第33話~GI有馬記念《前編》~
「グランプリの人気投票で2位……まだ実感が湧かねぇよ」
「僕もです。あれだけの馬に乗せてもらう。武者震いが止まりません」
調教はまずまずだ。菊花賞での疲れは十分に癒えている。無論、凱旋門賞帰り馬のように目に見えない、俺たちが把握出来ない何かがあるかもしれんがな。
「大外枠……過去10年で8枠で馬券に絡んだ馬は2頭しかおらんな。うち一頭は三冠馬……三冠馬ですら2着が限界だった。だから気楽にいけ横川」
「荻野さん、もう2着はいりません。勝たせますよ、必ず……!」
横川は気合十分の表情でパドックへと向かっていった。……ファーのデキは良好だ。ただし最高だと思ったのは皐月賞の方だが。
じんわりと握る手に汗が滲む。今は冬で、ここは暖房が特別効いている訳でもないのに……。
「あぁ、アイツより緊張してやがるのか」
騎手よりも調教師である私がこんな状況でどうするか。厩舎として未だGIには届いていない非力な俺を信じてオーナーはファートムを預けてくれた。
ならその期待には応えてやりたいよな。もう俺に出来ることはない。正直言って、大外枠では勝つことは厳しいと見ている。
ただ1番恐れていることは勝てないことじゃない。……2人とも、怪我だけはしないでくれよ。俺はそう心の中で呟いた。
***
あぁ、今日もついにレースの日か。……次はどんな相手が待っているのだろうか? いや、どんな相手だろうと関係ない。ただ俺は俺のレースをするだけだ。
俺はゼッフィルドに指摘された言葉を改めて心に刻み、そして自らの意思や考えと混ぜて思考した。ライバルを決めるのは良い。闘争本能が湧き上がるからな。
ただそれ以外の奴らを侮っちゃいけないし、半分無視のようにまで軽んじてももちろんいけない。全ては塩梅が大事なのだ。
「ファー……うん、良い顔つきだね。データなんて……常識なんて一緒にぶっ飛ばそうぜ」
おう! という訳で行こうか横川さん。今度こそ、俺は勝ってみせる。……所で、データとか常識とかの部分詳しく教えて貰って良いですかー? なんか凄く不安になってきたんだけどー!
……はぁ、結局教えてくれなかったし。てかこのグルグル回るの毎回一緒だし飽きたんだけど。眠たくなってくる。おっと、あくびしたらめちゃ写真撮られた。きっと変な顔だろうしネットには上げんなよ?
メンツでも見るか……と思ったけど、知ってる奴が少なすぎるぞ? 暴走馬バーストインパクトに、俺の後ろが大好きなタマモクラウン、地味に会う回数多いけど実際に喋ったことはないドゥラブレイズの3頭だけだ。
いや、もう1頭いるにはいるな……半年ほど前に出会ったのを俺は覚えている。名前はシュトルム。三冠レース以外のGIを3つも取っている歳上の馬だ。
って事は、今回のレースから俺も大人の仲間入りってのとか!? どおりで知らない人がたくさんいる訳だな。どいつもこいつも強そうだ。
少なくとも世代戦で戦ってきた有象無象よりは。半分以上から強そうなオーラが漂ってきやがる。中でもヤバめなのはシュトルムのおっさんだな。
他には……ホワイトローゼンセって奴か。それにカレンニサキホコルって奴……ん? あれ、牝馬じゃね? 俺はてっきり自分が牡馬だから牡馬限定のレースに出るもんだと思ってたけど。
なるほどね。真の強者には牡馬も牝馬も関係ないに決まってるか。あの牝馬はわざわざ男馬の出るレースに出走してきたんだ。お眼鏡に適うのも当然の実力か。
ってことはもう1頭いる牝馬……ピエリスって奴か。この馬も強いんだろうか。……なんか、やたら鞍上に懐いてやがるな。お互いデレデレしてるのが俺にも分かるぞ。関わったら不味そうだし離れよう……。
***
中山競馬場第11R:有馬記念<GI>(芝・良・右・2500m)
《競馬の祭典、グランプリ有馬記念がまもなく始まります。海外でも活躍を見せた古馬達の高い壁か、ハイレベル3歳馬による世代交代か。
泣いても笑っても、今年最後を締めくくる総決算です。実況は私、明智と》
《はい! 解説の細田です! 今年ももうすぐ終わりなんですね。本当にあっという間でした。さぁ、全ての競馬ファンが注目する第××回の有馬記念が始まるんですよ!》
《えぇ。それでは既に馬場入りが始まろうとしています。白い馬体の誘導馬に促された選ばれし16頭を、1頭ずつ解説していきます! 有馬記念、本馬場入場です!
①レーゼドラマ。破竹の4連勝でGIIアルゼンチン共和国杯を制したその脚で、この舞台でもどんなドラマを見せてくれるのか。鞍上はレジェンド竹豊!
続きまして②ディバインフォルドです。一昨年の皐月賞馬、そして今年の大阪杯覇者でもあります。これまで20レースを駆け抜けた2000mの鬼はラストランを迎えます。鞍上は主戦の梅山騎手!
③テンニモノボル。ステイヤーズSから距離を短縮しての挑戦となります。重賞制覇の実力はGIにまで登るのか。鞍上は──!
④は……おおっと立ち上がってロデオをしています。今日も荒れた様子を見せながらもその闘志は本物やる気は十分。ならばあとは導くだけ。バーストインパクトと鞍上は沼添騎手っ!
⑤ライジングウェーブ。一昨年の日本ダービー馬です。札幌記念3着からの直行ローテの不安はありません。意地を見せるか世代の王。鞍上は──!
⑥ブシンペルカ! 唯一の6歳馬ながらも今年のGIII鳴尾記念で4年連続の重賞制覇を果たした古豪です。ジャパンC4着からの巻き返しなるかどうか。鞍上は──!
ここに居ました歓声が上がる。クラシックロード全てで3着を確保。人気投票10位。最強の未勝利馬⑦タマモクラウンです。古馬を交えたグランプリで掴むは悲願の初勝利! 鞍上は
⑧ピエリス。エリザベス女王杯2着の実績を引っさげて堂々のグランプリ参戦。全てのレースで手綱を取った
⑨ネオエイジ。去年の二冠馬登場です。アメリカでも2着に食い込むその実力は、遠征帰りもなんのその。世代交代を告げて新時代の幕開けを告げることが出来るのか。鞍上は短期免許を取得したオリブエ・ぺリオとの新タッグで挑みます!
⑩はドゥラブレイズ。クラシックへの登竜門GIII共同通信杯、スーパーGII札幌記念の2つを制覇し日本ダービー、菊花賞は共に4着に食い込む世代屈指の実力馬です。父タイトルホルダーは大外枠からの5着でした。父の無念は息子が果たす! 鞍上はグランプリジョッキー和多騎手!
⑪アサヒメイキッド。一昨年の菊花賞馬です。これで2年前のクラシックホース達が集結しました。皐月賞馬ディバインフォルドとのライバル対決もこれで最後。勝つのは最も速い馬か、世代の王か、最も強い馬か、果たして! 鞍上は──!
⑫は去年の2冠牝馬カレンニサキホコル。GI4勝の現役最強牝馬が天皇賞・秋3着を経て、牡馬を交えた真の現役最強馬へと向けて花咲かせます。鞍上はルモール騎手!
おっとすごい大歓声です。⑬シュトルム。凱旋門賞帰りの現役最強馬がグランプリ4連覇の大偉業に挑みます。たとえどんな結末が待っていようともこれがラストラン! 鞍上はこの人、リーディングトップジョッキー河田騎手っ!
⑭ホワイトローゼンセ。1月に3勝クラスを勝ち、そこからOP、L、GIIIエプソムCを辿って天皇賞・秋を5連勝で駆け上がりました。その勢いは留まるところを知らず、グランプリにも殴り込みです! 鞍上は福長騎手!
⑮トーセンゲート。こちらは去年の天皇賞・秋勝ち馬です。ついに掴んだ秋の盾。その代償の怪我明け初戦の札幌記念は2着で天皇賞・秋は4着。そこから望むは2つ目のGIタイトル! 鞍上──が共に挑みます。
⑯。堂々大外枠からの逆襲なるかどうか! クラシック全て2着の実績引っさげ、無冠の帝王ステイファートムが父ステイスターダムが立てなかった古馬路線に歩みを進めました。狙うは1つ、GIの頂きのみ! 雪辱晴らすぞ鞍上横川勤っ!
以上、全16頭の本馬場入場です! それでは最新オッズを見ていきましょう》
1番人気シュトルム3.7倍
2番人気ホワイトローゼンセ4.6倍
3番人気カレンニサキホコル5.9倍
4番人気ネオエイジ8.4倍
5番人気タマモクラウン9.9倍
6番人気ステイファートム10.2倍
7番人気ディバインフォルド16.5倍
8番人気ピエリス24.7倍
以下続く
《1番人気はシュトルム。引退の花道を飾れるかどうか。2番人気は天皇賞・秋勝ち馬のホワイトローゼンセ。3番人気カレンニサキホコル。4番人気ネオエイジ。5番人気タマモクラウン。ここまでが1桁台オッズとなっています》
***
「どうしたファー、ん? あぁ、牝馬が珍しいの?」
俺がカレンニサキホコルって馬を見ていると横川さんが話しかけてきた。おう、あの女からやべぇ匂いがプンプンしてきやがる。
絶対強い。雰囲気とかオーラがハンパねぇわ。ん、向こうが近づいてきたぞ。
『あら貴方、素敵な顔をしているのね』
『そっちこそまぁまぁ綺麗だな。まっ、うちの妹には負けるが』
『まぁ生意気。でも顔は凄く好みだから許してあげるわ。さっきの熱い視線も惚れたって訳じゃなさそうね』
『牝馬が珍しかっただけだ。勘違いさせたなら謝るよ』
『構わないわよ。それよりも、年下の坊やに教えてあげる……ガキが、舐めてると潰すわよ?』
『……はっ、やってみろ』
『良い度胸。もし私に先着したら種付けすること許してあげるわ』
そう言ってカレンニサキホコルは去っていった。はは、さすが男馬と同じ土俵に立つ牝馬だ。迫力が大抵の馬より格段に上だな。ん? 種付け? ……なんか、そういう気分には俺なれそうにないんだが?
『俺も、お前には負けん』
『は? ……って、ドゥラブレイズか。何回もレースは走ったけど、会話するのはこれが最初か。よろしく。そんで今日も俺の後ろに着いてこいや』
『……絶対に、負けん』
ドゥラブレイズの奴も言いたいことだけ言って帰っていく。コイツらいっつも俺をマネキンだと思ってるのか!? 自分の言いたいことだけ勝手に報告していきやがって!!!
『ファー君ファー君!』
はいタマモクラウンか来ましたー! うるさいので逃げまーす。
『ちょ、なんで逃げるのさぁ! ……ボク、勝つからね? 今日こそ、勝つから!』
『──!』
逃げようとした俺の足は止まる。彼の言葉が、いつになく本気に聞こえたのだ。無論、今まで走ってきたレースが本気じゃないとは言ってないが。
『……勝つ。つまりクラウン、お前は俺よりも前でゴールするって意味か? いいぜ、やってみろよ』
『うん。ボクは君に勝つよ』
『……目指すのは1着だ。先着した程度で驕るな』
『もちろんだよ! 今度こそボクは勝つから』
何でか知らんがタマモクラウンの奴、やけに真剣だな。勝ちに急ぎすぎだろ。にしてもすごい気迫だ。……もう、負けたことがない奴だからって油断はしない。クレイアスにそれを教わったからな。
『よう、来たなステイファートム』
『シュトルムのおっさん。思ったより早く来れた訳だが……ここであんたを倒せば良いんだったな?』
『俺もまだおっさんと呼ばれるような歳じゃ……いや、もうすぐそうなるのか』
『どういう事だ?』
『なに、俺は次のステップに進むらしい。引退って奴だ。今まで他の奴らがそうなるのを何度も見てきた。俺もその時期が来たんだ。今までの経験からで分かるもんさ』
……つまり、シュトルムのおっさんはラストラン。俺との戦いはこれが最初で最後なのか。なら……。
『はっ、花を持たせるなんて真似はしねぇからな?』
『当然だ。俺に勝ってみろ。そしたら次の群れのボスはお前に譲ってやる』
『いらねぇよ!? ……でもまぁ、勝つって部分には賛成だ。おっさん、あんたを超えて俺が最強に至ってやるよ』
『最強、か……ステイファートム、世界は広いぞ?』
『あ? どういう意味だ?』
『なぁに、お前ならいずれは自ら辿り着く。それよりも、そろそろ始まるようだ。じゃ、せいぜい頑張れや』
シュトルムのおっさんがそう呟くと同時に、盛大なファンファーレが場内に大きく響いた。……そうか、もうすぐ走るんだな。
歳上の馬達に囲まれながらも、俺は未だ冷めぬ興奮を隠しきれずにいた。おっと、落ち着かせろ。闘志は燃やせ、武者震い大いに結構。
でも視野が狭くなるのはダメだ。深呼吸をして……よし、行くかっ!
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