラウン未勝利馬。その外にドゥラブレイズがいました


さぁここで! バーストインパクトが上がっていく! 3歳馬2頭をあっという間に交わしたっ! 後方グループ、ピエリス横川典弘こちらもラストランです! これが最後の旅です!


残りは2頭。菊花賞馬アサヒメイキッドと二冠馬ネオエイジ、2頭の菊花賞馬が最後方と言う形になりました!》



「よしっ!」



 俺は普通に走っている。ただ内のレーゼドラマって奴が掛かったように前に出てきやがった。まぁ普通に俺たちの作戦だ。


 よくあるだろ? ちょっと前のやつが遅いから抜かしたいけど、抜かすためにはちょっとだけ早歩きをしなきゃいけない面倒なあの微妙な感覚。あの感覚を隣からずっと当てていた。



「きた!」



 勝手に前に出てくれたよ。騎手は引いてたのに止まれなかったようだ。そんでこの暴れ方に横川さんの声。後ろからはバーストインパクトが来たな!



『あはははは!!!! 行くぞオラァァァァァ!!!!』


『ボクもいるぞぉぉぉ!!!』


『俺、もな』


『あら、私もよ?』


『俺の王道を邪魔するやつは潰す』



 上からバーストインパクト、タマモクラウン、ドゥラブレイズ、カレンニサキホコル、シュトルムのおっさんも来てるっ!



『うわぁぁやらしかしたぁぁ! 前前前ぇぇぇ!!!』


『やば、疲れた。……いいや、まだだ! 全力でぶっぱなす!』



 後は……出遅れてたトーセンゲートに、ホワイトローゼンセって奴も来てる! ……めっちゃ来てるんだが!?



《第3コーナーに差し掛かってさぁ先頭は! 先頭は、レーゼドラマに変わっている!? 2番手ステイファートム下がってしまったのか!? その後ろにシュトルム、カレンニサキホコルも来ている!


バーストインパクトが外から一気に襲いかかる! さらにトーセンゲートも競りかけている! 馬群がギューッと凝縮、団子状態!


ホワイトローゼンセは割ってこれるかどうか!? タマモクラウン、ドゥラブレイズも上がってきている!


先頭は結局ステイファートム! これが最後! 残り310m! 全てが決まる、直線コースを迎えますっっっ!》



「いけっ!」



 横川さんの合図で最後のコーナーを回る。あれ、思ったより力は残ってるように感じる。でも思ったより……伸びない。なんだこれは? ……脚に、重りが乗せられているようだ。



「ファー……!?」



 怪我って感じはしない。ただ……1歩1歩を踏み出すのが難しい。クソ、やっぱ枠の差がここで、最後の直線で効いてくるのか……!


 しかもそれを後押しするのがこの最後の急坂……! 苦しい。この前に走った長いレースよりも負荷が掛かってる気がするからな!


 でも、負けられないんだァァァ!!!!



《先頭はステイファートム! 並びかけるようにシュトルム来た! シュトルム来たァッ! 外からタマモクラウン!


叩いてホワイトローゼンセが間を割って飛んできている! カレンニサキホコルが最内に潜り込んだ! ディバインフォルドとネオエイジも伸び足がある!》



『よぉ』


『……んだよ、おっさん』


『やろうぜ、勝負だ』


『はっ……望む、所だ!』



《残り200を切った! ステイファートムか、シュトルムか! 2頭の叩き合いとなった! GI初制覇か! 4連覇か! ファートムか!? シュトルムか!? 2頭がクビ差、僅かに抜け出た!》



『ぐっ……』


『はぁ……はぁ……!』



 急坂を登りきった所で俺たちの息は切れ、既に満身創痍に近かった。普通ならそのまま後ろの奴らに抜かれたかもしれない。


 だが俺は、このオッサンにはだけは負けたくなかった。ゴールまで残り100m。相手も同じぐらい厳しそうだ。枠はお互いに外の方だったからな。


 でもそれにしちゃ、シュトルムのおっさんは"最初から疲れている"ように見えたが……。いや、余計なことは考えるな。


 隣を見る。シュトルムのおっさんが目をギラつかせてゴールを見ていた。もう片方の隣を見る。カレンニサキホコルの姉さんがいた。でも厳しそうだ。



『ボクを、忘れるなぁぁぁ!』


『タマモクラウンっ!』



 シュトルムのおっさん側……外からタマモクラウンも来ていた。忘れねぇよ。お前はいつも飛んで来てるからな。その執念は本当に凄い。でも、それでも、勝つのは俺なんだよっ!



「頑張れ! ファー!!!」



 刹那、思考が加速する。ほんの少し、でも確実に、俺の方がハナ差、ゴール板を先に通過するように俺の目からは見えた。


 勝てるだろう。本能的に、直感でそう感じた。ただ誤算だったのは、ビギッ、と変な音がして、それが故障発生か、もしくはその予兆の音だと俺は理解してしまった。


 ……勝ちたい。4度目の正直。横川さんや宮岡オーナー、荻野調教師さんに、いつも世話してくれる厩務員の沢村さん。


 俺をプリモール母さんから引き上げてくれた館山牧場の館山さん。それに母さん、俺の活躍を期待する妹ちゃん。


 ……勝ちたい。勝ちたい、けど……死にたくは、ない。無意識に、でも僅かに脚力が、ゴール版を駆け抜ける最後の一歩だけ、上手く力が入らなかった。


 この瞬間、限界を超えても走り続けると言うサラブレッドの本能よりも先に、人間としてのブレーキが働いてしまった。


 ほんの一瞬、そのほんの一瞬が勝負を分けたと俺は後で理解することとなる。



《外からタモモクラウン! この3頭だ! ネオエイジ、カレンニサキホコルも来ているが4番手争い! 前3頭が並んでゴールインッッッ!!!!


内ステイファートム! 真ん中シュトルム! 外からタマモクラウン! 3頭もつれるようにゴールしました!


無冠の帝王の覚醒か! 4連覇か! 悲願の初勝利か! どの馬が勝ったのか全く分かりません! GI馬8頭による頂上決戦は! 現役最強馬のプライドVS若駒達の台頭で決着しました!》



「はぁ、はぁ……どっちですか?」


「知らん」


「俺やろ! 今日こそ勝たせてもろうたで!」



 横川さんがシュトルムの上に乗ってる人に話しかけたけど無愛想に返されてた。タマモクラウンの鞍上の人が勝ったと叫んでるけど、本当だろうか?



『ステイ、ファートム……お前の、勝ちだ』



 なんて思ってるとシュトルムのおっさんが息を切らしながらそう言ってきた。……俺も、僅かだけどシュトルムのおっさんには勝ったと思っている。ただ……。



『なんでだよおっさん、半年前に見たあんたはもっと強かったはずだ!』


『別になんて事ないさ。ただ、俺の全盛期を過ぎちまっただけ。後は強いて言えば世界の……いや、言い訳にしかならんな』



 全盛期……年齢のことか。確かに競走馬のピークは短いと言われているな。1年間継続させるだけでも大したもんらしい。



『世界って事は……海外のレースに出たのか? 世界は広かったって事か?』


『あぁ。相手はもちろん化け物揃いだし、環境から何までこの国と全然違った。……ファートム、お前が群れのボスになれ。そんで行けるなら……世界を見てこいや』


『……おう。分かった』



 シュトルムは俺の言葉を聞くと満足したように背中を向ける。でけぇ、強さとかじゃない。雰囲気からもう歴戦の猛者なんだ。


 何を経験し、何を得たらあんな風になれるのだろうか? 俺は元人間だ。でも分からない。あぁ、不甲斐ないな……。



『ファー、くん……』


『タマモクラウンか……ってお前、その脚!』



 シュトルムとの話が終わるのを待っていてくれたのだろう。ゆっくりと近づいてきたタマモクラウンの奴に目を向ければ、そこには苦悶の表情を浮かべたクラウンの奴がいた。周りの関係者たちからもざわめきや悲鳴が起こる。



『あはは、ちょっと、頑張りすぎちゃったよ……。でも、ボクの中じゃ今までで1番君に近づけた気がするんだ』


『ば、馬鹿野郎! その脚、どう見ても脚を怪我してるじゃねぇか! 俺たちにとっちゃ寝違えただけで死ぬ可能性があるんだぞ!?』


『えへへ。でも、そうしなきゃボクは勝てないと思ったから……ボク、勝てたのかな?』



 知るかボケ! 負けただけならまだチャンスはある! でも怪我したら走れないかもしれないんだぞ! コイツ、それを分かっていないのか!?


 ワァァァアアアァァァァアアァァァァアァ!!!!


 心の中で思った罵詈雑言を口にする前に激しい歓声が上がった。どうやら結果が出たらしい。



1着タマモクラウン

2着ステイファートム ハナ

3着シュトルム ハナ

4着カレンニサキホコル 1

5着ネオエイジ 1/4


タイム 2:33:4



『……っ!』


『ファー君?』


『……タマモクラウン。お前の、勝ちだ』


『~~~っ!?!?!? 本当っ!? 勝ったの? ボク、勝てたの!? やったぁぁぁぁぁ!』


『この馬鹿、落ち着け! ほら、馬馬車も来てる。さっさと治して戻ってこい』



 子供のようにはしゃぎまくるタマモクラウンを宥める。だって怪我してるのにめっちゃ動くんだもの。止めるしかないでしょ。


 ……ちっ! 負けた……! クソが、でもまぁ、こいつの喜びようを見てたらなんだか気が抜けちまったよ。今回だけ……1回だけなら良いか。


 ……はっ? いや何腑抜けたこと考えてやがる俺は!? 1回負けても良いだと!? こいつのノリに絆されやがったのか? ……ムカつく。自分に腹が立ってきたぜ!



『ファー君!』


『んだよ?』


『また走ろうねっ!』


『……あぁ』



 馬馬車に乗り込むタマモクラウンとそんな約束をした俺は横川さんに促されてターフを後にした。そしてこれ以降、競走馬としてタマモクラウンと出会うことは1度もなかった。

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