11:composition

―― Takeテイク itイット easyイージー ――  

 かの有名なイーグルスの名曲でもあるけど、それがきっと一番おれに合った生き方。おれがおれであるってこと。無理に格好つけたり、負けないようにって気張ったりするのはらしくない。気楽に、能天気に、楽しくできればそれだけで良かったんだ。

 それが例えプロというステージであったとしても。 

 何も難しいことなんてなかった。  

 どれくらい書いてたか判らない。思いついた歌詞をメロディに乗せて、もう一度、もう一度やり直して。そんな繰り返しをしていたら、涼子りょうこが船を漕ぎ出したので、涼子を寝室に運んだ。

「ん……あー、また先に寝ちゃってごめんねぇ……。明日お休みだから、ずっと一緒にいようね……」 

 ベッドに寝かせると、涼子は寝てるんだか、起きてるんだか判らないような声でおれに言った。

「あいよ。おやすみ、涼子」  

 涼子の髪を優しく撫でながら言う。幸せそうな涼子の笑顔がなんともたまらない。涼子はその表情のまま眠りに落ちていった。うぅ、かわいぃ。 ちゅーしたい。

 いやいや!冗談はともかく、だ。

 この先ずっと、この笑顔を守るためにやるべきことを、きちんと、楽しみながらやる。楽しみながらというのはもちろん遊び半分でということじゃあない。樹﨑光夜きざきこうやが見出した、水沢貴之みずさわたかゆきのど真ん中。それが、大したベースの腕ではなくともそれを補って余りある部分。樹﨑光夜がおれを選んだ理由。

「うっし、やるか!」


 電話の音が聞こえる……。

「はい、水沢です」

 ん……涼子が出たみたいだ。どうやら寝てしまっていたらしい。ちゃぶ台に突っ伏していたおれに涼子がタオルケットをかけてくれていたんだろう。抱えていたはずのギターがおれのすぐ脇に置いてあった。

「あ……えっ、岬野さきのさんって岬野美樹みきさん、ですか?もしかして……」

 おれと同じようなこと言ってるな。だがしかしものすごぉく眠い。もうちょっとだけ……。

「たかですか?昨日遅くまで曲創ってたみたいで今寝てるんですけど……。少し待っててください、起こしますね」

「起きてる、起きてる」  

 涼子の言葉が耳に届いていたおれはパンパンッ、と両手で顔をはたいて立ち上がると、涼子から受話器を受け取った。

「ども、おはようございます」

 声がまだ起きてないけど、こればっかりは仕方がない。

『うん、おはよう、ってもうお昼よ。それより誰?彼女?』

「うん。婚約者でもあったり……」  

 てへへ、と照れ笑いでごまかすと、涼子まで少し赤面していた。

『ひょお、いいないいな』

「へっへー、ぶいっ」  

 誰も見ていないのにブイサインを作る。いやいや涼子さんが恥ずかしそうに見ててくれています。

『で、どう?進んでる?』

「おかげさまで。一応使ってもらえるかは判らないけど二曲分、詞とコードはできた。一曲はロックンロールな感じ。もう一曲はミディアムテンポで」 

 おれの大変なことになってしまいそうな予感は的中した。気の向くままに創ってたら一曲じゃ足りなくなってしまったのだ。自分の首を自ら締めてしまった。

『おぉ二曲!凄いじゃない、あとはアレンジ次第って訳ね』

「そうなんですけどね……」  

 随分と簡単に言ってくれる。美樹さんのこういうとこってうちのメンバーのあのばかリーダーにちょびっとだけ似てるな。まだ固まってない部分が多いから、実際ハードだぞ。

『じゃ、頑張ってね、期待してるから』

「え?それだけで電話くれたんですか」  

 美樹さんはまた誰か同じようなことをこともなげに言ってくれる。

『そうよ。一応これでも先輩だからね、Sounpsyzerサウンサイザーの』

「おぉ、態々ありがとぉございました、先輩」

『うん、ばいばーい』

 何だかな。ま、良い人には違いない。こうして心配して電話までくれるなんて。しかもあの岬野美樹だぞ。とんでもなく自慢できることだぞ。電話を切った後、おれは歯磨きして、またペンとノートとギターの異種格闘、バトルロイヤルを再開した。


「たか聴かして聴かしてぇー」

「だぁめ、もうちょっとしてからな、まだ色々できてないから!」 

 涼子がパタパタと近付いてきた。おれはあわててノートを閉じて涼子に言って聞かせる。何て言うんですかね、秘密の日記帳を見られてしまうような恥ずかしさ。そんな感じがして、幾ら我が最愛の涼子さんであっても、そこは見せられないと言いますか。

「じゃあ、でき上がったら一番に聴かせてね、約束!」

「了ぉ解っ」

 約束すると、涼子はまたパタパタと窓際へ戻り、ペッタンと座り込んで文庫本を開いた。

「何読んでんの?」

「小説」  

 じゃなくて、タイトル聴いてるのに。流石に小説ってことくらいは判ります。

「何てやつ?」

「夏霞っていう恋愛小説。なかなか面白いから今度たかも読んでみなよ」

「お、そうなんだ。じゃあこれ終わって落ち着いたら読むとしますかね」

 趣味で小説を書くこともあるからって訳でもないんだけど、小説に限らず本をを読むのは昔から好きだ。物語の雰囲気や、センテンスって結構いろんな創作のヒントになったりもする。もちろん今後の詞の参考にも。 

 ともかく、まずはコレを終わらせないといけないんだけど。


「きてはぁーっ!」

「しぃぃぃっ!今何時だと思ってるの?」 

 纏まらないアレンジにイライラして大声をあげたら、涼子に小声で怒られた。

「だぁってさ……」  

 おれは頬杖をついて思いっ切りしかめっ面をすると、時計を見た。うぅわ、もう二時じゃん。 

 どうしてもミディアムテンポの方のギターソロのイメージが固まらない。全部を作り切るつもりはないし、細かい技術はもちろんギタリストに任せるとしても、雰囲気だけでもこんなメロディで弾いて欲しい、というのが自分で創っていながら、固まらないのです。

 一応完成したロックンロール調と、今の曲のギターソロ以外はマルチトラックレコーダーに録音したんだけれど、あと一歩というところで行き詰まってる。 

 ベースラインも今のところ固まってはいるけれど、勿論今後入ってくるボーカルやギター、ドラムのアレンジで変えなければならない。ドラムは諒に少し意見を聴いて、唄もフィーリングを光夜に伝えれば、それで完璧に唄ってくれるはずだ。だけれどギタリストの見せ場。もちろん曲の扇の要でもあるギターソロが全然、イメージできない。 

 今日は涼子も寝ないで付き合ってくれている。明日は仕事だってのに。

「涼子、もう寝な。明日仕事だろ?何も付き合うことないんだから」 

 昨日とそのちょっと前に、おれより先に寝たからって、そんなこと気にしなくても良いのに。

「だってでき上がったら一番に聴かせてくれるって約束したもん。私が寝ちゃったら明日は仕事行かなくちゃいけないし、たかだって練習行っちゃうんでしょ?そしたら一番に聴けないもん」 

 あ、そっちね。あんな約束するんじゃなかったなぁ。こと、そういう二人だけの約束だと涼子は絶対に破らないからなぁ。どんな理由があったって。これはますます気合入れないと。

「おっけ。んじゃもうちょっとだから寝るなよ」

「うん!」

 良いお返事いただきました!



Keepキープ onオン blueブルー


Hey Knockin'on Heart's Door くだらない日々に飽きがきたら

So Maybe Koop on blue 背負っているものを捨てちまえよ


誰にも譲れないものが 燻ったままでいるのなら


Hey Knockin'on Heart's Door つまらない時があるのなら

So Maybe Koop on blue 縛られないで上を向けよ


錆びれたままのこの胸に 確かな鼓動あるから


錆び付いたこの街の夜が 過ぎ去って行くその前に

痛み続ける胸に 縛られても構わないで

過ぎ去ったいくつもの夜を 振り返る意味なんてないさ

あの頃の唄を唄い 蒼い風を見上げて 駆け抜けろ


Hey Knockin'on Heart's Door 昨日も今日もちゃんと生きてるぜ

So Maybe Koop on blue 無様に見えるようでもさ


痛み続ける胸が 癒されず唄ってる

幸運の女神様の唄 この胸には届かないさ


錆び付いた街に流れる あの唄を口ずさみながら 

痛み続ける胸に 蒼い風が吹き抜けてく

この夜を駆け抜けて行こう この先の見えない日々も

あの頃の唄を胸に ただ前だけを見つめて そしてこの胸の中に


Keep on blue



「アハハハー、二曲も創っちゃったぜ、おれ天才?」 

 結局ほとんどど寝ないでスタジオにきちゃったもんだから少々ハイテンションになってる。今日は四谷にはおれ、七本槍市には涼子の欠伸がマシンガン……マシンガンはねぇわ。まぁとにかく連発するだろうなぁ。

「んじゃあ、今度から曲創りは貴中心でいこっか。そーだな、次の目標、ファーストアルバムに足りない分全部!」

 光夜はにたり、と悪い笑顔になって言う。あはははばかやろうじょうだんじゃねぇぜ。

「だめだめぇ、腕がないから弾けないって、ボクは言うぅ。アハハハー!三曲くらいならやってやるけれどよもー?」

「あぁ、言っちまいやんの、あいつ。光夜はずぅっと覚えてるぜ、あぁいうの」 

 そんな諒の言葉も耳に入らず、ハイテンションのままおれ達は曲のアレンジに突入した。



 数日後、全曲オールクリアして、気付けばライブは一週間後に迫っていた。あぁ、とんでもなく時間使わせてもらっちゃったなぁ。

「やっぱ貴の曲ってくせぇなぁ。でもま、それがお前らしいっちゃらしいんだけどな」 

 おれとりょうと光夜は、スタジオから出てベンチで休憩がてらの雑談。練習の合間に光夜のおごりでコーヒーを飲んで一息入れてるところだ。

「だねぇ。ちゃんと創った曲ってさ、その人の想いが出るから最高だって思うよ。詞の内容も曲調もそれぞれが全く違っても同じ人間が創れば、ちゃんとその人の彩が出るんだよね」

 そこに少し哲学的なものを響かせて光夜は言った。自分のことを棚に上げれば、樹﨑光夜の審美眼は本物だ。そして視野も広く、良く見て、良く感じていてくれる。みんなの、それぞれの想いを詰め込んだ曲を。 

 結局のところ、ライブで披露する曲は七曲ということになった。そのうち二曲はおれ、ロックンロール調のROCKIN'ロッキン ROLLINGローリングとミディアムテンポのKoop on blue。

 それから諒と光夜が創った曲、DRUMドラム KNUCKLEナックルというLAメタル。しょうちゃんとじゅんMEDITATIONメディテイション、全員で創ったREFREXリフレックス Lowロー Downダウン。 そして光夜のソロ時代の曲のサードコンタクトのアレンジバージョン。最後に、光夜が独りで作っていた、二〇分という組曲みたいなロングナンバー、APOCALYPSEアポカリプス

「こんな長ぇ曲覚えられるか!」  

 の一言が出て丸二日、全員があっと言う間にモノにしてしまった。作曲中にギターを触っていたこともあるし、練習だってきちんとしていたおかげか、あんまり行き詰まることもなかったのは、おれが実際に迷った時の、光夜の誘導が巧かったのもある。人の能力の伸ばし方にも長けてるんだよなぁ。

 おれの曲ができ上がってからも、練習に練習を重ねて、アレンジまでもあっという間に終えて、来るべきライヴの備えはやっと順調、と言えるものになり、礼美あやみさんと香瀬こうせちゃんは、ようやっとひと段落、落ち着いたといったところだろう。ライブ本番までは彼女らはまだまだ忙しいところだろうけれど、曲が出揃ってセットリストまで決まれば一安心と言ったところだ。何しろ先々月までメンバーも揃っていなかった状況だったらしいから、本当に奇跡と言っても言い過ぎではない気がする。

 たださ、思ったんだけど、おれが二曲挙げてなかったらちょっと曲、足りなかったんじゃないの?


 時間にして午前一時四〇分。淳と少ちゃんは家に帰った。自主練、ということになっているからここに残っても帰って練習しても良いことになってる。まあ帰ったらもう寝るだけだろうけど。こんな時間じゃ。

 バンドメンバーとしての人事は尽くした。……ような気はしている。あとは本番でアクシデントさえなければ、第一の目標は達成できるかな。

 つい二ヶ月前までは夢にも思ってなかった、プロのベーシストとしてのファーストライブがもう目の前に迫っている。人生の不思議、なんて言うつもりはないけれど、二ヶ月前のおれには想像もつかなかったことがきっと山ほど待っている。

 その先に一体どれほどの感動が待っているかなんて今のおれには判らない。ただ、おれや光夜、諒や淳も、少ちゃんも、香瀬ちゃんも、礼美さんも、みんなそれぞれの想いを胸に秘めつつ、ファーストライヴに臨んで行く。 

 ファーストライブはそこまできてる。

 ……もう手の届くところに。

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