第11話~全妹ちゃん~

 ふぅ、一気に抜き去ったから疲れたけど前回に比べたら未勝利戦だったからマシだな。普通に前走の方が俺的には走りやすいんだけど、そこは周りのヤツらの実力差か?


 次のレースは意外と近くても問題なさそうだぞ! と思ってたら馬馬車に乗せられてどこかに連れていかれそうです!



「さぁ着いたぞファー」



 厩務員の沢村さんが開けた扉の先には見た事のある景色が広がっていた。……ここ、実家やんけぇぇぇ!?



「お久しぶりです館山さん」


「あぁ、沢村くんもここまで着いてきてくれてありがとう」


「オーナーは最近忙しいそうですね」


「らしいよ。エリカ賞はなんとか見に来れたけど、表彰式には立つ時間もなかったって愚痴ってた」



 あー、だから荻野さんとか沢村さんが立ってたのか。俺ってばてっきり宮岡さんには会えてないから見捨てられたかもってちょっと思ってたわ。



「でも、次に出る予定のGIIの弥生賞からは行けるそうですよ。と言うかむしろ、ステイファートムの馬主さんとしての話が広がって同じ会社の人や取引先からもそっち優先しろって言われてるらしいです」


「あー、プリモールの時から5年以上経ってるからな。周りの人らが覚えてなくても仕方ねぇ」



 ふむふむ、弥生賞ってレースに出るのか。んで、宮岡さんも今後は俺に会いに来れる可能性高いのね! はは、気合い入ってきたァ!



「おぉ悪いファー。あんまり大人しいからちょっと忘れてたぞ」



 こうして俺は故郷である館山生産牧場に帰ってきた。そうだ、ここには母さんがいるんだった! 母さぁん!



『ん? なんだいファーじゃないか!? もうGIを取ったのかい?』



 沢村さんを無理やり引っ張って母さんに会いに行くと、1頭の子馬が母さんのそばにいた。



『いやまだだけど……でも、ちゃんと勝ってるんだぜ! 次走は弥生賞ってGIIのレースらしい!』


『へぇ、中々やるね。でも、GIってのはGIIと1つしかグレードの違いが無いから、GII勝てるならGIも簡単に勝てるかもなんて安易に考えちゃいけないよ?』



 なんか母さんの説教がいきなり始まった。GIは最高峰だから、GIIなんて勝てて当然の馬がいっぱい出てくる。


 むしろ最高峰な分、相手の強さの上限値の幅が激しいらしい。……母さん、もしかして自分もそれで痛い目を見たんじゃないのかな?


 おっと、GIはもしかしたら勝てるかも……なんてレースから、絶対に勝てないと思う他馬が複数頭もいるレースまであるらしい。


 母さん自身、天皇賞・秋を勝てたのは有力馬が直前に消えたり枠や展開の運が大きかったからと言っていた。



『それより、そっちの足元の子馬……俺の兄弟?』


『ええ、ファーの妹になるわよ。ほら、前に言ってたでしょ。あんたにお兄ちゃんがいるって』


『ふっ、君のお兄ちゃんのステイファートムだ。よろしく頼む』


『何ふざけた顔してるのあんた? 馬鹿な顔してないでシャキッとしなさいよ』



 な、なにぃ!? 俺のとっておきのキメ顔が馬鹿な顔だと!? 格好良いお兄ちゃんという立ち位置が母親によって潰されたんだが!?



「あぁ、こっちもプリモールの産駒か。良かったなファー。お前の妹だぞー! 乳離れは終わったはずだが臆病なんだろうな。もうすぐ歳を越せば1歳馬になる」



 解説ナイスだ沢村っ! つまり俺とは2歳違いか! 5歳まで現役だったら冬辺りに一緒にレースに出ることになるのかな? チラリと視線を向ける。



『……お兄ちゃん?』



 グッハァァァ!?!? なんだ妹ちゃん可愛すぎるぞっ!!! 華奢な肉体、しかし競走馬として大成しそうなトモの張り! 俺と同じ栃栗毛の綺麗な毛並みや尻尾の愛らしい動きまで、全てが俺の保護欲を唆る!



『よし、妹ちゃんよ。虐められたら俺がそいつを蹴り飛ばしてやるから遠慮せず言えよ』


『う、うん……ね、ねぇ、お母さん』



 え、なんか妹ちゃんが俺の方をチラチラ見ながら母さんに内緒話をしてるんだけど? もしかして臭かった!? それか普通にブサイクすぎてワロタ案件ですか!?


 いや、ワロタ案件ならともかく生理的に無理案件ならお兄ちゃん頓死案件に変更なんですが!? ……で、でも、理論上はいけるし!?



『ん? いや、あんた、ファーの奴が格好良いって、どんな目してんだい?』


『く、口に出して言わないでぇ……』



 良かったぁぁぁぁぁ!!!! 嫌われてなかったぁぁぁ!!!! あとやっぱ俺ってば格好良いのね!?



『と、時々、変な顔するのも……ギャップ萌え』


『変な顔……!?』



 妹ちゃんからは意外と高評価? だったので俺はルンルンで短期放牧や年越しをした。え、母さんと妹ちゃんと一緒にはいないのって?


 なんか牝馬だから……つまりはオスとメスだからずっと一緒には居られないらしい。厩務員の沢村さんが居たら良いのかな?



『ねぇ、お兄ちゃん』


『ん? なんだい妹ちゃん』


『ぷっ、その顔やめてってば』



 そろそろ帰る直前、妹ちゃんと一緒に居られる時間が出来た。それにしても、相変わらず俺のキメ顔はウケ狙いと勘違いされているらしい。何故だ……?



『私ね、あんまり走るの好きじゃないの……。お兄ちゃんは凄く速いんでしょ? どうしたら……好きになれるのかな?』


『う~ん……元々俺たちは走るために生まれてきたんだからって理由じゃダメだよな? そうだな……皆のため、だな』


『皆ぁ? どうして?』



 うむ、やはり走るのが嫌いな馬もいるんだな。人間は社会的動物って言われるけど、社会不適合者もいるからな。……うっ、頭が! まさか俺の前世も……!?



『俺を育ててくれる人間がな、勝つと喜んでくれるんだよ。レースする時は知らない人がいっぱいいて、応援してくれるし……俺が勝つと自分はもちろん、母さんや世話をしてくれる人が笑顔になる……恩返しってのかな、そう言った気持ちを持つってのは?』


『……周りの人が、喜ぶ……? それって、母さんも?』


『おう。子供が勝って喜ばない親はいねぇよ。まぁ、俺は元々走るのが好きだからってのもあるが』


『……うん。なら、私も頑張って走るね』



 お、妹ちゃんの雰囲気が変わった。……ターフに立つ、競走馬の雰囲気を纏ってるな。



『そっか、頑張れよ……でも、怪我したり体調が悪いなら無理はすんな。無事是名馬って言葉があってな、怪我をしないで引退まで走りきるのが本当の名馬って意味だ……』


『うん! お兄ちゃんも怪我しないでよね!』



 グフッ!? ちょっと前に骨折したって言ったらダサすぎるから黙っておこう。ん? うおっ、妹ちゃんがハムハムしてきた。


 あぁ、グルーミングって奴だな。母さんとかにもよくやられた。じゃあ相互グルーミングでもするか。



「うわぁ、ファーが他の馬と仲良くしてる。珍しい……あ、発情してないよな?」



 ぶっ殺すぞ沢村っ!?!?!? 妹ちゃんに発情なんてするかぁ!!!



『私、頑張るからねっ!』


『おう、頑張れよ』



 俺は鼻同士を押し付けてそんな激励をする。妹ちゃんは牝馬だし、怪我さえしなければ繁殖牝馬にはなれるだろう。でもその価値が高ければ高いほど扱いも変わるに違いない。


 そのためには全兄? 半兄? かはしらんが、母さんの初仔の俺が活躍したら価値も高くなるだろう。よーし、春から始まるクラシックも頑張るぞぉ!



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



本日は有馬記念!みんなの夢が走ります。私の夢は


イクイノックスの世代交代、タイトルホルダー現役最強証明、福永祐一騎手グランプリ初制覇、ディープボンド悲願のGI制覇、復活のF(エフフォーリア)、ジェラルディーナ母娘制覇


です。

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