第二十六話 表彰式
観客的には不完全燃焼で終わったであろう闘技大会の個人部門。
しかし、グループ部門ではタリスのパーティが決勝戦まで進み、惜しくも敗れたものの、激戦を演じたことで大いに盛り上がった。
そして、表彰式。
闘技場の中心にナインは立っていた。
その右には誰もいない。
左にはハインリヒが背筋正しく立っている。
「それでは、まずは個人部門の表彰を行います――第三位、ハインリヒ!」
「はい!」
司会が表彰状を手渡し、メダルをハインリヒの首にかける。
観客たちから惜しみない拍手が送られる。
ハインリヒは観客のいる四方に丁寧に礼をして、一歩下がった。
あれからすぐに復活したこの元近衛騎士団長は、三位決定戦に見事勝利した。
ナインとしては、学院生のタリスに三位になられると、さらに加点がつくところだったので、ハインリヒが勝ってくれて良かった。
「次に第二位! ――のファーストは、表彰式を辞退されました」
闘技場にファーストの姿はない。
それどころか、おそらくもう、この街を出ているだろう。
彼は別に栄誉などいらないのだから、当然のことだ。
ブーイングこそないものの、白けたまばらな拍手が観客の興味度を表していた。
「そして、第一位――ナイン! 優勝者のナインには、アレクサンドル様より直接表彰を賜る栄誉が与えられます!」
司会が手で貴賓席へと続く階段を示す。
ナインは階段の前まで進み、お辞儀をする。もっとも、そのお辞儀は騎士の大仰なそれではなく、学校の授業前に教師に対して行われるごく簡易な礼に過ぎなかった。ナインにとってはこの闘技大会も授業の一環なのだから、それが当然だった。
「ルガード戦学院のナイン。そなたの武威と栄誉を称える」
ナインはアレクサンドルから表彰状を受け取り、金のメダルをかけられる。
「どうも」
ナインはまた頭を下げた。授業終わりに早く食堂の席を確保しなくてはと急いでいる生徒のような、雑な礼だった。
義務的な拍手の音がナインを包む。
ハインリヒの表彰の時よりその音は小さかった。
だが、野次がないだけ、この街の民度は高い。王様が絡むことだから、ガラの悪いのは警備員があらかじめ排除しているのかもしれない。
ともあれ、ひとまずこれでナインの役割は果たした。
後はヘレンとマリシーヌの順位次第だが、ナインが案じた所で結果が変わる訳でもないので、すぐに思考の隅に追いやる。
「それでは、優勝者ナインよ。望みの副賞を聞こうではないか」
「副賞? ああ、そんなのもあったか」
そこで思い出す。
確か、金貨百枚以内で国の宝物庫にある物、だったか。
ナインは武器を使わないから、レア装備や魔道具をもらっても帰路の邪魔になるだけだ。
すぐに換金するという手もあるが、実質的な王の下賜品を地元で換金すると嫌がられそうだし、大金を持っていると無用なトラブルを招きかねない。
「……」
アレクサンドルは急かすこともなく、ただナインの言葉を待っている。
だが、周りの観客からは早く次のパーティ部門の表彰に行きたいという空気がありありと感じられた。
(うーん、需要が微妙でさっさと消費できるものならなんでもいいか。そうなると……)
「『聖女が子どもの頃飲んでいた滋養食の材料』とかでもいいか?」
「……よかろう。では、授受契約のサインをこれに」
アレクサンドルは一瞬眉をピクリと動かして頷き、お役所っぽい書式の紙とペンを差し出してくる。
「あいつ何のことを言ってるんだ?」
「そりゃ、聖女様の飲み物っていえば、ユニコーンの乳だろう」
「まだユニコーンて生きてるのか?」
「当たり前だろ。聖獣だからな。数百年は生きるはずだ」
「ユニコーンの乳って美味いのか」
「すごく美味いらしい」
「でもあれ、童貞と処女以外には毒だぞ」
「ってことはあいつも童貞ってことか?」
「急に親近感が湧いてきたな」
観客がなにやらまた、的外れな推測を囁き合っている。
「――これでいいか?」
「うむ……。――時にナイン。アイシアは君から見てどうかね」
名前を書いて、アレクサンドルに手渡す――その瞬間。
唐突に、ナインにだけ聞こえるような小声で囁く。
やはりアイシアがこの街に来ていることを知っていたか。
門番か、ハインリヒあたりがチクったのか、独自の情報網があるのか。
「ん? いい先生だよ」
ナインは小声でそれだけ答え、王から離れた。
「そうか」
アレクサンドルが口の端を釣り上げる。
それは、近くで見ているナインでなければ気付かないほどの微妙な角度だった。
**************あとがき*****************
拙作をお読みくださり、まことにありがとうございます。
ということで、無事勝ちました。
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