いせかいびより
@misisippigawa1
プロローグ:半年後から始まる異世界生活
「あなたは死にました」
背中に白い羽を生やした女性が、無慈悲に告げた。
場所は応接室のような部屋。高そうな机を挟んで、少女とと美人なお姉さんがそれぞれソファに座っている。全体的にメルヘンチックな雰囲気。壁はピンクで、雲のようなものがふわふわと浮かんでいる。よく見ると、本棚や扉、観葉植物に至るまで雲みたいにモコモコしていた。
「影宮後路。中学生3年女子。15歳。身長147センチ、体重は乙女の秘密………クソ、胸でケェなこいつ」
小声で悪態をつく天使。
(え………どこ? 誰?)
突然のことで訳も分からず、少女もとい後路は混乱した。
(確か、ついさっきまで、修学旅行の行きのバスに乗ってた、よね?)
友達のいない後路にとっては、憂鬱オブ憂鬱な学校行事の一つ。ストレスで昨日の夜は全く眠れなかった。そのおかげで絶不調。バスの中でも特に揺れやすい一番後ろの席に座っていた後路は、当然のようにバス酔い。母親に持たされた酔い止めの薬も空しく、騒がしいクラスメート達の後ろで、ビニール袋を片手に一人でオェオェしていた。
隣の女の子はすごく嫌そうだった。
「不運なことに、後ろからの追突事故でした」
天使はハンカチを片手にヨヨヨとわざとらしく泣く。
「じ、事故死、ですか?」
運の悪いことだと、後路は自分の運命を少しだけ嘆いた。
「いえ、直接的な原因は、窒息死です」
「え?」
窒息………?
近くに海でもあったのだろうか。あるいは湖とか、川とか。
「あなたは追突の衝撃で嘔吐。そのまま軽い脳震盪を
起こし、喉に下呂を詰まらせて死にました」
「………え?」
今なんて言った
「助けにきた救急隊員に嫌な顔をされながら人工呼吸をされるあなたの写真ありますけど、見ます? 中々傑作ですよ? こんな醜態はなかなか見れません。それこそ人生に一回きり! 今なら、貴女の下呂で制服を汚された生徒に『制服のクリーニング代は払いますから』って頭を下げる貴女の母親の写真もついてきます」
「…………」
後路は想像した。
「よし、死のう」
生まれてきてごめんなさい。
「まあまあ、悪いことばかりじゃありませんから………ぷっ」
「笑いました? ねえ、いま笑いました?」
んん、と天使は喉を鳴らすと、優し気な笑みを浮かべた。
「貴方には選択肢があります。一つは輪廻の輪に乗って、そのまま地球に再び生を受けること。当然、記憶は引き継がないどころか、人間に生まれ変わる保証はありません。即身仏になったお坊さんのように、徳が高い人なら好きな生物になれるんですけどね」
天使はもう片方の腕を小さく上げて、これまた人差し指を立てた。
「もう一つは、異世界へ転生する選択肢。転生といっても赤ちゃんから始まるわけではありません。外見と記憶はそのままに、私から一つ、力を授けましょう。いわゆる私TUEEEE転生ってやつですね。若くして亡くなってしまった方に向けてのサービスです」
「お、おお?」
どこかで聞いたことあるような展開に、後路は少しだけ目を輝かせた。
「貴女の場合は……おや、丁度いいサンプルがありますね。MMORPGとかやりこんでました?」
「そ、それなりには……」
いつか友達との話題になるようにと、小学4年生の頃からスマホで遊べるMMORPGに青春のすべてをつぎ込んでいた。おかげで、今に至るまで話し相手すらできなかったが。
ハハッ。
「年齢や外見は今のあなたのままですが、スキルを引き継ぐことできますよ?」
「お、おお?」
期待を膨らませる後路。
天使が続ける。
曰く、魔王がいる世界。
曰く、中近世ヨーロッパ的な文化。
曰く、スライムやゾンビなどのモンスターが蔓延る。
曰く―――剣と魔法のファンタジー世界。
………きた。
きたきたきた!
これぞ私の求めていた展開! 異世界無双チートでイージーな人生! 安泰な将来! 最高にハッピーなバラ色の異世界生活! こんな幸運があっていいのだろうか、いや、ない! チートスキルで超人チート! 石鹸開発とかで知識チート! ああ、なんて素晴らしい……!
「さて、妄想が捗るところ申し訳ないですけれど、どうします?」
天使が訊いた。
「ぜひ異世界転生でお願いします!」
「はいはーい。決断が早くて助かりますよー。これがおじいちゃんとかだと、小一時間迷ったりしますからねぇ」
天使は懐から地図を取り出すと、「ここでいいか」と漏らす。
「転生場所は、比較的弱い魔物が出る町の傍に設定しておきますね~。目を覚ましたら、川の上流に向かって歩くといいですよ」
天使が「パチンっ」と指を鳴らすと、後路の足元に六芒星の魔法陣が現れると、次の瞬間。
床が消えた。
「え?」
急な浮遊感。こちらに手を振ってくる天使が、段々と視界の上の方へ、上の方へと移動する。
「それでは、楽しい異世界ライフを~」
そんな天使の声が聞こえたのが最後。
「これ起きたらベッドの下におちてるやつだあああああああああぁああぁあ!!!」
影宮後路は、落ちた。
◆◆◆
目が覚めたら、青空が広がっていた。
雲一つない快晴。視界の隅には草が生え、空には四枚羽の鳥が飛んでいる。
「…………え、マジじゃん……」
後路は起き上がり、あたりを見渡す。
さらさらと流れる川、どこまでも続く平原。そこに伸びる一本の石道が、川に沿って伸びていた。その先には巨大な石壁のようなものがかすかに見える。
ふと、心地よい風が後路の頬を撫でた。
どこまでもリアルで、夢とは思えないクオリティ。
「マジじゃん……」
思わず、もう一度呟いた。
後路はおもむろに立ち上がると、ストレッチをするように身体を動かす。
軽い。
体がすこぶる軽い。
「す、すごい……」
運動不足の体とは思えないほどの身軽さに、後路は感動を覚える。その辺に落ちていたほどほどに大きな石を何気なく拾い上げて、思い切り投げてみた。
50メートルくらい飛んだ。
体力テストのボール投げは5メートルしか飛ばせなかったのに。
「すごい……!」
確かめるように掌を見つめると、足元の小さな鞄に気が付いた。中身にはメモと水筒らしきもの、それにカードが一枚入っている。
メモには、
『ゲームキャラのスキルとレベルはそのまま引き継いであります。一緒に入れておいたカードはスキルやレベル確認の他に、キャッシュカードとしても使えます。サービスで節約すれば一年位は暮らせるだけの額を入れておきました。それではお気をつけて。転生科の天使、ヴィーラより』
(とりあえず確認しよう)
まず装備……服は中学の制服。持ち物はカバン一つ。
近くの川を覗き込んでみれば、そこには見慣れた顔が映る。伸びっぱなしの髪に、前髪に隠れた眼。陰に生きる冴えない女子といった風貌だ。
ただ、なぜか髪が霞んだ白髪になっていた。どちらかというあと銀色に見える。とはいえ、オシャレ感は皆無なので、全体的にもっさりした感じは変わらない。
見た目だけでちやほやされるムーブは諦めた方がいい………かもしれない。可能性はゼロではないのだ。
ちなみに、カードには100万ゴルと書かれていた。日本語ではないが、不思議と読める。この世界の文字だろうか。ご都合主義万歳。
「これから私の異世界生活が始まるんだ……!」
異世界に来たという実感が段々とわいてきて、後路の心臓が自然と跳ねる。
(よし、まずは街に行って、冒険者ギルドに入って、絡んできたモヒカンをKOして、この新人ヤバイムーブをかましてやろう!)
調子に乗った後路は、鼻歌を歌いながら石壁へと大股で近づいていった。
―――それから半年間。
何のイベントもないまま、後路は最初の街の宿屋で引きこもった。
次回予告:引きニート、死す
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