第4話~主戦騎手決定~

荻野おぎのさん、プリモールの初仔の奴ヤバいですよ」



 私ともに北海道のとある育成牧場に訪れた厩務員の沢村さわむらが問いかけてくる。ステイファートムと言う色々と珍しい子馬が育成牧場にやってきたという噂は、優秀な子馬を探しに来た調教師の私の耳にも入ってきた。


 なんでも人懐っこく、とても賢い。さらに輸送に堪えるどころか飼葉を食い尽くして太ってしまうほど、だが母馬との生活しか経験しておらず、群れでの生活に馴染めるかどうかが不安。


 足元は柔らかくしなやかで、馬体も5月生まれの零細牧場から出てきたにしては良い。


 そして何よりも、牝馬でありながら日本の中距離最強を決めるとも言われている天皇賞・秋を勝ったプリモールの初仔。当然、私は足を運ぶ。絶対に一目は見ておかねばな。



「むっ?」



 何やら子馬達の様子がおかしい。まさかステイファートムが群れに馴染めず虐められているのだろうか? はやる気持ちを抑えつつ、足取りは早くなる。



「っ!?」



 2頭の子馬が放牧場を走り回っている。それは良い。だがじゃれている様子ではなく、勝負をするかのように走り回っているのだ。


 しかも先程名前を上げたステイファートムと、群れのボス的存在のタガノフェイルドが。


 どちらも素晴らしい走りだ。1馬身ほど前でステイファートムが逃げ、それをタガノフェイルドが食らいついていく。私の育成牧場の中で一番期待しているタガノフェイルドが先行されているだと!?


 それよりもステイファートムだ。芝を踏み込む足が1歩1歩大きい。この大きい円状の柵で囲まれた場所を直線向きのストライド走法で走っている。


 足の曲げ方、歩幅、首の上げ下げ……その全てがまるで調教を今から始めても良いと思えるぐらいには完成されていた。


 特にストライド走法が他馬よりも優れている。タガノフェイルドも同じストライド走法だが、2頭が並んでいるお陰で非常に分かりやすくなっていた。


 しばらく観察しながらその追い合いを見てると2頭の速度が徐々に鈍化していく。その様子を見るに、どうやらステイファートムが勝ったようでタガノフェイルドが悔しがっているのが人間の私にもハッキリとわかった。


 まさか一日で群れのボスに収まるとは……。そう考えながら、私は未来のスターホース候補をぜひ自分の手で収めるべく思案し始めた。


 ただ、一つだけ私、荻野にも誤算と言うか間違いがあった。ステイファートムは群れのボスではなく一匹狼のような、特に何もしないが存在だけはしている偉い役職に付くような立ち位置に収まったことだ。



***



 あれから時が経った。季節は冬も開けて俺も1歳を過ぎ、5月には2歳になる。もう馬具もちゃんと付けられるし、人に乗られるのも、調教って言うトレーニングを受けるのも問題なくこなしている。


 ただそれだけじゃ物足りない時もあるので、放牧の時に勝手に走ったりしてたらタガノフェイルド……フェイの奴も付いてくるようになった。



『俺が勝ったらお前がボスだ!』



 未だに負け続けるフェイだが諦めることも無く、そんな言葉を吐いてくる。1度もしかしてボスが嫌なのか? と尋ねたこともあったがそれは違うそうだ。



『強い馬が、他の馬を守る。当然だろ?』


『なら頑張れフェイ、お前がナンバーワンだ』


『この中で一番速くて喧嘩も強いのお前だぞ!?』



 フェイの奴に突っ込まれた。確かに俺より早いやつはここには存在していない。せいぜいフェイがライバルとして一緒に走るぐらいだ。


 喧嘩は少し前、俺より後から入ってきて調子に乗ってたやつが絡んできたからボコボコにした。走りじゃなく、噛みつきとか蹴りとかで。


 さすがに後ろ足での蹴りは危ないから控えたけど、前足を上げての威嚇やらをしていたら向こうが泣いて降参してきたんだ。


 あの事件? から俺は密かに裏ボスとか呼ばれてるらしい。迷惑な話だ。



『今日も、俺の、勝ち……』


『はぁ、はぁ……また負けたぁぁぁ!』


『もっと強くなって楽しませろよな』



 フェイが横になるので声をかけて去る。しばらく草とか食ったりしていると、なんか人が4人来た。1番前に居たのは俺の馬主さんの宮岡さんだ。久しぶり~!



「うぉぉ、そんな鼻とか擦り付けて来るなってコイツゥ」


「本当に、人懐っこいんですね」



 宮岡さんは経営者だそうで忙しいと聞いた。そんな中、時間の合間を縫って結構な頻度で俺に逢いに来てくれているのだ。


 生産牧場の館山さんとかにも会いたいけど、向こうも動くのなかなか大変そうだし仕方ないね。おっと、それよりも他の3人だ。



 宮岡さんの次に前にいるのは調教師の荻野おぎのって人だな。その後ろには、最初に俺に輸送知らずの食いしん坊とか言うあだ名を付けた厩務員の沢村さわむらって人だ。で、さらにその後ろが……誰だこいつ?



「いつもの競走も丁度終わったようです」


「2頭とも良い走りをしてましたね。それでオーナー、こっちが?」


「えぇ。ステイファートムです。ファー、この人はお前の主戦騎手になってもらう予定の横川騎手だぞ」


「よろしくねファー。僕は横川勤よこかわつとむ。君と共にレースを勝つために頑張る相棒だよ」



 お、騎手ってことは俺の後ろに乗るって事か。OK、良かったな横川さん、俺に乗れるってことはGIを取れたも同然ってことだ! ハーハッハッハー!



「うん、良い目をしてますね。自信に満ち溢れてる」



 お、やっぱり分かっちゃう? じゃあついでに乗ってけよ。軽く走らせてやるぞ。



「お、ファーの奴、乗れって言ってる。気に入られたようですよ」


「鞍とか取ってきますね」


「お願いします。僕と準備しておきますね」



 宮岡さんは俺の言いたいこと分かってるね。流石は俺のオーナー。レースはちゃーんと勝ってくるから果物用意しといてね。


 厩務員の沢村さんが取ってきた馬具などを身に付けた俺。そんで場所を移動していつもトレーニングしてる場所で横川さんが俺に跨る。お、いつも調教で乗ってる人より軽いし……すっげぇ楽だ。



「おー、綺麗な常歩……から駆足。慣らそうってか。本当に聞いてた通り賢いなファーは」



 でしょ? じゃあ本気出していくね。油断して吹き飛ぶとかやめろよな?



「……はは、こいつはすげぇ」



 おぉ、いつも乗ってる人ならここまでで限界なのに、この人は平然と乗ってるぞ! しかも不思議と重さを感じさせない。もっと加速するぞ!



「っ!? ……よしよし、もう良いぞ」



 少しすると速度を緩めるように言われたのでのその通りにする。ふっ、どうやら俺の凄さを理解したようだな。



「素晴らしい馬です。このまま行けば2歳の重賞はもちろん、来年のGI……クラシックもいけるかもしれません」



 お、GIって聞こえたぞ! でもクラシックって何? 音楽か何か? それよりもこの横川さんも俺の凄さを褒めてくれる。俄然やる気が出てきましたぁ!



「本当ですか? 親子2代続けてGI制覇か、夢があるねぇ。でも個人所有でGIを勝った時の他のクラブ馬や大手馬主さんからの視線は痛かったのも思い出したよ」


「はは、私も今、夢のGIを勝つビジョンが見ました。無理をしてでもこの馬の調教師になれて、私は幸せです」



 おー、なんか宮岡さんと荻野さんが既に俺が活躍すること確定みたいな発言してるんですけど? ここまで上がったハードルを超えるのはさぞかし楽しいだろうなぁ!


 そうそう。なんでも、横川騎手はプリモール……母さんの主戦騎手でもあったそうだ。そして荻野さんと沢村さんはまだGIを勝ったことが無い厩舎だそうで、俺とフェイには凄い期待してくれてるらしい。


 最初は宮岡さんも俺をGI勝利のない厩舎に所属させるのを渋ったそうだが、そこは荻野さんの熱意や館山さんからの助言など色々あったそうだ。


 そんなこんなで俺とフェイは春になると美浦トレセンに送られ、ゲート試験も無事にクリアし共に8月頃のデビューを果たすことが決定した。そしてついに俺のデビュー戦が決まったらしい。

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