第22話~ダービーの重み~
「…………」
《やはり2強! ステイファートムか、ロードクレイアスか! 並んだ! どっちだ!?
抜けた! ロードクレイアスが抜けた! ロードクレイアスだ! ロードクレイアス1着でゴールイン!》
「っ……く、そが……」
検量室のモニターで日本ダービーのリプレイ映像が何度も繰り返し映される。その度に最後の直線で怒りが込み上げてくる。
それと同時に悔しさも。もう映像がまともに見えなかった。零れた涙で視界が無茶苦茶だ。
最後、ロードクレイアスに並ばれた時にファーの勢いが一瞬だけだが削がれた。すぐに気づいて立て直したつもりだが、やはり一流のジョッキーよりは劣る速度だろう。
直した時には既にゴール板は過ぎていて、結果は半馬身差の2着……。ファーがロードクレイアスに驚いたのか怯えたのかは分からない。
ただ、ビビらせるようなレース展開にしか出来なかった、ビビらせるような不安のある鞍上じゃ無かったら、勝つことは出来なくても皐月賞のような接戦は演じられたと思う。
そうじゃなくてもムチを振るって無理やりにでも意識をレースに集中させたりとか、色々と手はあったはずだ。
そもそも、あと少し抑えて、仕掛けて抜け出すのがコンマ1秒だけ遅かったら……? 既にレースは終わったのに、反省点ばかりがいくつも出てくる。
「やっぱGIは……ダービーは、遠いな……」
「当たり前だろ。勤お前、競馬舐めてんのか?」
「っ!? ふ、福長さん……」
そこに立っていたのはディープゼロスの主戦騎手、福長ジョッキーだった。今回はコントレイル産駒のコングレイルに乗り替わっていたはすだけど。
「お前、日本ダービーだぞ。俺は今回掲示板を外したし、初騎乗の時はどうなったのか知らないとも言わせないぞ」
「キングヘイローの、ですね」
「あぁ、今でも夢に見るよ。……それに比べたら初騎乗で2着、すげぇじゃねぇか。悔しいのは分かる。だが今お前が泣いたらダメだ。日本ダービーを走ったステイファートムに失礼だ。俺たちにとっちゃダービーは何回も挑戦権があるが、馬にとっちゃ一生に一度の晴れ舞台なんだ。俺たちが泣いたら、アイツらはどうすりゃ良い? ……だから胸張って己の健闘を讃えろ。悲しむな、笑顔を浮かべろ」
「笑顔……はは」
「ひでぇ顔だな。だがまぁ、さっきよりはマシだ。死人のような顔よりはな。……お前は強いよ勤。俺の時は半年ほど映像を見れなかった……」
「……それは、騎乗歴だったり自分の戦績との違いとか──」
「確かにあの時の俺は重賞初制覇して、そのままクラシックも取ろうって想いだったさ。お前とは違ってGIも当時は勝ってなかったからな」
「なら──」
「お前も分かるだろ? 幾ら勝っても、記録を達成しても、GIを勝っても、ダービーを勝っても、三冠馬に跨っても、あの時の苦い記憶は薄れることなく残り続ける」
「……えぇ。だからこそ、俺が今までに培ってきた全てを賭けて……今日の雪辱も含めて、次走を勝つために……ファーを勝たせるために、出来ることを……」
「あ? 吹っ切れたなら良いや。とにかくお疲れ様。ダービー初騎乗の感覚と想い、忘れんなよ?」
先程までの雰囲気はどこにいったのか、気さくに肩をポンと叩いて福長さんはどこかへと行ってしまった。
「……そうだ、荻野さんと宮岡さんのところに行かないとな」
思い出したかのように呟くと俺は急ぎ足で2人の元へと向かっていった
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