記憶喪失で幼馴染を忘れる
夏穂志
上 バッドエンド
「
事故にあったと聞いてすぐ病院に駆けつけた。
今日は高校もなく、僕自身も予定がなかったのですぐに向かうことができた。
病室に入った僕は医者の方から説明を受けた楓のお母さんから事情を聞いた。
楓のお母さんの話す内容には医者だけでなく、警察、そしてその楓の友達からの話もあった。事故の場所やら原因やら…
楓は友達と出かけている時、建物から落ちて来た看板が友達に当たりそうだったので咄嗟に庇ったそうだ。その時に頭を強打したことが原因で記憶喪失になってしまったらしい。
僕は一生懸命楓に尽くした。記憶を思い出させようとアルバムや記念日のプレゼントなんかを持って病室に訪れ説明と共にその数々を楓に見せる。それはもう必死になった。記憶を思い出させるために必死に…
しかし、状況は一向に良くならず…
寧ろ悪い事に僕との関係は悪化して行く一方だった。そりゃそうだ、今になって気づいた。
彼女は見知らぬ青年に本当かどうかもわからない思い出を永遠と聞かされ、思い出せるかも分からない記憶を思い出させようとされているのだから。
何故辞めて上げなかったのだろう、自己欲求の為か、楓の為に、と勝手に自分の考えを押し付けてしまった。
状況の悪化を遅いながら感じた僕は考えた。
記憶を無理に思い出させる事はせず、過去よりも未来を見ようと。楓と新たな思い出を作ろうと考えた。
反省をした後、計画を練った次の日、僕は早めに終わった学校を後にし、急いでゲーム機や漫画を紙袋に入れ、傘をさしながら小雨が紙袋にかからない様にして病院に向かった。
いざ楓の病室に入ろうと取っ手に手をかけた時、中から大きな声が聞こえた。
「あの人は誰なんですか! もう嫌です。あの人と何度も会っていますが未だに思い出すことはできません。別に記憶なんて思い出さなくたっていいんです。もう本当に昔一緒にいたのか分からないです。怖いのでもう会いたくないんです」
楓が母親に僕とはもう会いたくないと言っていたのだ。個室の病室なのでこれは間違いなく楓だ。
僕は楓の嫌がる事をしたくなかったので潔く楓に会いに行くのはやめようと考えた。
これから思い出を作っていくのは諦めようと思い、扉の取ってから手を離した。
僕が記憶を思い出させようとしなければ、昔のようにとは行かなくとも、また0から彼女と仲良く出来たのだろうか…
物思いに耽るかの如く帰る途中、屋根のある所に紙袋を置き、公園で傘をささず勢いの強くなった雨に打たれながら天を仰いだ。
その日以降は自分からというのは伏せて楓の好物を買って行き、楓の母親に預けて帰るという日々が始まった。楓のお母さんからは『そんなことしなくてもいいのよ』だったり『この前みたいに楓に会ってあげて』と言ってくれたが記憶を取り戻したからではないだろう。お母さんはこの前僕が聞いていたのを知らないのだから無理もない。
どうしても彼女に返さなければならない恩があったから、会う事は無くなっても少しは心地よく、気分良く過ごしていて欲しい…
しかし、早いもので高校生の限られたバイトの給料では貯金も残り少なくなってしまい。すぐにそのお節介も辞めてしまった。
悶々と、これからどうしたら良いのかを考え続けた。
僕は彼女なしでは生きれない。
一種の依存なのかも知れない。
楓が僕をいじめから救ってくれた日から僕は彼女の側にずっといた。親に相談しても聞く耳を持ってくれないいじめから楓が守ってくれた。
可愛いと思っていた彼女をカッコいいと思った瞬間だった。
楓も満更ではないのかやめろとは言わず、時折頭を撫でてくれていた。それがどうしようもなく心地よくて忘れようにも忘れられない。楓も稀に自分から引っ付いて来てくれることがあり、その時は僕も楓と同じように髪をゆっくり何度も愛でる様に撫でていた。
楓がいなければいじめに耐えきれず自殺していたかもしれない。
だから側に戻りたい。でも、楓は記憶が戻らない限り僕が寄るのを拒んでいる。頭が痛くなるくらいループし続ける思考を繰り返した。
楓の記憶は戻らないだろうか。
彼女自身が記憶を取り戻す意思がないように思える。
彼女は記憶が戻らない限り僕とは関わりたくない。
つまり今、僕はもう一人ぼっちだ。僕を守ってくれる人も側で笑ってくれる人もいない。
もう、こうするしか無かったんだ。
僕を守ってくれた幼馴染みが居なくなったのならこうするべきだ…
その日、僕の中から僕に甘い幼馴染みは消えた。
それと同時にこの世から1人の男の子の存在が消えた。
————————————————————————
死んだはずの僕は何故か意識があった、それどころか身体の感覚がある。
それを理解した僕は目を開け、眠りから覚醒し身体をベッド上で起こした。
胸の辺りに包丁を刺した筈なのに傷跡がない。血痕も見当たらない。
理由はわからない。
ただ、意識があると認識した時、最悪の想像をした。自殺できていなかった時の事。
その場合、楓は記憶を取り戻していない。ただ日が進んだだけ。また死ななければならないという事。
今自分は自室のベッドに寝ていたのでますますどうなっているのかとても気になった。
スマホで日付を確認する。
「——ッ?!」
どういうことだろうか日付は彼女が事故に巻き込まれる当日だった。
彼女を事故から救えと神様に言われているようだ。
もし、事故に遭わない未来が有るとしたら、また仲良く…側にいられる……そう考えるだけで彼女を救う勇気が、僕の生きる希望が出てきた。
命を張ってでも楓を守ってみせる。
僕はその日、事故があった場所を覚えていたので急いで駆けつけた。
元の世界線では救えなかったがこの世界線では必ず彼女を助ける。
ずっと側で互いを求め合う、そんな関係を絶対取り戻してみせる。
街中を歩いていると遂に幼馴染みの楓を目撃する。彼女は友達とお出かけだった様なのでなるべく邪魔しないように事故が起こる前に未然に防ぐ事を心に決めて尾行する。事故が起こる場所がわかっているので付近に近づいたら声を掛ける。偶然を装えば邪魔にもならないし完璧だろう。
尤も事故が起こると言っても信じないだろうから話しかけて歩みを止めさせる。そして、看板が落ちてくる場所から彼女らをずらせば救える可能性はほぼ100%だろう。
側から見ればストーカーだが、この頃の彼女ならそんな僕でも許してくれるだろう…
いや、普通に考えてダメか…
ダメな事とは知りながらそのまま一定の間隔を空け、彼女の後に付いて歩いていると横断歩道に差し掛かったところで妙な胸騒ぎがした。
嫌な予感がした僕は走り出した。
信号が青になり歩き始める幼馴染とその友達の元へ車が突っ込んでくる。
僕はすかさず楓と車の間に入り、赤信号なのにこちらへ向かってくる車に楓を庇うようにしてぶつかった。
僕は倒れてしまった。
身体はロクに動かないが、まだ意識はほんの僅かある。しかし、疑問だったのはこの横断歩道では事故は起こらなかった筈だったというイレギュラーが起こってしまった事だった。
身体は痺れてはいるものの庇う事で救うことができた。
無事で何より……
意識は遠くなって行き…やがて消えた。
どれだけ眠っていたのだろうか、気づくと病院のベッドの上にいた。
首より上はわりかし自由に動くので周りを見渡す。
ベッドの横には泣きながら僕の右手を両手で握る女の子がパイプ椅子に座りながらベッドに倒れるようにして泣いていた。
「
あれ、泣いてる。
夕陽があと少しで落ちてしまいそうな外からオレンジの光が病室内に広がる。
彼女が起きた僕の存在に気づいた。
泣き腫らしていた彼女は鼻を啜りながら直ぐにナースコールをした。
ナースさんが来るまで少し時間があると思った僕は、ずっと側で彼女が見守ってくれていたのだと思い、『 ありがとう』と伝えた。
彼女は再び涙を流しながら『 いいんだよ』と返してくれた。
しかし、僕には一つ疑問に思うことがあったので彼女に問うた。
———「一つ聞きたいのですが誰、ですか?」———
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