第十六話 また先生がペアを組んでくれた

 季節は巡り、秋の初め。


 まだ時たま残暑が顔を出すものの、おおむね過ごしやすい日々が続いている。


「こんにちは。皆さんも知っての通り、これから一ヶ月間の長期にわたる野外実習が始まります。これまでの実習とは違って単純な戦闘能力のみならず、情報収集能力や、作戦を立てる力、そして、継続的な任務遂行能力をはかる実習となります。成績の評価の対象は、およそ冒険者ギルドに発注されているミッションの全て。その他、腕に自信がある人は学院が公認している各地の闘技大会に挑戦してみるのもいいでしょう。そちらの戦績も評価の対象となります。進級に関わる大事な実習ですから気負うところもあるでしょうが、各自、自身の能力に見合った最大の成果を達成し、そして、誰一人欠けることなくまた中央評議会で会えるのを楽しみにしています――それでは、実習開始です」


 教壇に立ったアイシアが、厳かに実習の開始を告げる。


「戦学院に入ったからには北で腕試しだ!」


「北は他校の奴らも集まる激戦区だろ? 俺らは普通に南でのんびり狩りだなー」


「大規模キャラバンの護衛が一番低リスクかつ稼げる手法なのですよ……」


「教会の任務は報酬は安いけど、内容に比べて評価ランクが高いからありがたいわよね」


「灯台下暗し。空っぽになった学院周りなら人員不足でいい任務が取り放題だぜ!」


 それぞれのパーティが事前に立てた戦略の下に、各地に散っていく。


 この時期、ルガード以外の戦学院も実習を組んでいる。


 この実習は単なる教育課程ではなく、世界規模でヒト・モノ・カネが動く、世界経済活性化を狙った一大イベントでもある――とナインは授業で習った。


「さて、それではナインくん、ヘレンさん、お待たせしました」


 他の生徒たちが教室から出て行くのを見届けてから、ナインたちを手招きする。


「お、おかしいですわ。どうして、ワタクシがこの女なんかを頼るような事態に」


 マリシーヌが頭を抱える。


「はあ。ったく、お前、あれだけイキっておいてこれかよ」


 溜息をつく。


 結局、どれだけ粘ってもマリシーヌの他にナインたちのパーティに加わる者は現れなかった。


「お黙りなさい! 元を辿れば、ナインがワタクシを辱めるようなやり方で倒したのが悪いのです! そのせいで、皆にワタクシの実力が過小評価され、軽薄で下劣な男しか寄ってこなくなったのではないですか!」


 いきなり逆切れして地団駄を踏む。


「だから、全員決闘でボコボコにしたのか?」


「何か問題ありますの? 侮辱されたからには血と肉で名誉を回復するしかないでしょう! マリシッコだのヤリシーヌだの言われた日には! 一部ではワタクシはあなたに手籠めにされた慰み者だと思われておりますのよ!」


 マリシーヌがきつく唇を噛みしめる。


 学則で明白に禁止されたこと以外での揉め事は、決闘で白黒つけるのが戦学院のルールである。


 マリシーヌはパーティに入る代償として卑猥な要求をしてきた男子学生を何人も決闘で再起不能にした。結果、その事実を知ったまともな男も怖気づいて寄ってこなくなったのだ。


「はいはい。男の方は俺のせいにしても、女の仲間も一人も勧誘できないのはどういうことだ。お前の社交術? 人脈? とやらはどうしたんだよ」


「ふっ、女の友情ほど脆い物はありませんわね……。貴族としての面目を失ったワタクシと繋がっていても価値がないと判断されたのでしょう。ワタクシの取り巻きになるはずだった娘たちも手の平を返したように離れていきましたわ。近づいてくる庶民の女は、ワタクシの実家の資産目当ての下衆ばかりでしたし。世知辛いですわ」


 マリシーヌが遠い目をして言った。


「本当にそれだけが原因か……?」


 こいつのキレやす過ぎる性格にも問題があると思うのだが。


「えっと、ともかく、今、パーティの最低人数を集められなかった時点で、成績の算定率にかなりのペナルティを課されてしまいます。ですから、相当規格外の評価を得ないと、成績上位を狙うのは難しいですよ。言うまでもなく、私は戦力としては機能しませんから」


 アイシアが分かり切った事実を告げる。


「ああ、それについてはヘレンが色々と計算してくれてるみたいだが……」


「愚僧の計算によれば、最も確実に、かつ高成績を狙えるのはやはり闘技大会でございまする。高ランク魔物の討伐という手もありまするが、そちらは運に左右される故、今年はあまり彼奴きゃつらの行動が活発でない故」


「ひっ、あなたいつの間に」


「おう。D組のホームルームも終わったか」


 ヘレンが足音もなく、いつの間にかナインたちの側にまでやってきていた。


 闇の魔法の中には隠密に優れるものもあるので、それを使ったのだろうか。


「然り。具体的に申せば、ナイン殿が北の闘技大会で優勝、マリシーヌ殿が西の魔法剣士大会で三位以内入賞、愚僧が東の魔術大会で五位以内入賞できれば、ペナルティを加味しましても愚僧どもパーティの成績一位を維持できる算段になりまする。注意事項としては、帰路にかかる日数をお間違いなされませぬよう。実習の最後は全国の生徒が首都パンゲア――すなわち、この街の国会議事堂前に集結し、成績を奉ずる決まり故」

 パンゲアは人間の世界の端――つまり、東西南北の生存限界点からおよそ等距離になる。

 文字通り世界の中心という訳だ。


「つまり、各地に散らばり、それぞれの適性に合った大会で勝った上でここに戻って来る。そういうことですわね」


「まあ、それしかないか」


 闘技場での好戦績は学院の宣伝につながるため、かなりの加点が望める。


 ペナルティを塗りつぶして、上を狙うならそれ以外にない。


 そもそもナインたちはパーティと言っても、省かれたボッチの烏合であって、信頼で結ばれた関係性ではないのだ。


 ならば、なるべく独立行動で戦果をあげようとするのは理に適ってる。


「詳しい行程表はこちらに用意しましてございまする」


 ヘレンが『旅のしおり』と書かれた冊子をナインたちに手渡してくる。


 表紙の虫の絵がやけに上手い。


「中々絵心がありますわね」


「それで、先生は誰についてくんだ?」


 アイシアの身体は一つ。まさか分身する訳でもないだろう。


 いや、アイシアの魔法力ならできる可能性もあるが。


「学則によれば、パーティのリーダーですね。つまり、ナインくんです」


 アイシアが旅用の杖でナインを指す。


「え、俺、リーダーだったのか」


 全く自覚はない。


「書類上のことでしょう。ワタクシは認めませんけれど――それよりも、北方ですか。あなたはそれで構いませんの?」


 マリシーヌはアイシアに意味深な視線を送る。


「何のことでしょう?」


 アイシアは素知らぬ顔で首を傾げる。


「白々しい――まあ、ワタクシが心配して差し上げる義理もございませんわね」


 マリシーヌは肩をすくめて、それきりアイシアと視線を合わせようとはしなかった。


「軍資金に関しては、この学院から目的地への距離と物価を考慮の上、配分してありまする。念のため確認なされませ」


 ヘレンが懐から貨幣の入った小袋を取り出す。


 ナインは金勘定に興味が薄いので、金庫番は彼女に任せている。


「確認は不要ですわ。さすがに熱心な戒律派が金の不始末は起こさないでしょう。ヘレンは数学の試験で首位でしたから、計算間違いもないでしょうし」


 マリシーヌはそう言って、小袋を受け取ってさっさと教室を出て行った。


「俺も確認しなくて大丈夫だ。じゃあ、次は首都でな」


 ナインも小袋を受け取って軽い挨拶をする。


 マリシーヌに戦場で背中を預けられるほどの全幅の信頼を置いているかと言われればNOだが、金をチョロまかさない程度には信用している。


「承知。皆様の旅路に神のご加護があらんことを」


 ヘレンが足の形に印を切って言った。

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