第10話~エリカ賞~
はい、頑張って負けて骨折した俺はただ今安静中です。と言ってももうすぐレースらしいから普通にトレーニングもしてるよ。
何故か凄ーく大事にされてる。怪我したから大事にされるのか? でも競走馬って足折れたら殺処分? されるはずたったはず。
という事は俺が強いから大事にされてるのか! ちゃんも生まれた時からいっぱい走って体力とか付けてて良かった!
『おい! そろそろ走るぞ!』
『……うぇーい』
『走る気あるの!? 今のお前に俺が勝っても群れのボスの座はやらんからな!』
『だからいらんて……』
そんなこんなでするフェイとのリハビリ調教は俺の辛勝だった。
『なんで怪我したお前より俺の方が弱いんだ!』
『ははは! お前に負けるとか死んでも嫌だからさ!』
『うがぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?』
そんな俺らの様子を周りの厩務員達は仲が良いとほのぼのした調子で見ていた。うん……調子も戻ってきた。この前ほどの力はまだ感じないけど、すぐに戻るやろ。
まだ俺は2歳馬……人間で例えれば高校生にもなってない。本番はクラシックって3歳と古馬の4歳以降らしいからな! さて、まずは初白星を飾りますか!
***
「荻野さん、ファーの歩行に問題はないです。むしろ調子も良いですね」
12月。ユニフォームを身に纏った横川の奴が嬉しげに話しかけてくる。確かに調教タイムも坂路での行きっぷりも良しだ。
「それは良い。今回の作戦は分かってるな?」
「えぇ、前回は先行。今回は末脚を測るために後ろからの競馬ですね」
「スタートは抜群に上手いし賢いから逃げもできる。後はもし出遅れて馬群に包まれた時とかまぁ、色々知りたいわけだ」
ファーは牧場でも他の馬と関わり合いが少なかったからな。少頭数ならともかく、10頭以上の馬群に包まれて揉まれるレースでどう動くのかを確かめないと。
もちろんオーナーにも許可は貰っている。2歳戦は可能性を試すために捨てても良い。クラシック三冠路線と古馬路線のために2歳GI含む世代限定戦なんていらん……言い過ぎだがその程度のことは言われた。
「でも負けるのは論外ですよね?」
「当たり前だろ。オーナーの宮岡さんも生産牧場の館山さんも今日は見に来てくださってる。怪我明けだし無理しない程度に、戦法は差しで勝て」
「あはは、ファー以外の馬じゃ絶対に聞きたくない指示ですね。僕は僕なりに努力してみせますよ。それじゃ行ってきます」
チラリと今回のオッズを見てみる。
1番人気ステイファートム 1.1倍
2番人気メイプルフェスタ13.4(倍
~以下略
「……本当に新馬戦で負けて涙を流した奴か、あれが」
この圧倒的なオッズを見ても動じなかった横川が、ファーの前走では悔し涙を流した事は競馬ファンの間でも有名だ。
「……でも、これで負けたらネットでボロクソに叩かれるんだろうな」
前が壁でもファーなら実力差で潰すことは出来るだろうが、もし馬群が大嫌いで負けた時のブーイングの恐ろしさに私は震えた。
***
阪神競馬場第9R:エリカ賞<一勝クラス>(芝・良・右・2000m)
《第××回を迎えます2歳限定一勝クラス、エリカ賞です。芝2000メートルに13頭が集まりました。天気は曇り空ですが、芝ダート共に良馬場で行われます
ここエリカ賞は一勝クラスながらGI馬を過去に何頭も排出しているいわば出世レースです。そして抜けた1番人気は今年の2歳馬を代表するディープゼロスとロードクレイアスと新馬戦でしのぎを削ったステイファートム
共に重賞でレコードを叩き出す2頭の怪物と互角の1戦を演じて見せた第3の怪物が、骨折を乗り越えて今ターフに姿を現しましたね》
ワァァァァァァァァ!!!
うぉぉぉ? なんか出てきた途端にめっちゃ歓声上がったんだけど!? え、俺ってばマジで期待されてるの? うひゃひゃ! こうなったらサービスするしかないかぁ!
《おおっと!? ステイファートム歓声に驚いたのか立ち上がったァァァ! まるで父父ゴールドシップの宝塚記念を彷彿とさせる見事な2本立ち! ですがオッズが一気に1.3倍まで落ち込んだぞぉ!?》
あれぇ!? 歓声じゃなくて悲鳴だった気がするぞぉ!? 仕方ねぇ、こうなったらさらにとっておきを披露するか。
何故かこれを見た人が全員大声で驚き黄色い歓声をあげる秘技! スキップ歩きだっ!
《うわぁぁぁあ!!! テイオーステップだァ!?!?!? これは驚きましたぁ! 母母父トウカイテイオーの血が現代にも受け継がれていますっ!
そしてそして、いつの間にかオッズも1.1倍にまで戻りました! 本当に何なんですかこの馬は!》
よしよし! 今度はちゃんと歓声だった気がするぞ!
「ファー、お前、マジ、本当になぁ……」
横川さんが呆れた声を出してる。いやすまんて、テンション上がっちまったから許してくれ。ちゃんとレースは勝つからさ。
だって俺まだ勝ってないし、ここに居るヤツらも負けたヤツばっかなんでしょ? 競馬は勝ち上がり式だから、今回のレースは未勝利戦って奴だろうし……さすがに負けんて。
《さぁ、テイオーステップの話題で持ち切りでしたが枠入りは既に始まっています。最後に⑭ハバースキャノンが収まりまして……スタートしました!
勢いよく飛び出したのは⑦ステイファートム! しかし鞍上横川控えさせます!? 前に④、⑧が行って結局ステイファートムは中段辺りに位置取りました》
良し飛び出したぞ! ……ん、下げろだと? あぁ、なんか調教でも馬の後ろに付く練習させられた記憶があるわ。なるほど、あれは今回のためか。なら言う通りにしますかね……。
《④、⑧が激しい鼻の取り合いをするのを尻目に、⑦ステイファートムを囲み牽制するような馬群を形成しております!
第2コーナーを曲がって1番人気のステイファートムは依然として中団後方。内と外に⑩と⑫がいます。前に3頭を置く形になりますが大丈夫でしょうか?》
「うわ、露骨すぎて笑うわ」
あれー? なんか皆が俺の周りに集まってくるんだけど? ちょっと走りにくいぞ。まぁ、特に問題は無いな。だって横川の奴が余裕そうだし。
《第3コーナーに差し掛かります。先頭は結局④が奪ったがちょっと苦しくなってきてそうだ。後ろからステイファートムを中心として馬群がギューッと凝縮されてきました!
そしてそして、1番人気のステイファートムは前が壁っ! 抜け出せるか横川! 外に出そうとするが空きません!》
お、お? なんかこのまま閉じ込められてるのまずい気がする。まだ出さないの? なんかみんな鞭を振るい出したけど……おい横川! 俺負けたくはないぞ!?
《先頭は④! ⑧が競り合おうとするが後退していき、外から一気に2番人気の⑫メイプルフェスタが上がってきた!
④を捉えたぞ! 残り300mで並んで交わした! 先頭はここで⑫メイプルフェスタに変わった! 後ろからは何も来ない!》
めっちゃ怒声が聞こえるんだけど!? え、横川さんを呼び捨てにしてめっちゃ悪口が聞こえる!? ふざけんなよお前ら!
お、ようやく横川さんが鞭を入れてくれた。首の上げ下げ補助も強めになったし、腰の使い方も変わった。了解、行けってことね! 見てろよお前らっ!
『どけやテメェら! 雑魚が俺の道を塞いでんじゃねえぞゴラァ!』
『ひぇぇ!?』
《ようやくキタキタキタキタ! ⑦ステイファートムが満を持して馬群を突き破る! 物凄い豪脚! ⑫メイプルフェスタに並びかける!
粘るメイプルフェスタを尻目にステイファートム楽々交わしてあっという間に突き抜けます!
1、2、3馬身差を開いて、4馬身5馬身差の圧勝ゴール! 勝ち時計はなんと、1:58.4のレコードタイムっ! この世代がまたしても! またしてもレコードを叩き出した!! 上がり3ハロンは脅威の33.1! 他馬とは足が違いました!》
うっしゃぁぁぁ! さすがに勝ったぞオラァァァ! 畜殺なんてされてたまるか! GIを勝つ馬なんだよ俺はよォ!
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本日はJ・GI中山大障害。障害の絶対王者オジュウチョウサンの引退レース。その最後の勇姿をその眼に焼き付けよう。(14:45発走)
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