第二項 心の悪魔

 男はまた罪を犯した。三匹目だ。毎度殺してからはっとする。首を絞められ窒息した犬を見て男は泣いた。自分には悪魔が宿る、と。


 今日も働き、飯を食らい、寝床につく。そんなつまらない人生を送っていた。ストレスと共に悪魔が生まれた。初めの頃は物に当たっていた。机を叩き、壁を殴る。ゲームをやってイラついた時はコントローラーを投げた。そして、毎度何かに当たるたび我に帰り後悔する、その繰り返しだった。だが、悪魔の力はどんどん増大していった。

 ある日男は会社で上司のミスをなすりつけられ理不尽な罵声を浴びた。当の上司は、もともと彼はミスが多くて、と頭を下げた。だが、頭を下げている時安堵の表情の後にこちらを向いてゲスな顔で笑みを浮かべたのを男は見逃さなかった。かと言ってその場でそんなことを言えば、エビデンスもないので相手の怒りを買うばかり。男は怒りを溜め込みながらもその場で謝罪した。帰ってきて一日を振り返ると今日一番の怒りが込み上げてきた。男の意識が揺らいだ。そして、意識が戻ってきた時には既に息をしていない愛犬が手の中にいた。遂にやってしまったんだ、悪魔が本領を発揮し出したんだと悟った。気づいたら涙が頬を伝っていた。その時、殺したのは俺ではないんだ、そう思い安心した。


 安心なんてするから殺してもまた犬を飼い、そして知らぬ間に殺す。もう二度と飼わないと誓ったのが三匹殺してからだなんて自分でもおかしいと思う。悪魔を自分とも思わず放置した自分を心底憎んだ。


三匹目が死んでしばらくして男は会社で唯一仲良くしていた女性から告白された。男もその人が好きだった。だが、悪魔の自分を見せたら幻滅されてしまう、そう思いフッた。この時も女性の命が心配でフるわけでもなく、フッた第一の理由が自分のメンツに関わることだなんて自分には呆れるしかなかった。悪魔だけでなく自分もクズだと理解したのはこの時だ。クズは結局どの角度からみても清々しいクズだった。


自分は短気でキレたら何も聴こえなくなる。自分の声ですら。嫌いになったり呆れたりはするが、罪悪感を感じない自分がやはり嫌いだ。男は自分の罪悪感から逃げるように身を投げた。愛犬を殺す時も、自分を殺す時も悪魔が踏みとどまるのを拒む。そんな自分に最期まで呆れていた。




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