第3話~お別れ、そして新しい出会い~
『うぉぉぉぉ!!!』
『そんな無理してると怪我するわよ?』
放牧場で走り回っていると母さんに注意された。でも俺走るの好きなんだよね。暇なのもあるけど、馬の習性にちょっと引っ張られてるのかも?
そんなこんなで当歳馬として半年を館山生産牧場で過ごした俺は、プリモール母さんから乳離れも果たして育成牧場へと引き渡されようとしていた。
「ファー、育成牧場の方でも頑張るだぞ? 達者でな」
館山さんが念入りに水浴びとブラッシングした後の綺麗な俺の体を撫でてくる。この暇な半年間、一緒にいた数少ない知り合いのだ。俺としても親近感が湧いていた。
「はは、すごく人懐っこく育ったなぁ。でも、レースじゃちゃんと本気で走るんだぞ? 牡馬だからGIは勝たないとまず種牡馬としては生きられない……せめて重賞をいくつか勝てば、いやこの人懐っこさなら最初から乗馬にはなれるか。それかふれあい広場とかで……」
どうやら俺が走り終わった後の未来を想像しているらしい。このまま人懐っこくしていれば死ぬことはない……かもだそうだ。
もちろん、手を抜いて走るなんてしないさ。どうせなら母さんの取ったGIって奴を取ってみたいしな!
『うん、なんでこの男は泣いてるんだい?』
『え、俺と離れ離れになるからでしょ?』
『……は!? ファーと離れ離れにっ!?』
人間の言葉が分かる俺を最初はおかしい目で見ていた母さんも今では動じることない。ただ、乳離れの時期で引き離されることは知らなかったようだ。……俺が初仔だったし仕方ないか?
『嫌だよ私は! ファーはずっと一緒に居るんだ!』
『でも母さんも同じことを経験したんだよ? 俺も走ってみたいよ。どうせなら世界最強になって帰ってくるから』
『ぐっ……分かったよ。ただし、私以上の戦績は収めてちゃんと生きて帰ってくること! 良いね!?』
なんか勝手に最高グレード以上の戦績を取るように言われてしまった。……まぁ、どっちみち取るつもりだし問題ないか!
そんな感じで俺は館山生産牧場を離れ、育成牧場へと送られることになった。
『おぉ、揺れてる揺れてる』
どこまで連れていかれるんだろ? 暇だしやることと言えば寝ることかご飯を食べることぐらいだな。あ、ご飯は飼葉だよ。普通に美味いの。
パクパクモグモグ! とご飯を貪っているとどうやら着いたらしい。
「お、輸送は大丈夫そうだな。全然ガれてないし……いや、なんか太ってないか?」
そ、そんな事ないよ……?
「うわコイツ、あった飼葉を全部食べてやがる!?」
だって暇だったんだし仕方ねぇだろ!? 飛行機みたいにテレビでも流せやゴラァ!? そんな感じで俺の最初の印象は輸送知らずの食いしん坊となった。
「へぇ、5月生まれなのかい? 馬体のデキが3月生まれぐらいかと見間違えたよ。足回りも良いね」
「気性も大人しいですね。人懐っこいと聞いてますし、調教も早く始められそうです」
へぇ、俺の成長力は良いのか! それって多分良い事だよな? なんて思っていたが、しばらくの間は生産牧場と似た生活が続いた。
あぁ、子馬をこの環境に慣らすための間隔か。と思っていたら鞍とか色々な馬具をどんどん付けられていった。あ、俺の気性が大人しいから大丈夫だと判断された感じ?
ひゃっほぉー! なんか上に重たい人が乗ってるけど楽しいぜぇ! ……いや、やっぱ邪魔だわ。でも落としたら競走馬にはなれないよな? 仕方ねぇ我慢するか。
「ヤバいですよステイファートム。調教もちゃんとしてくれますし、言ったこと全て理解してるんです。飼葉もちゃんと食べるしトイレは決まった所にしかしない神経質な面もあります。まるで人が乗り移ってるみたいです」
「うーむ、やはり人懐っこいのは楽だな。でも追い運動……他馬に混ぜてみないと」
「館山生産牧場じゃ母馬としか一緒にいなかったらしいですからね。他馬と一緒に生活するのが苦痛だとやっぱり厳しいでしょうし」
という訳で俺は他の馬と混ぜられた。これも競走馬になるためなんだよな?
『俺の名前はタガノフェイルド。一応この群れのボスをやってる。お前の名前は?』
『ステイファートムだ。ボスとかは興味無いし、適当に群れの中に混ぜてくれ』
一頭の馬……タガノフェイルドに話しかけられたのでそう返事を返す。俺だって知ってるんだぜ? ここにいる俺と同じ子馬のうち、何頭がまともな生涯を過ごせるか……友達になろうとはあまり思えないな。
『そうか。俺がボスだから敬語と名前にはさんをつけろよ?』
『は? 嫌だけど』
『『…………』』
なんで同じ歳のやつに敬語つけるんだよ? 同級生に対してそんな態度、普通はしないだろ。初対面だしお互いならともかく、俺だけ一方的に? 面倒くさいし絶対嫌なんだけど。
『お前、生意気だな!』
『お互いに呼び捨てで良いだろ? 同い年だし』
『俺がボスだぞ! なら勝負だ!』
『じゃ俺が勝ったらお互い呼び捨てな』
『俺が勝ったら俺をボスと認めた態度をしろよな!』
耳を立たせて尻尾を荒々しく振るって怒りを表現してくるタガノフェイルドを抑え、勝負の内容を決める。と言ってもお互い怪我をしたくはないので蹴り合いなどの暴力はNG。という訳で……。
『この放牧場を先に3週回った方が勝ちだ!』
『良いぜ』
周りの子馬が真ん中に集まってコースを開け、用意ドンでスタートする。コース自体が狭いので勝負の結果はすぐに着いた。
『はっ、はっ……』
『くそぉぉぉぉ!』
俺の勝ちだった。と言ってもギリギリだったからやばかったけど。コイツもなかなかやるな。俺とこうも戦えるレベルとか、GI辺りも勝てるんじゃないか?
『ほら、俺のことはファーと呼べ。お前のことはタガノフェイルドだからフェイって呼ぶわ』
『ぐっ……分かった。それと、群れのボスはお前に明け渡す』
『いやいらんけど?』
『はぁっ!?』
え? だって群れのボスとかも面倒くさくない? この中の馬と仲良くするつもりなんて特に無いんだよ。だって大半が二度と会えず、育てられた人間の手によって殺される運命なんだし。
仲良くするのはGIを走る馬か、引退後に出会う馬だけにしといた方が懸命だ。例えばタガノフェイルド……フェイの奴がレース中に死んだとか、そんなの聞かされるなんて嫌だもん。
『……なら勝負だ! 俺が勝ったらお前が群れのボスになれ!』
『えぇ?』
なんでお前が勝ってるのに俺がボスになってるんだよ? コイツ馬鹿だろ?
『文句あんのか!?』
『……いや。じゃあ俺が勝ったら……そうだな、話し相手になってくれ』
おいおい、さっきの考えと矛盾するじゃねぇか、と思う奴がいるのも無理は無いが、俺は仲良くするつもりはないだけだ。
話し相手……こいつの情報が知りたい。馬の世界での常識とか、色々とな。俺は何故か母さんとしか一緒に居なかったから、他の馬のことが分からないし。という訳で俺とフェイの再戦が始まった。結果は……。
『くっそぉおぉお!!!』
『お疲れさんフェイのボス。じゃあ約束は守れよ?』
『ぐぅぅぅぅぅ!!!』
まぁ、さっきよりも接戦になったが俺の勝ちだった。ガーハッハッハッ! 俺TUEEEE!!!
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