中編1:魔王、現る。
場所は変わらず冒険者ギルド。筒木と後路は机を挟んで相対していた。
「改めて、あたしは同じクラスの啄木鳥筒木。まさか顔と名前すら憶えられていなかったなんてね……」
筒木は「あはは」と苦笑した。
「キツツキツツキ……さん」
確かにどこかで見たような顔だと、後路は記憶の糸を手繰り寄せる。二つ後路の席、ギャル……そういえば、陽のオーラを纏う冗談みたいな名前の女子がいたような気がする。
(思い出した……陽の中の陽、ギャルの中のギャル。コミュ力の塊、陰キャの天敵を絵にかいたような魔王だ……!)
逆らったら殺される。
(私はイエスマン、私はイエスマン。陽キャのビッグウェーブにノリでついていく女……!)
後路が気を引き締める一方で、筒木は照れくさそうに頬を掻く。
「あはは。変な名前でしょ?」
「はい! バカみたいな名前です!」
「社交辞令が行方不明だ!? ま、まあ、元気そうで何よりだよ」
筒木は楽しそうに小さく苦笑して見せた。後路の失言にまるで気にしていない様子で、人の良さが溢れんばかりである。
「あ、ご、ごめんなさい。で、でも、どうして啄木鳥さんがここに?」
啄木鳥筒木は、後路が日本にいた頃のクラスメートだ。後路の疑問は当然だった。
「実は、天使様から聞いたの。あたしのほかに三人、同じ事故で死んじゃったって」
「え………」
急に暗い話を投げられて、後路は困惑する。というか、初耳だ。そんな話は一度も聞いていない。
教えてくれてもよかったのに、天使さん。
「後ろからの衝突事故って聞いて、隣に座ってる子達が心配だったんだけど、聞いてみたら案の定でさ。二人はすぐに見つかったんだけど、ウシロちゃんはこの半年間、全然見つからなくて……」
「ぐはッ……」
「!? ウシロちゃん、大丈夫? 胸が苦しいの? なにかの病気!?」
「だ、大丈夫です……ちょっとした自己嫌悪です、はい」
自分が死んだことで頭がいっぱいで、しかもワクワクしながら異世界転生した後路である。まさか他人の心配をしているはずがなかった。まして、自分の他に誰かが死んでいるんじゃないかなんて、この半年間、思いつきもしなかった。
人間としての格を思い知らされる気分である。
(私ってなんてダメな人間なんだろう……死んだほうがいいのかな、いいんだろうな……ほんと、生きててごめんなさい)
後路は椅子の上で膝を抱えた。
「大丈夫ならいいんだけど……にしても、どうしてこんなところに? 今までどこにいたの? たくさん探したんだよ?」
「うぐっ……」
後路は言葉を詰まらせる。
(い、言えない……働きもせずに引きこもっていたなんて……お金が無くなって嫌々働こうとしていたなんて……)
働こうとしていたことを言えば、自然と引きニートだったことをバラすことになる。これ以上惨めになりたくはなかった。
「実は魔王を倒す旅に出てて、でもまだまだ私は弱いから魔王に眼をつけられたらすぐに殺されちゃうと思って、姿を隠して各地で修行をしてたんです倒した魔物の素材を売ればお金だってがっぽがっぽですから」
後路は流れるように嘘をついた。
「魔王なんているんだ……すごいんだね。私なんて、ここで紹介されたバイトで食いつなぐのがやっとだったのに」
「い、いえ……天使から貰ったスキルもありますし……」
「スキル? どんなのを貰ったの?」
「え、えっと、それは………そう、知られてない方が強い力というか、なんというか……」
「あ、ごめんごめん。秘密にしてるんだもんね、言えないよね」
「い、いえ」
どうやら誤魔化されてくれたようだと、後路は一息つく。
こんな優しい人にゴミを見るような目なんて向けられたら、もう立ち直れない。
「お話し中にすみません。カゲミヤ様の冒険者カードができましたよ」
安心した後路が「ずずず」と紅茶を一口啜ると、机で作業をしていたミリィが近づいてきた。
彼女は一枚のカードを後路に手渡してくる。
「それから、お探しのティッシュ配りのバイトは、今のところありませんでしたよ」
笑顔で爆弾を置いて、彼女は受付に戻っていった。
「え、バイト? あの、がっぽがっぽって……」
後路は滑り落ちるように土下座をした。
「すみません嘘です本当はただの引きこもりですクソニートです」
「めっちゃ見栄はったね!?」
◆
5分後。
「なるほどね、お金が無くなっちゃったんだ」
隠し通すこともできず、後路は事情をゲロった。
「啄木鳥さんが探してくれている間にクソニートかましててごめんなさい……あの、稼ぎの5割で勘弁してくれませんか………?」
「あたしは取り立て屋か何かか!」
どうやら冗談だと思われたらしく、筒木はぷんすかと可愛らしく怒ってみせる。むしろなじってくれた方が気は楽だった。
罪悪感の逃げ場が無くなり、後路はますます身を縮こませる。
「なら、あたしのお仕事、紹介しようか?」
「え……いいんですか? 大事なパパさんを」
「うん、パパ活じゃないからね」
「な、ならキャバクラですか? でも私、場の盛り上げ方とかわかりませんよ……?」
「ウシロちゃんの、あたしに対するイメージがなんとなく伝わってきたよ……」
筒木は「はぁ」と疲れたようにため息を吐く。
「そうじゃなくて、ただの飲食店のバイトだよ。居酒屋っていえばわかるかな? 注文とって、料理を運べばオッケー。丁度、人手が足りないって店長さんも言ってたしね。夜間手当もあって、時給は1300ゴル。なかなかいい条件でしょ?」
「時給で1300ゴル……とりあえず、今月は肝臓を売ってきますね」
「まってまって! 家賃のことなら気にしないでいいから!」
「え……あ、ごめんなさい。ゴミムシが宿に泊まるなんて烏滸がましいですよね……しばらく野宿しときます」
「そんな鬼畜なこと言わないよ!? その、ウシロちゃんがよければ、あたし達の部屋に泊まらない? 他の二人と一緒だから、少し狭いかもしれないけど」
「え………」
思いがけない提案に、後路は唾をのみ込む。
(他の二人というのは、男子もいるのだろうか。いるんだろうな。リア充だし)
元居た地球、あるいは日本に比べて娯楽の少ない異世界。楽しみと言えば快楽。酒! セッ●ス! ドラ●グ! の三拍子。
「男女四人が同じ部屋に一晩……何も起きないはずもなく」
「えっと、何か言った?」
「あ、いえ、お構いなく。でも、背に腹は代えられません。ぜひ……お願いします」
「なんでそんな、覚悟を決めた顔をしているのかはわからないけど……うん、頼って頼って! あたし達、友達でしょ?」
「と、友達?」
まだまともに話して一時間もたっていない。だというのに、彼女の中ではすでに後路を友達認定しているらしい。
(友達、友達かぁ。うぇへへへへへへへへ…………)
後路にとっては初めての友達。相手が言ったことだ。自分だけ友達だと思っていた、なんてこともない。
今晩は友達の家でお泊り。
「ふ、不束者ですが、よろしくお願いします!」
「うん、よろしくね」
筒木が手を差し出してきたので、後路は遠慮しながらもその手を握り返す。
人の手を握ったのなんて、いつぶりだろうか。中学に上がった時、母と写真を撮った時以来かもしれない。
筒木が笑うと、それにつられて後路も不器用な笑みを浮かべる。はにかみ合う二人の間には、ゆったりとした時間が流れているようだった。
「あ、で、でも私たち、今晩、姉妹になっちゃうかもしれませんよね……」
「………ソウダネ?」
意味が分からず、ツッコミに疲れた様子の筒木は軽く流した。
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