死の距離

蔭谷怜

第1項 くりかえ死

「やっぱ自殺なんてやめとけって」

 誰かがそう言った。こいつは私が自殺を決めて少ししてから現れた。私は幻聴だと思って無視していた。だがこいつは何度も冒頭のセリフをかけてくる。初めはこの現象がなんなのか考えていたこともあったが、自殺者が自殺を躊躇ためらう原因はこれか、と自分でも納得しているようなしていないような曖昧な答えを結論づけた。


 私が自殺したい理由は簡単だ。疲れたからだ。けっして若気の至りではない。私は中学時代、勉強をしなくてもある程度いい成績をおさめることが。そしてその結果本人の"楽をしたい"意思とは裏腹に進学校へ入学していた。勉強しない私が進学校でおさめる成績がひどいことなど私以外予想できなかったのだろう。その酷さは一年の二学期から三年の終わりまで毎学期、追試を、受けてしまうほどだった。期待してくる家族、叱咤してくる教師達、それでもなお勉強しない私に嫌気が差した。もとはゲームの方が楽しいので勉強をやらないだけだったが、いつしかゲームが勉強から逃れる空間へと変化していった。勿論、友達といる時間は楽しいし、好きなアニメも癒しであった。だが、そんな時でも勉強がよぎり、嫌な私が顔をだす。私はもう充分だった。

 来季のアニメの録画準備も勉強に蝕まれ、いつしかしなくなった。いや、私はに蝕まれたのだ。


 私はこいつに何度も言われたが死んでやった。他の自殺者のような他人の一言で止まる程度の意思は持ち合わせていない。


 私は今泣いている家族を見ている。これは、私が死んだ後の世界の話だろうか。あれだけ勉強のことで怒っておいて何を悲しんでいるのか。きっと彼らには私の死んだ理由が微塵も浮かばないのであろう、きっとこの先も。ただ、どこまでいっても家族は家族なのだろう。少し悲しみを覚えた自分がいた。場面が切り替わった。今度は高校の友だ。涙しているのはおそらく私のためだろう。また場面が切り替わった。今度は祖父母の泣いている場面。今度は中学時代の担任が泣いている場面。隣のおじちゃん、部活の顧問、自分を慕ってくれていた後輩、色んな人の悲しむ姿を見た。私は逃げてしまったんだと申し訳なさを感じた。

 今回のことで気づいてしまった。勉強で勝手に傷ついていたのは私だと。勉強は私一人を苦しめたが、私の死は大勢の人を苦しませた、と。私はもう自殺する人を生んではならないと思った。その時また場面が切り替わった。


 今度の場面は映像が見えない。音のみだ。誰かがまた泣いている。ただ今までと違うのは私の知らない人だということ。この声は泣きながら、いじめがつらい、と嘆いていた。そして、「いっそ死んでしまおう、奴らの思う壺だけどもう限界なんだ」そう言ったんだ。私は声をかけた。「自殺なんてやめとけ」







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