美人だから浮気しても許されると思ってる王子様系の彼女に、いきなり別れようと言ったらどうなるか検証してみた。

式崎識也

第1話 王子様



 俺の彼女はよくモテる。



「ごめんね。君の気持ちは嬉しいけど、ボクには他に好きな人がいるんだ。だから、君の気持ちには応えられない」


 なんて言って、告白してきた女の子を手慣れた仕草で抱きしめる1人の少女。俺からすれば振った相手を抱きしめる必要なんてあるのか? と思うけど、彼女に言わせればそういうアフターケアもモテる者の務めらしい。


「……今日は寒いな」


 小さく息を吐いて、そんな2人から視線を逸らす。俺はあいつの彼氏のはずのに、なんだかいつも1人でいる気がする。


「待たせたね。さ、行こうか」


 空の色が澄んだ青から茜色に変わり始めた頃。告白されていた少女──華宮はなみや 詩織しおりは、肩口で切り揃えられた金髪を風に揺らしながら、慣れた手つきで俺の手を握る。


「もういいのか?」


「うん。彼女もなんとか納得してくれたよ」


「……相変わらずモテるよな、お前は」


「そうかな? 別に普通だと思うけど」


「お前が普通なら、どこの誰がモテるんだよ。今月だけでもう4回も告白されてるだろ、お前」


 中性的な顔立ちに170cmを超える身長。中学の頃は演劇部でよく男役をやっていた詩織は、男女問わずよくモテる。


「ふふっ、もしかして嫉妬してる? 千里せんりって背は高いけど器は小さいからな」


「……言ってろ」


 冷たい手を離して、歩くペースを上げる。詩織はそんな俺を見て、クスクスと楽しそうに笑う。


「怒らないでよ、怖いな。短気な男はモテないよ」


「別に俺は、モテたいなんて思ってない」


「ボクみたいに可愛い彼女がいるから?」


「違う。俺は1人でも生きていけるから」


「そんなことばっかり言ってると、いい加減ボクにも愛想尽かされるよ? そうなれば、君はまたぼっちだ」


「友達くらいいるっての」


「嘘つくなよ〜」


 長い指先で頬をグニグニと突かれる。冬の冷たい空気に耳がヒリヒリと痛む。


「そんなことより、今度の休みどこか行きたいとことかあるか?」


「どうしたのさ、急に」


「いや、週末はお前の誕生日だろ? だから、行きたいとことか欲しいものとかあるのかなって」


「……別にいいんだけどさ、君はもう少しサプライズとかムード作りとか、そういうのを学んだ方がいいんじゃないかな」


「まどろっこしいのは好きじゃないんだ。知ってるだろ?」


「知ってるからこそ、こうして注意してあげてるんじゃないか」


 ダッフルコートのポケットに手を入れて、詩織は言葉を続ける。


「君は天パだけど背は高いし、天パだけど顔も整ってる。天パだけど頭もいいし、天パだけど運動もできる。あとはそういう細かな気遣いさえできれば、完璧なんだけどな」


「天パは個性だ。悪く言うな」


「言ってないよ。ボク、ワカメ好きだしね」


 茜色の夕陽を背に笑う詩織。その姿はまるで演劇のワンシーンのように華やかで、思わず目を奪われる。これならモテるのも納得だ。


「…………」


 では何故、そんなモテる彼女が気遣いできないワカメと付き合っているのか。それは俺と詩織が幼馴染であるというのが半分。そして、もう半分は……。


「っと、ごめん。電話だ」


 聴き慣れた音を響かせるスマホを鞄から取り出し、少し離れた所で小声で何か話し始める詩織。


「やけに楽しそうだな」


 電話をしている詩織の表情は、俺と話している時よりもずっと楽しげだ。何も知らない奴が今の詩織を見たら、恋人と電話しているのだろうと思うほどに。


「何度も待たせてごめんね? さ、行こうか」


 隠すようにスマホを鞄に入れ、弾んだ声で楽しげに歩き出す詩織。


「電話、誰からだったんだ?」


 そう訊こうとして言葉を飲み込む。そんなことをわざわざ訊くのは、器が小さい気がした。


「今日の夕飯は何かなー。母さん、冬だと鍋ばっかりなんだよね」


「いいじゃん、鍋。俺はしばらく食べてないな」


「そうなんだ。じゃあ今日うち来る?」


「……辞めとく」


「なんで?」


「気を遣うから」


「今更そんなこと気にする必要ないと思うけどね。その様子だと君、まだ妹ちゃんと仲直りできてないんだろ?」


「……それは別に、関係ないだろ」


 小さく息を吐いて、視線を逸らす。詩織はまた、楽しそうにクスクスと笑う。


「ああ、そうだ。それで、週末のことなんだけどね」


「どこか行きたいとことかあるのか?」


「ううん、違う。そうじゃなくて……」


 詩織はそこで小さく笑って、最近、更に大きくなってきた自身の胸に手を当てる。……どうしてか、その仕草に嫌な予感を覚える。


「せっかく誘ってくれたところ悪いんだけど、ちょっと週末は予定が入ってしまったんだ。だから誕生日プレゼントは、君の気持ちだけで十分だよ」


 さっき告白していた少女にしたのと同じように、優しく抱きしめられる。柔らかな感触と甘い香りに頭が痛む。


「さっきの電話か?」


 と、俺は言う。


「小さいことを気にする男はモテないよ」


 と、詩織は笑う。


「さ、帰ろうか」


 どこか芝居めいた仕草で笑い、詩織はそのままルンルンと歩き出す。俺は身体についた香水の匂いを払うように、早足でその背を追う。



 ──俺の彼女、華宮 詩織は浮気している。



 相手が誰なのか、俺が本命なのかどうかも知らないし、他に何人と遊んでいるのかも分からない。


 だからもしかしたらさっきの電話も、ただの友達なのかもしれない。誕生日を恋人より友達と過ごしたいと言うのは、まあ……分からないことじゃない。


「…………」


 なんて、こういうことを考えている時点で、もう認めているようなものだ。今回だけならまだしても、詩織はことあるごとに俺以外の約束を優先する。さっきの告白だってそうだ。



 俺と詩織は恋人だ。



 けれど多分、彼女は俺のことを大して好きではない。


「なぁ、詩織」


「なに? 千里」


「俺たちって、付き合ってどれくらい経つっけ?」


「なんだよ、急に。……確か君と付き合ったのが中学の卒業式だから、1年と半年くらいじゃないかな?」


「もうそんなに経つのか」


「可愛くてかっこいいこのボクとそんなに長く付き合えてるんだから、千里は幸せ者だよ」


 詩織は笑う。


 俺は笑わない。


「…………」


 詩織は自分が世界の中心だと思っている。可愛くてかっこいい自分は、何をしても許されると本気で信じている。どれだけ他人を裏切って、どれだけ嘘をついたとしても、笑って優しく抱きしめれば全て思い通りになると思ってる。



 俺が何もかも知っていて、それでも自分を愛してくれているんだと誤解している。



 だから俺は、言った。



「──俺たち別れようか」



 そうしてここから、楽しい楽しいラブコメが始まった。


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