第6話 テロリスト オルピカ

 今日の空は、パステルベージュ。

 黒い岩の丘の斜面に座り、傀儡くぐつは甘い雪をむしゃむしゃむさぼった。充電満タンのスマホを凝視ぎょうしする。画面をスクロールし、メモを頭に叩きこんだ。画面に反射する自分の目は、血走っている。

 オルピカのことが浮かんだ。

 

(あの女! おぼえてろ)


 近くでは、ヌッタスートたちが丘の針葉樹しんようじゅみきに、おのをガッ、ガッ、とつきたてる。切り倒して木材を作った。石という石を拾い集める者もいた。それらをことごとく、ふもとに運ぶ。

 丘にも、山にも、ふもとにも、木がなくなり、すっかりあれはてた。


 


 パステルグリーンの海に面する、黒い山のふもとの、広い土地。ヌッタスートが工場を建設していた。機械を搬入し、高炉こうろに火を入れ、もくもくと煙をあげる。製鉄所せいてつじょだ。

 ほかにもヌッタスートらは、丘や山の黒い石から精錬せいれんした金属により、機械や、車や、銃を作った。

 みなやつれている。

 

「はあ、はあ。神様の言ったとおりに作ったぞ」

「ポイント。ポイント」


 


 製鉄所の煙突えんとつから、もくもくと白い煙があがるのが見える街。ひとりの赤のヌッタスートが、数人の青のヌッタスートから袋叩ふくろだたきに合っていた。殴られ、蹴られ、倒れると、うしろからひもを首にかけられる。


「やめ、やめて……」

 

 青のヌッタスートはニヤニヤしながら、首にかけたひもをクロスし、ゆっくり左右に引っ張った。赤のヌッタスートは泣きわめき、首をかきむしり、泡をふき、死んだ。

 困惑したアイキンは、じっと見守っていた。

 街中に、ヌッタスートの首吊り死体がいくつもぶら下がっている。シナシナした髪や、見開かれた目や、だらりと垂れた触覚しょっかくの先端の色は、みんな赤い。


 

 ガーデンテラスの前の金ピカの椅子に、傀儡くぐつは足を組んで座る。目の前で、赤のヌッタスートが袋叩きに合うのをながめていた。制服の上には、ヌッタスートに作らせた、ふわふわの黒いマントをはおっている。


(虫ケラを従わせるには、別の虫ケラを虐げさせるのが一番)


 青のヌッタスートたちが話す。

 

「赤の連中も、『ミソギ』でポイントあがったな」

 

 傀儡は指をパチンとさせた。念じ、死んだヌッタスートたちの前に、ぽやっと風船のような数字を浮かべる。

 

 10000


 おおっと歓声があがった。

 傀儡はあくびまじりに言う。

 

「ほこりたまえ。きみらの善行ぜんこうのおかげだ」

「神様、わたしのポイントは何ポイントあがりましたか?」

 

 アイキンがおずおずと話しかけた。

 

「神様、彼らは同胞です。これはいくらなんでも……」

「おまえは赤か?」

 

 彼は慄然りつぜんとした様子で、首をふった。

 なわで拘束され、泣いている赤のヌッタスートたち。その首を、数人の青のヌッタスートたちがケラケラ笑いながら、しめあげようとする。

 青の連中が、ガンっとうしろから殴られ、倒れた。首を吊られそうになった赤のヌッタスートがのがれる。

 殴ったのは、黄色のヌッタスート。

 傀儡くぐつは椅子から立ちあがった。


「おい、きさまはなんだ?」


 背後から、さわがしい声があがった。

 

「ポイント思想はすべてデマです!」

「ヌッタスートの色に、優劣ゆうれつはありません」

 

 ふりむくと、街の道を、色関係なしにヌッタスートの列が行進こうしんしていた。文字やバツ印が書かれた看板をかかげ、大声をあげている。


「われわれは等しく平等です」


 先頭にいるのは、ピンクの髪、ピンクの瞳、ピンクの触覚しょっかくのオルピカ。


「あの女」


 通行人のなかには、行進の列にまざる者もいる。


「そうだそうだ」

「暴力反対!」

 

 さわがしい列は、どんどん増えていく。

 青のヌッタスートたちが怒鳴った。

 

「この非山民ひさんみんどもが!」

「非山民はありもしないポイント思想を受け入れるあなたたちだ!」

「同じ同胞を苦しめ、殺してまで天国に行く意味はない!」

 

 アイキンがうつむいた。

 

「オルピカ、ごめん。そのとおりだ。わたしはまちがっていた」


 不意をつかれ、傀儡はアイキンを見た。

 彼は青い目から涙を流している。


「わたしをゆるしてくれ。こんなのはひどすぎる」

 

 オルピカのピンクの触覚の先端が、ピクピク動いた。

 

「……アイキン、あなたの思念を感じる。真実そう思ってるんだね」

「アイキン、きさま」


 傀儡はアイキンをにらむが、アイキンの視線も、意識も、まっすぐオルピカだけに向けられている。

 

「あなたなら、わかってくれると思ってた」

 

 アイキンはオルピカにかけよった。両腕をたがいの背中にまわし、抱き合う。

 

「同胞を狂わせた元凶をとらえろ!」

 

 行進するヌッタスートが、憤怒しながら傀儡を取り囲もうとした。棍棒こんぼうがふりあげられ、おそわれそうになる。


「神様になんてことを」


 青のヌッタスートは、傀儡を守ろうと、いかれるヌッタスートたちに体当たりした。

 ヌッタスートの乱闘らんとうになった。

 傀儡は黒いマントをなびかせ、走って逃げた。

 



 ふもとには、製鉄所のほかにも、円柱状の背の高いとうが建設されていた。神様のための城だ。

 切った木で足場を組む。地上で作ったレンガを引き上げ、セメントで接着しながら積みあげる。設計図を見ながら、やつれたヌッタスートらは働いた。


「ポイント。ポイント」

 

 作りかけの城に、汗びっしょりの傀儡がとびこんできた。ぜいぜいと息をきらせている。

 働くヌッタスートたちは、傀儡をとりかこんだ。

 

「神様、わたしのポイントはいまいくらだ?」

「こんなに労働したんだ。ポイントも大量に……」

「うるせえ!」

 

 怒鳴り、傀儡は作りかけの階段をかけあがった。

 ヌッタスートたちは納得いかない。

 

「なんだよ」

「こんなに働いてるのに」


 

 

 できそこないの城の、最上階までのぼった。レンガの壁は半分もできておらず、床は足場が組まれているだけだ。

 

「はあ、はあ。ここまでくれば」


 すがすがしい風が顔にあたった。黒のマントがはためく。

 見れば、異世界の景色が一望できた。雪をかぶった黒い岩肌の山々。森が広がるふもと。パステルグリーンのどこまでも続く海。

 この景色すべて、この土地すべて、この世界すべて、自分のものだ。

 

「全部神のものだ」

(あとは赤の連中と、あのいまいましい女を奴隷にすれば……)

 

 あのとき見た、アイキンと抱き合っているオルピカの姿に、腹の底がムカムカとした。

 下から、ドォンと鈍く大きな音がした。ガタガタ、ガタガタ、小刻みに城がゆれる。レンガの壁がくずれ、床がかたむく。

 

「え?」


 傀儡は宙へ投げだされた。眼下では、爆風により土ぼこりがまいあがっている。

 爆弾でもしかけられていたのか。

 


 どさりと地面に落ちると、足場の木や、石や、働いていたヌッタスートが落下し、傀儡にのしかかった。


「……ぅ……、くっ……」


 下敷したじきになり、体が動かせない。息ができない。全身がしびれる。血が止まっているようだ。

 右腕が、うまく動かない。ズキズキと強く痛む。

 こんなことをしでかしそうなヌッタスートが、ひとりいる。


(あの女ぁ……! おぼえてろ)

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