第8話~伝説の新馬戦、その余波~
「はぁ、はぁ……」
か、勝ったのか? どうなんだ? 走り終わってから結構経つのに息が上がりっぱなしなんだけど! 足もマジで限界なんだけど!? すごく痛い! 今まで本気だと思ってたが本気じゃなかったようだと思い知った!
「クソっ!」
っ!? お、おいどうした横川さん!? ま、まさか負けたの俺!?
そう思った瞬間、再び大きな歓声が上がる。
1着 ③ディープゼロス
2着 ⑨ステイファートム ハナ
2着 ⑩ロードクレイアス 同着
4着 ⑦タマモクラウン 3 1/2
5着 ①レジネイト 5 3/4
掲示板の読める俺は理解した。俺の番号は⑨。表示された場所は……2着の位置。つまり俺は……負けたのだ。
「ちくしょう、僕が、首をもう少し押してれば……っ!」
あぁ、確かにあの僅差じゃ首の上げ下げで決まるもんな。ハナ差……ディープゼロスに、あの舐めた態度を取ってたヘラヘラした奴にハナ差で負けたのか。
『……よう』
『あ? ……って、お前かよディープゼロス』
『中々やるね……名前は確かファーだったか?』
『……ステイファートムだ。ファーは愛称』
『なるほど、ステイファートム。どうせ俺とまともに戦える奴なんて、ずっと周りの人間が口にしてたロードクレイアスって奴ぐらいかと思ってソイツしか眼中になかったけど……君との戦いは十分楽しめる内容だった。また戦えるのを楽しみにしてるよ』
『あっそ、俺は二度とごめんだけど』
だって疲れるし、負けるの嫌だしお前となんて絶対戦いたくねぇ! ……いややっぱ2回だけ戦う! そんで勝ち越すわ!
『……君、強かったね』
「今度は……ロードクレイアスか」
『同い年と侮ってごめん。後でディープゼロスの方にも謝りに行くよ』
『悪いがそれはやめておいた方が良い。変に調子に乗ってウザくなるから』
ディープゼロスの奴は俺らを認めたとはいえ、それは自分を退屈にさせない面白おもちゃを見つけた時のような感じだった。無駄によいしょするつもりは無い。
『分かった。……でも話には行くよ?』
『なんでだよ!?』
『宣戦布告……ステイファートム、君にもだ。……次は勝つ』
『それはこっちのセリフだ。お前も、あいつも……ぶち抜いてやる』
はっ、面白い。次にぶつかった時は覚えておけよ。もっとトレーニングをして、圧勝してやる! それにしてもまだ足の痛みが取れないな。
もちろん、筋肉痛のような痛み……コズミ? ってやつならこれまでにも何度か経験してる。でも、それとはなんか違うような……。
『悔しぃぃぃぃ~!』
なんかかまって欲しいオーラ出てたタマモクラウンって奴がいたが無視する。強ければまた会うことになるだろ。
「それに最後、鞭を振った時も重心がズレてファーの負担になってしまった。あとあと──」
って横川さんの鞍上個人反省会はまだ続いてたのか!? おいストーップ! 横川さん、今は戻ろう。反省会はまたゆっくりやろうぜ! 俺、足疲れちゃったよ……。
「っ……悪いファー。頑張ったな、偉いぞ……え? っ!?」
急に横川さんの俺を見る目がおかしくなった。急いで優しく下馬する。何事かと近寄ってきた荻野さんに馬馬車の準備を呼びかけている。え……どうした?
「歩行に異常があります! 跛行です! もしかしたら……!」
あ、これ骨折だと思われてるわ!? 折れてないよ! そうアピールするために片前足を浮かしたらそこが痛いのかぁ! と悪化してしまった。
大丈夫、足が痛いのは合ってるけど絶対折れてないって! ただ筋肉が軋んでるだけだし、大袈裟だよ皆!
***
「こ、骨折、ですか?」
「正確には、骨が1つ欠けておりましたので摘出する手術をしないと行けません。復帰は早ければ12月頃になるかと」
はい、どうやら俺は怪我をしたらしい。……折れてはないし! まぁ幸い、軽度だったので数ヶ月以内のうちに復帰できるらしいが。原因は身体の成長に骨がついてこれなかったからとかなんか言ってた。
さぁて、これから暫くは安静にしてないといけないし暇だなぁ。……そう言えばフェイの奴は勝ったんだろうか? 俺勝てなかったからアイツも負けてたら煽られないんだろうけど……その可能性は低そうだ。
***
「……今後、あの2頭とは極力ぶつけるのを止めましょうか」
調教師としての意見を率直に述べると、オーナーの宮岡さんも納得してくれた。また騎手の横川も同様だ。
ステイファートムは賢い……いや、賢すぎる。だからこそ頑張りすぎてしまうのだ。賢いならレースを上手く運んだり、逆に調教で手を抜く程度だがファーは全力で取り組み、レースでは全力以上を出そうとしてしまう。
その結果が2頭との叩き合いによる軽度の故障だ。もちろんクラシック競争には出るつもりだ。だがトライアルが被れば、無理をしなくても勝てる方を選択する。あと血統面は問題ないが、菊花賞は距離的に未知数……。
「……か~、最初からGIが取ってもおかしくない器に見えたが、あの走り……時代が違えば皐月賞は間違いなく取れただろうに……」
日本ダービーと菊花賞は距離適性が未知数なので判断つかんがな。まぁダービーは行けるだろう。これで父のステイスターダムと同じダービー馬になってたら、出れなかった菊花賞に出場したら競馬ファンは騒いだだろうな……。
私はそんな事を呟きながら、同じく新馬戦を勝ち上がったタガノフェイルドの次走についても考え始めた。
それから数ヶ月が経ち、ステイファートムの出走していた新馬戦は既に次代の伝説の新馬戦とまことしやかに囁かれるようになっていた。
その最初の要因は、着外に終わった馬たちの半数以上が未勝利戦を次走で勝ち抜けたことから始まった。そして掲示板に載った馬たちは……。
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