The Guardian's Blue
yui-yui
樹﨑光夜
00:preparation
新宿区 四谷
「ちょっと
四谷にある音楽レーベル兼、芸能事務所、Sounpsyzer株式会社本社ビルの応接室にて、
「本気も本気、ちょー本気ですよ、礼美さん」
ロングヘアーも美しく、齢二九歳にはとても見えない、二年前は僕のマネージャーさんだった彼女に、軽く会釈しつつそう答えると、礼美さんは僕が座ったソファーの対面に座る。
「復帰の日付自体はもうリスケできないのよ」
形の良い、整った眉根を寄せて彼女は続ける。女性にしてはすらりと高い背。肉付きはあまり良くなくてかなり細身に見えるけれど、女性はこのくらいが憧れなんだろうね、きっと。ま、細くても痩せたいなんてのは女性の常かもしれないけれど。
「判ってますって。だからこうして礼美さんに会いにきたんじゃない」
そんな礼美さんに僕はあくまでも暢気に答える。僕は少し前までちょっとした病気のため、入院していた。それまでは僕が言ったんじゃないけど周りがさ、そう、アレ。誰が言ったか「新進気鋭の天才アーティスト!」とかもて囃されていた、いわゆるソロのシンガーソングライターだったりしたんだ。
まぁでも僕ってばホントに天才だからさ、そう言われるのも仕方ないんだけど。いけね、自分で言っちゃった。
「だってメンバー、どうするのよ」
二年前に活動休止をした直後に手術。療養に一年、術後も順調に回復し、更に一年養生生活。そろそろ音楽活動を本気で再開しようとしていたんだけれど、気が変わった。だって二年だよ。僕が病院のベットに括りつけられている間にも音楽シーンは目まぐるしく様変わりして行くし、それなら当然僕だってやりたいことは変わってくってもんでしょ。
「そりゃあもちろん、礼美さんのお手を煩わせるような真似はしませんって」
僕はソロシンガーとしてではなく、バンドとして復帰することに決めた。それも先週、急に思い立って。だから礼美さんの気持ちも判る。だって二年前から燻ぶってたらとっくに相談してる。何せ礼美さんは天下の音楽レーベル兼芸能事務所Sounpsyzer株式会社のチーフマネージャー。その方がうんと話が早く済むってもんさ。
「それって光夜にはもう構想があるってことなの?」
そりゃあもちろん。先週思い立ってから資料を漁り、色んな音源を聞き漁り、三日三晩かけて構想を練り上げた。まぁ疲れたのなんのって。
「もうバッチリ!でも交渉はしなきゃなんないだろうし、断られたらちょおっとヤバめだけど、ま、見てて下さいな」
ばん、と自分の胸を叩く。
「断られたら?ってことはうちの人間じゃないの?」
うち、というのはSounpsyzer所属の、って意味だね。
「一人はまぁ所縁深い、礼美さんもよぉく知ってる人だけど、あとはインディーズ界ナンバーワンとの呼び声も高い、フレアシードのギタリスト君と、自動車整備工場でバイトしてるフリーター君!」
胸を叩いた左手を今度はサムズアップに変える。
「それを、これから交渉するって訳?」
僕の予定にまさしく頓狂な声を上げる礼美さん。まぁそうなるよね。プロとはいえ無所属のドラマーが一人。あとは今正に社会人バンドで大活躍中のギタリスト。でもここまでは音楽的根拠がある。そしてお次はフリーターとくれば礼美さんの声が高くなるのも判る。だってどこの事務所にも入っていない、ざっくり言っちゃえば一般人だもの。他人事みたいな言い方だけど。
「下話はもちろんしてあるよ」
まぁフリーター君は僕じゃなくてうちとも所縁深いドラマー、
「あんたねぇ……」
ついに額に手を当てて礼美さんは呆れた口調で言った。そんな、頭痛の種の子みたいに僕を見ないで。これでも自覚はあるんだ。天才って凡人には理解できない行動をするもんなんだよ。
「大丈夫大丈夫!フリーターの子、諒ちゃんの昔馴染みだって話だし!」
「じゃあドラムは諒君なのね」
うんそう。所縁深いでしょ。もう五年ほどフリーでスタジオミュージシャンしてるけど、Sounpsyzerのバンドもミュージシャンも、レコーディングでは彼にお世話になった子が多いはず。
「そそ!いい加減諒ちゃんにもさ、シガラミ無い状況で叩いて欲しいしさ!もったいないよ、アレを檻に閉じ込めとくなんて」
そのくらい秘めた物を持ってるんだよ。若いのに大したもんだって言ったらおじさんぽいから言わないよ、僕だってまだ二五歳だし、諒ちゃんとだって二歳しか違わないもの。ピチピチのヤング!
「まぁそれは判るけど……。それだって彼が選んだことなんじゃないの?」
確かに今は少し落ち着いてる気はする。最初の出会いは僕の曲を叩いてくれた時なんだけど、その時はもっとこう野心に満ちていたっていうか「天下取ったる!」的なアホウな無鉄砲ぶりがあったんだけど。ああいうの、丸くなったって言うのかなぁ。でもさ、その丸くなったところをさ、ちょっとぶっ叩いて折っ欠いたりしたら、その欠けた部分がまたギザギザに尖がるんじゃないの?
「まぁそうかもだけどさ、ある日それが突然ぶっ壊れることだって、あるよね」
「天から舞い降りし独りの災厄、つまり天災、樹﨑光夜の手に依って?」
「ご名答!」
まったく礼美さんには敵わないなぁ。それが光の使者か恐怖の魔王かなんて全然関係ない。大事なのはぶっ叩かれて欠けて尖った部分をどうするか、だもの。
「諒君も災難ね」
「それはまだ判らないでしょ」
もしも欠けた尖った部分をまた丸くしようってんなら、そもそも僕は諒ちゃんに声はかけてない。でも僕が睨んでいる通り、あの野心を燻ぶらせているんだったら、彼は休火山だ。きかっけさえあれば本人の望むような大噴火だって、起こり得るかもしれないじゃない。
「で?そのフリーターの子はあんたのお眼鏡に叶うくらいなんだから腕はあるんでしょうけど、プロとしてやってけるの?」
「そらフリーターしてるよりプロのミュージシャンの方が全然ましでしょ」
一応定職ってことになる訳だし。……でもバンドが成立したとして、鳴かず飛ばずだったら収入はアルバイトの方が良いかもしれないけれど。
「それだってあんたの価値観でしょ」
「ま、そうだけどね」
僕の、というよりは一般論かな。どんな事情があってフリーター、
「一応訊いとくけど、駄目だったらどうするつもりなの?」
ごもっとも。幾ら情熱があったって悲しいかなこれ、ビジネスなのよね。バンドが立ち行かなければ僕はSounpsyzerのバックアップを受けられない。流石の僕もポケットマネーでバンド一つを運営することは到底不可能な訳で。だからまずリスクを回避したい礼美さんの気持ちは凄く判る。
でも安心して!
「駄目だった時のことなんか考えない!
今度は右手でサムズアップ!して、くぃと肘を曲げると立てた親指を自分の顎にちょいと当てる。
「じゃないわよ!アホゥの子か!」
自分のお膝をぱん!と叩いて礼美さんは目玉を飛び出させようとする。あぁ、美人が台無しだよ。
「や、まぁ下話は諒ちゃんに任せちゃったけどさ、僕が交渉しに行ったらバッチリこっちの世界に引きずり込むから!」
もちろん彼がそれを望んでくれれば、なんだけども。ソロの時でも感じてた。気の置けない仲間と一緒に創り上げて行く音楽の楽しさ、素晴らしさ。僕はそんなものに憧れた。だからもしも彼がどうしても今の生活を守りたいと言うならば、僕だって引き下がるつもりだ。その前に、ありとあらゆる天才的手段をそれはもう、あれやこれやと実行させて頂きますけれども。
「……で、それ、あたしに今日話したってことは、当然
「ない!」
僕は即答する。礼美さんが自分のことを『あたし』って言っている時は、プライベートモードだ。だからあくまでもノリは軽く。でも逆撫でない程度に。
「ん?」
あ、あれ?じゃあもっかい!
「ない!」
「アホーゥ!」
十六連符も顔負けなほどに礼美さんはまたしてもお膝を連打。ドラマーの才能、有るんじゃなかろうか……。いやいや、そうじゃなくて!
「くぅ、この天才アーティストを捕まえてぇ!」
二回もアホゥ言わなくても!
「音楽的には天才だけど、あと全部ダメじゃないの」
よっこ、と上体を起こしつつ、人差し指を僕の額につん、じゃなくどす!と当てて礼美さんは嘆息混じりで言う。ちょっと爪が伸びてるからか割と痛い。
「えぇ!そ、そんなこと、ない!」
あるかもだけど。天才故に……。
「まぁ判ったわ。時間はない訳じゃないからもうあんたの思う通りに、好きにやんなさい。あと美沙希にはあたしから伝えとくから」
さぁっすが敏腕マネージャー。僕がソロでやっていた時にある程度顔が売れたのは、確実に礼美さんの手腕に依るものだ。ま、僕が書いて歌った曲が天才的だったのもあるけどね!
「わぁいありがと!礼美さん愛してる!……ていうかそもそも止める気、なかったでしょ」
僕の突拍子もない提案にお小言を言ってみたかっただけって気がする。ま、だからこそまずは理解ある礼美さんに話したんだけれども。だって、リスクマネジメントは勿論のことだけれど、あの樹﨑光夜がバンドで復活、って自分で言うのもおこがましいけれど、ほんのちょびっとくらいは音楽シーンに影響力があるって思うし。礼美さんも今のところはリスクよりもその期待値にかけてくれてるような気がする。
「あんたを止められる人間がいたらお目にかかってみたいもんだわ」
そんな傍若無人な人間のつもりはないけれども……。そんな風に思われてるってこと?
「一人、いないこともないけどねぇ」
ある、一人の女性の顔を思い浮かべて僕は呟くように言った。
「それ反則よ」
礼美さんも確実に同じ人物を思い浮かべて苦笑する。その苦笑にただならぬ哀愁があるのは僕も良く理解してるから、ここは素直になっておこう。
「でした。すみません!だもんで、これからフレアシードのライブ行ってきます」
まずはとっかかり。調べたところに依れば、フレアシードのギタリスト、
「はいはい。暗い道と車には気を付けるのよ、あと知らない人について行っちゃだめよ、東京は怖いんだから!」
こういうのを諦めの境地って言うんだろうか。
「そのちっちゃい子に言うようなソレ、止めてもらっていいですか……」
僕だってもう二五歳!立派な大人だ!赤ちゃんはコウノトリが運んでくる訳じゃないことくらい知ってる!
「光夜ちゃん、行ってらっちゃぁ~い」
でも結局、僕なんて逆立ちしたって礼美さんには勝てっこないんだ……。
「い、いってきまちゅ」
そんな訳で僕は二度目のスタートラインに立った。
ギター、ベース、ドラム、ボーカル。今現在日本ではまだポピュラーな形だ。でも僕もギターは持つ気でいる。
もう一人、ギタリストが見つからなければ。
もう一人ギターを見つけられれば、僕は、僕の理想のバンドを組むことができる。
誰しもが、いや僕自身が一番胸躍る音楽を、きっと奏でることができる。
だから、ボーカルに樹﨑光夜、ドラムに谷崎諒、ベースに水沢貴之、ギターに大沢淳也。
そしてもう一人、ギタリストが必要なんだ。
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