推し始めたVtuberが幼馴染と似ている
烏の人
第一章 星の数ほどいる中で
第1話 遠くのささやき声
「あぁ…疲れた…。」
そう言って俺はベッドに倒れ込む。バイト終わりのベッドとはどうしてこうも気持ち良いのか。今年で大学1年生、19歳、名前を
「さてと、そろそろ日課の時間か?」
時計を見ると午後の11:26を指している。バイトから帰ってご飯食べて風呂入って歯磨きしたら大抵この時間だ。
時計を確認した後、すぐさまスマホを手に取りイヤホンを刺し待機する。そうして暫く経った。
『はい、皆様こんにちはでーす』
イヤホンからそんな声が聞こえた。
「あれ?あぁそうか。」
そうだった今日はこの人、雑談枠だった。寝落ち枠してる人は…あ?あぁこれが俺の日課。いろんなVtuberさんを漁ってる。特に寝落ち枠が好きでバイト終わりとかに癒やしてもらってる。
と、あぁ、居た。寝落ち枠配信してる人。しかもちょうど始まるところ。この人の配信は初めてだな。えっと…『夜空ゆに』さんか。アバターの特徴は身長控えめで薄桃色のスーパーロングの髪をツインテールにしたような感じ。いわゆるロリと言うやつか。聴こうか。
『――皆さん今週もお疲れ様です。』
「えっ?」
そっくりだ。あいつの声に。
『今は私のことだけ見ていてくださいね?』
そうしてバイノーラル配信は始まった。
似ている。俺の幼馴染の声に。あいつの名前は
彼女の配信を聞きながら俺はチャンネルの概要などを読んでいた。そして分かったことをまとめると。今年の4月からチャンネルを作ったということ主にはバイノーラル配信をしているということ。くらいだ。
まぁ、そのくらいしか書くことないわな。にしてもこの人初心者とは思えないくらい上手だ。うん…疲れたし…今日はもう―――――今日はもう寝ようかと思ったが眠れない。いや、ものすごく上手いんだけど聞けば聞くほどあいつの声に似ている。
すごい優しい声。あの日の声によく似ている…。ここからはただの思い出話になるかもな…。
仲はそんなに悪くなかったはずだ。ただ、いいかどうかと聞かれるとそれもまた微妙なところ。昔はよく一緒に遊んだがな…。中学生になって高校生になって…どんどん距離が遠くなっていった。そして今、連絡なんてとってない。連絡先はあるが…まぁこの件について聞くなんて野暮なものだ。第一、その先何があるわけでも無い。
そういう事だから話をもとに戻そう。沙奈とのエピソードだよな。うーん…そうだなあいつは星が好きだったな。小学校の頃、休憩時間に訳のわからん横文字羅列の星の話をされたっけ?あぁ、幼馴染のはずなのに印象薄いな。このくらいしかない。先程のここから先は思い出話発言、撤回させていただきたい。
…耳かきの音…。昔沙奈に一回だけ俺の耳かきしてもらった事があったな。あのときは確か……鼓膜破りかけたな、あいつ。仮にこの『ゆに』って方が沙奈だとすると驚くべき成長…いや、同い年で19なら当然か。ごめん沙奈、バカにした。
『あ、すいません………へっちゅん。』
くしゃみ…可愛い。と、いうよりこんなとこまで似てる。
『耳痛くなかったですか?大丈夫ですか?』
必死にゆにさんはそう聞いてくる。チャットからは『大丈夫だよ』『くしゃみ助かる』『可愛い』なんて文字が流れている。
『えへへ、もしかしたら誰か私のこと、噂してたのかも…なんて。』
あぁ…沙奈の噂はしてた。え?いやいやまさかね…。
この人の配信を聞いているとどうしても沙奈のことを考えてしまう。いや勘違いしないで欲しいのは俺は別に沙奈の事が好きなわけではない。
しかしまあ眠れるような気配がないな。仕方ない、別の人探してみるか。
『―――――大好きですよ。』
あかん、シチュエーションとわかっているはずなのにそのささやき声にドキッとしてしまった…。破壊力が…レベチなんですが…。もう少し、もう少しだけ聞いていこうか。
穏やかな声、敬語口調で進んでいくシチュエーション、聞き慣れた懐かしい声。なんだか落ち着いてきた…。だんだんと意識が遠のいて行く…。
『寝ちゃっても大丈夫ですよ。』
寝ちゃっても大丈夫なら…大丈夫か……。
―――――――――――――――
――――――――――
―――――
「!?」
今何時!?
【6:58】
あー…まだ6時。っていうか昨日俺ゆにさんの配信でそのまま寝ちゃってたか。うーん…チャンネル登録しとこ。だって可愛いんだもん。しょうがないよね?推したいんだもん。しょうがないじゃん。
そんな自己完結をして授業へと向かう。正直頭の中にはゆにさんと沙奈の事しかない。
夜空ゆに=小畑沙奈。
夜空ゆに≠小畑沙奈?
ずっとこの様だ。授業も頭に入らない…。
うん………早く夜にならねぇかな…。
第2話 お疲れ様
『皆さん、お疲れ様です。』
21:00 いつもより同じ時刻からゆにさんの配信が始まった。早く彼女の声を聞きたかった俺からしたら幸せすぎる。何より安心感がハンパない。このままずっとだらけていたい。結構冗談抜きで。
ゆにさんに出逢ってから数日が経っていた。俺はどうやらすっかりゆにさんにハマっているらしい。この距離感が本当に…良き。
『と、言うことで今回ですね雑談枠という訳なんで―――――。』
あ……今日雑談枠か…。まぁ…聞くか。完全に虜にされてしまっている。
『私のことまだよく知らないよーっていう方もいらっしゃると思います。まだまだ始めたてですしね。と、言うことで質問返答形式でやっていきます。』
なるほど理解。
『じゃあ読んでいきます。最初の質問、初恋はどんな人でしたか?また、初恋がまだであればどんな人がタイプですか?ということです。』
ほう………これ初恋してるのであれば完全にユニコーン泣かせの質問なのでは?………あぁそうかゆにさんまだ新人だからよくわかってないのか。
『私ね、初恋したことあるんですよ。』
しかもあるんかい。
『私の幼馴染なんですけどね。小さい頃はよく遊んだんですけどまぁその時からですね。ずっとかな?』
………は?現在進行形?て、これ沙奈の声だからなんと言うか………うん。あいつとも小さい頃よく遊んでたよ。
『もう高校上がる前には疎遠みたいになってたんですけどずーっと見てましたね。』
ほ、ほう…。沙…奈…?
『さてと………思い出に浸ったところで次の質問に………ありゃ、』
そりゃあコメント欄爆速で動きますよ…。結構な数の[今も好きなの?]というコメント。
『まぁそこは………想像におまかせします。』
はぐらかした………。
『さて、続いての質問です。』
え?進めるの?
『ゆにさんは今後歌ってみたなど出す予定はありますか?という質問なんですけど、これ私は多分出さないです。』
ほ、ほう………絶望的に歌が下手とか言わないでくれ?
『実はですね、さっき言ってた幼馴染なんですけどこの人にね「絶望的に歌が下手」って言われたことがあるんです。』
あぁああああぁぁぁあぁああ!!!!どうしてだよぉぉおぉぉおぉお!!!沙奈におんなじこと言ったコトある………。
『それでじゃあVtuberやるってなったときに歌ってみたはやんないでおこうって決めましたね。』
あぁ…コメント欄(主に俺が原因)が荒れてる………どうして…俺何もしてない……。
『にしたってそんな下手だったのかな…?』
まあかなり…下手だったとはこの場で言えるわけない。かく言う俺も上手いわけではないのだが…。しかし沙奈の音の外し方はなんというか…異常だった。
成績も優秀、体力もある、そんな沙奈が唯一苦手だったのが歌うことであろう。まぁ何がやばいって本人がそれに気がついてないことがヤバいのだが…。
そういう抜けているところ含め沙奈の魅力だと俺は思っている。
『まぁそういうわけです。歌ってみたは出す予定はありません。さて次は………これですね。「年齢は?せめて誕生日だけでも!」はい、年齢はヒ・ミ・ツでーす。女の子に年齢なんて聞くもんじゃないですよ。あ、誕生日は4月10日です。』
あー確定でしょう…。誕生日が違いますね。はい沙奈ではございません。
と、そんな中目についたのが[じゃあ初配信のとき誕生日だったんだ]というコメント。
『「初配信のとき誕生日だったんだ」そうだよ。このVtuber界に生を受けた日だからね。』
………え?それって………中の人違う可能性ないですか?Vtuberとしての誕生日………。
『本当の誕生日は秘密ですよ?』
え……えぇぇぇぇ………落胆…。余計に気になるんですが…。焦らしプレイですか?でもこれほぼ確定で沙奈だよな?
ちょっと…連絡入れてみるか?
いや流石にそれはどうなの?
うーん………………。
【今何してる?】
送信…っと。
数分が経過してもゆにさんの配信からは通知音など聞こえなかった。それはそしてそのまま配信は終わり………沙奈からの返事が来たのは次の日になってからのことだった。
【ごめん、寝てた】
だ、そうだ。寝てた…か……。
第3話 離れている君と離れない貴方
夜空ゆには俺の頭から離れてくれない。もしかしたら一切知らない人の可能性だってあるのに。
そしてもう一人、沙奈も頭から離れてくれない。一切連絡もとってないはずなのに…あぁ、この間とったか。寝てたって言われたけど。
総じて二人とも俺の生活に影響を及ぼしている。いい意味でも悪い意味でもだ。
ゆにさんの配信を聞いているとどうしても沙奈のことを思い出して…いや最近だとバイトや大学でもちょくちょく思い出している。
因みに現在進行形でまさにその状況だ。バイト中にも関わらずこんなことを考えている。
「菊川くん、ちょっとこれ行ってきてくれない?」
「あっ、はい。」
そう言えば俺がまだなんのバイトをしているか伝えていなかったな。近所のコンビニでバイトしながら学生している。
で、今俺に頼み事をしてきたのがここの店長だ。曰く、鮮度管理行ってとのこと。
まぁ、バイトのことなんてミリも興味無いだろうし…語るか?
いや、やめておこう。大抵今の俺から出るのはゆにさんと沙奈は同一人物なのか、否か。その話題だけだ。俺も何度も同じ話なんてしたくないのでそろそろ無心になろう。
そして、それから数時間が経ちようやく上がりだ。
「お疲れ様でした。」
「あぁ、お疲れ様。」
さぁ、帰ろう。そして癒やされよう。
『皆さんお疲れ様です。』
結局ここに来てしまった。だってしょうがないじゃん沙奈の声落ち着くし。
『今日は寝かしつけ配信ですからね。ちゃんと心の準備できましたか?』
えぇ、もちろんですとも。
『じゃあまずこっちの耳から始めます。』
左耳から…耳ふーですか。あれ?耳ふーって通じ…ない人もいるか。耳ふーとは、文字通り耳に息を吹きかける行為のことを指す。そりゃあ思いっ切りやるわけない。優しく「ふー」と吹きかけられるのが気持ちいいんだ。
『ふー…ふー…。』
あぁ…癒やし。そして何より懐かしい沙奈にもこうやってやってもらった記憶が…違うなやってもらったんじゃなくイタズラとしてやられた記憶がある。
でも懐かしいなもうあの時みたいに何も知らないわけじゃない。そんな沙奈とは恋人でもないのに恋人同士みたいにイチャイチャするなんて…なんかやだ。なんというかちゃんと―――――それ俺が沙奈のこと好きみたいになってない?
待って違う別に好きってわけじゃ―――――でも今の俺は日々ゆにさんを求めている。沙奈そっくりのゆにさんを。それは紛れもない事実だ。
【亮太―――――。】
その声とともに既視感のある情景が浮かんだ。
「え?」
ライブ中ながらも少し巻き戻し聞き返す。しかし先程のような声は聞こえなかった。
「大学生にもなって………。」
そんな独り言をつぶやく。ついに幻聴か?いや…思い出か。懐かしい日々のフラッシュバック。それと同時に今の自分を重ねて考えてしまう。
今、俺は幸せなのか?
こんな自問自答に意味なんて無いだろう。「自分が幸せか」なんて質問自分でもわかんないときがある。そういうときは大抵行き詰まってるときだ。
つまり俺は今行き詰まってる。
『じゃあ次、右の方に移りますね。』
今度は右の方から吐息が聞こえる。…心地良い。そうだ…今は…脳死でもいいんだ。眠る前くらい。
その吐息は優しく俺に吹きかけられる。本当にあの時みたいに空気の動きを感じるほどにリアルで懐かしくて温かかった。その上で背中を優しく叩くようなトントンという音も聞こえてくる。
『大丈夫…いつ寝ちゃっても大丈夫ですよ。』
優しい声…まるで沙奈に添い寝してもらってるみたいで…落ち着く。
沙奈との添い寝小さい頃は良くしてた。俺としては特別な感情はなく当たり前だったから。でもその時から沙奈はもう…。なんというか、寂しい結末だ。今じゃもう会うことなんて無いだろう。ゆにさんが沙奈であったとしたら、一体今何を思っているのだろう。
『よしよし…今日もよく頑張りました。』
その2Dモデルの下はどんな表情なのだろうか。
『ずっと私は味方ですからね―――大好きですよ。』
その好きは誰に宛てたものなのだろうか………。
いつの間にか俺の意識は落ちていた。で、今その意識を取り戻したところだ。スマホを見ると通知が1件。差出人は沙奈だった。
【空いてる日あったら教えて】
これ…どういうことだ?と、とりあえず空いてる日…あぁちょうどあった。
【今週の日曜】
するとすぐ返事が来た。
【駅前、午前8:40集合】
え…?
【了解】
第4話 幼馴染
そんなわけで日曜日。午前8:30。俺は指定された駅前に来ている。沙奈に会うのってかれこれ2ヶ月ぶりくらいでは?なんかめちゃくちゃ緊張してきたな。あ、ヤバい何話したらいいんだ?
「亮太?」
「お、おう沙奈か…。」
…あれ?沙奈なんか可愛くね?なんというか大人びた雰囲気でそれでいて可愛いみたいなイメージ。語彙力なくてすまん…。
「?どしたの亮太?」
「いや…沙奈ってこんなにかわいかったか?って……。」
「そ、そりゃあ身なりくらいちゃんとするよ。もう19なんだし。というか逆になんで亮太はそんなにラフなの!?」
確かに髪型直してないし来てきた服は適当に選んだやつだ。でもちゃんとした理由がある。
「だって朝8:40って結構早いんだもん。」
「そんな早いって時間じゃないでしょ。」
「十分早いわ!」
いつの間にか結構ヒートアップしてて気がつけば周りから視線が集まりだしていた。
「ちょ、沙奈。」
いち早く気がついた俺がそう言う。手遅れなことに変わりないが…。
「なに!」
「周り見て。」
「周り?………!」
気がついたみたいだ。そうして足早に沙奈は立ち去り俺は沙奈についていく形で退散した。
やっぱり沙奈はこんな感じで抜けてるやつだ。
「なんでもっと早く教えてくれなかったのさ。」
「あのとききがついたんだからしょうがないだろ?」
「はぁ…亮太も変わってないね。」
「お前もな。で、今日俺を呼び出したのはなんでだ?」
遅くなったがここからが本題。
「あぁ…ちょっとね。」
「なんだよちょっとって?」
「まあまあ、もうすぐつくから。」
もうすぐつく…?あぁ…ちょっと嫌な予感がしてきたぞ。この道なり何度も学校帰りに寄った記憶がある。もちろん沙奈とも一度そこに行った。そう、あれ以来沙奈と行くのはやめたところ。
「ついたよ。」
「はぁ…。」
ここはそう、カラオケ。
「なんだい、ため息なんてついて。女の子と一緒に密室だぞ嬉しくないのか?」
「語弊が生まれる。やめておけ。あと少なくとも沙奈とここにだけは来たくなかった。」
「ひどくない?」
「ひどくない。」
「ちょっと歌の練習しようとしてるだけなのに。幼馴染の頑張りをそんなふうに捉えるなんて…。」
「あぁ…めんどくさ。ほら行くぞ?」
「そういう素直なところ、好きよ。」
「お、おう。」
「あれ?照れてる?もしかして照れてる?」
「…次言ったら俺帰る。」
「あぁごめんって。」
なんだよこんな初々しいやり取り。恋人でも好きなわけでもないだろう?あぁなんか…調子狂うなぁ。
「時間はどうなされますか?」
「とりあえず4時間で。」
「え?」
思わず声が出でしまった。
「え?」
沙奈の無言の圧力 効果は抜群だ。
「なんでも無いです。」
そうして俺達は指定された部屋へ向かった。そこからはまぁ地獄と言うには生温く、テンションが上がるかと聞かれると決してそうではない…なんというか…ちょっと沙奈、歌上手くなってるんだよな。無論あのときと比べてと付くが。
で、そのまま沙奈が一曲歌い終わる。
「どうだった?」
いやどうだったと聞かれても…。
「前よりか上手くなってた。」
「やった!」
「人様にお見せできるレベルかと問われると怪しい。」
「…え?」
「そのくらいってことだよ。決して良くはない。かと言ってバチバチに悪いかって言われるとそうでもない。中途半端な下手。」
「………言いすぎ。」
「やっぱりまずは音聞くところからだな。」
「え?」
「歌、上手くなりたいんだろ?」
「う、うん。」
「じゃあまず音を聞く。で、真似をする。で真似したものともとの曲を聴き比べる。で、違うなって思ったところを直していく。」
「は、はあ。」
「まぁあとは自分の癖とか把握しときな。」
「り、了解。なんかガチじゃん…。」
「お前がガチだからな。努力は垣間見えた。それに2人いるんだしアドバイスくらいしてやる。当然だろ?」
「あ、ありがと…。」
「はい、ということで練習練習。」
「う、うん!」
俺はただその言葉を伝え、あとは沙奈に任せた。もちろん質問とかにはちゃんと答えた。自分の答えられる範疇で。俺もそんなに歌が上手いってわけじゃないからな。
そうして4時間はすぐに過ぎていった。因みに今日俺は一曲も歌ってない。出費は俺からだ。ここまで献身的な幼馴染もなかなか存在しないだろう。そんなやつと巡り会えたんだ。沙奈は幸せものだろう………うん、自惚れてた。
しかしまぁ久々に生で沙奈の声を聞いた。そのはずだが………少し確信に近づいたような気がした。
第5話 まるで近くにいるみたいに
なんでこんなことしてるのかって考えてしまう時はたまにある。1番はじめは確か新しい事をしてみたかったから。何か今までに見たことないような。そんな時、Vtuberというものに出会った。そして私は『あ、なりたい』と、そう思った。
一目惚れに近しいものかもしれない。なにせそれまで全く知らなかったものだ。それについての知識なんて全くない。手探りの状態から。最近じゃあ思いの外安価でなれるが…本格的になりたかった私は少し頑張った。高校に上がってからバイトを始め、パソコン買って、カメラ買って………で、勉強に勉強して編集技術もそこそこに身に着けた。亮太と離れてしまったのは大きくこれが原因かもしれない。
そうして今年の4月、私はその夢をかなえた。因みに個人勢だ。事務所には入ってない。夢をかなえたまでは良かった。問題はその先だった。私は今、寂しさと喪失感がある。リスナーさんたちは皆いい人だ。でもそうじゃない。今の私には…何かが足りない。高校生時代まであった何かが抜けてしまった。
今の夢か………なんだろう?やっぱり有名になりたいっていうのはある。でもそれはモチベーションとかの問題であって私が求めているものじゃない。今はまだわからない。わからないから頑張る。
今日もこうやって。
「はい、皆さん今週もお疲れ様です。」
今日は寝落ち枠配信。時計は午後11:30を指している。そんな時間に私は独り、バイノーラルマイクに向かって話しかける。どこにいるかもわからない人達に向かってあたかもすぐ側にいる人に話しかけるように。私の声はただ暗い私だけの空間に消えてゆく。
それでも確かに私の声は遠くの誰かに届いてる。その誰かの中にはきっと色んな人がいて………1番声を届けたい人にも届いてる…かもしれない。
表示されているチャンネル登録者数、その数は数千人程。この数千人の中にあの人は入っているのかな?冷静になって考えても数千っていうのは大した数字だ。でも1番声を届けたい人がこの中に居なければ私にとってこの数千人という数字に特に意味はない。
連絡先は持っているがかれこれ1年くらい連絡はとってない。だからその人…亮太に直接っていうのも………気恥ずかしい。亮太は今何をしているのだろうか?私のこと考えててくれるのかな?噂とか………しててほしいなぁ…あ、まずい!ミュート!駄目!間に合わない!
「あ、すみません………へっちゅん。耳痛くなかったですか?大丈夫ですか?」
あぁ…やらかしちゃった………あれ?流れてくるコメントは「可愛い」「くしゃみ助かる」等ギリギリセーフ…?にしてもなんでかな…?あ!
「えへへ、もしかしたら誰か私のこと、噂してたのかも…なんて。」
その誰かと言うのは、私の中で明確に一人思い浮かべられている。なんか…女々しいな…と、こんなこと考えている間にも時間は経っている。シチュエーションの続きやるかな。
「大好きですよ。」
と、その台詞を言った。そう、ただの台詞。台本に書いてあっただけのこと。そのはずなのに私の顔は赤くなっていた。駄目だ、ちゃんと悟られないようにしないと。集中!………でももし本当にこの中に亮太がいたとしたら…?私は告白したことに………だ、大丈夫のはず…だから集中!
時間は過ぎてゆく。
「寝ちゃっても大丈夫ですよ。」
明確に亮太のことを思ってその言葉を囁いた。ものすごく近くから優しく。届いているといいな。
そうして配信は無事終了した。時計を見ると0:45となっている。
「かれこれ1時間以上か。まぁいっつもこのくらいだもんね。さてと…私もそろそろ寝ようかな。」
そうして就寝準備を終わらせ布団に潜る。いつも独りで寝ているはずなのに今日はなかなか寝付けない。たまにそういう日がある。そういうときは大体彷徨っているときだ。自分が何を目標にしているのか、何を欲しているのか…。わからないのだろう。
でも今の私は違う。今の私は彷徨っているのではなく、亮太が恋しいのだ。小さい頃から長い間理由があるわけでもないのに私と亮太は一緒に居た。それでも疎遠になっていって………正直寂しかった。ずっと眺めることしか出来なくなっていた。でもいつしかそんなことも忘れかけて私は私の道を進んでいた。
今日、私は亮太のことを思い出してしまった。当たり前に今までいた人が居なくなっていたと実感した。そして………私の心の弱さもよくわかった。
「なんだ…私、亮太のこと好きなんじゃん。」
独り布団にうずくまりそう呟いた。
第6話 本当は
「皆様、お疲れ様です。」
今日はいつもより早い21:00からの配信。理由は簡単、今日は雑談枠だからだ。まぁどちらかというと質問返答に近いかな?まだ私はVtuberを始めて2ヶ月程度。だから質問が飛んでくる。それを消費するのが今回の枠であり、たまにやる予定の枠でもある。因みに今回第一回だ。やっぱり基本はバイノーラル配信がメインであるためそんなにやらない。
「と、言うことで今回ですね雑談枠と言う訳なんで今回やろうと思った経緯は、私のことまだよく知らないよーっていう方もいらっしゃると思います。まだまだ始めたてですしね。と、言うことで質問返答形式でやっていきます。」
さて、まず最初の質問。初恋について…この質問は正直迷った。でも………結局ラインナップに入れてしまった。どころか1番はじめに………。何やってたんだかこの前の私は………。この前って言うと…亮太のこと考えて寝た次の日……。女々しいなぁ…。
「じゃあ読んでいきます。最初の質問、初恋はどんな人でしたか?また、初恋がまだであればどんな人がタイプですか?ということです。」
読み上げてて思ったことはガチ恋勢泣かせな質問だなって………。でもこれ抜いた場合他の代わりが見つかんない。まだまだ質問が来るとはいえ少ないから…。
「私ね、初恋したことあるんですよ。私の幼馴染なんですけどね。小さい頃はよく遊んだんですけどまぁその時からですね。ずっとかな?もう高校上がる前には疎遠みたいになってたんですけどずーっと見てましたね。」
含みを持たせてしまった………。あぁ…やらかしちゃった……本当に馬鹿なんだから…。ど、どうにかリカバリーしなきゃ………私はなんだ?そう、天然だろ?亮太に、さんざん言われてきただろ?行ける!
「さてと………思い出に浸ったところで次の質問に………ありゃ、」
秘技、気づいてないふり。そしていま気がついたかのように。
って多分だめなんじゃない?だ、大丈夫?燃えないよね?
結構な数の[まだ好きなの?]というコメント。そりゃあ皆気になるよね。
「まぁそこは………ご想像におまかせします。」
あぁ…嘘のつけない悪い癖…。でもここで下手したら多分もう取り返しはつかない。いっそキャラとしてまだ好きっていう体にしておこうか?
よしそれで行ってみよう。
「さて、続いての質問です。ゆにさんは今後歌ってみたなど出す予定はありますか?という質問なんですけど、これ私は多分出さないです。」
理由は主に2つあるが…とりあえず1つしか出しない。
「実はですね、さっき言ってた幼馴染なんですけどこの人にね『絶望的に歌が下手』って言われたことがあるんです。」
きっと見てないだろうし大丈夫。見てても気がついてないはず………だから…。
「まぁそういうわけです。歌ってみたは出す予定はありません。」
あぁ…名前も出してない亮太の件で荒れてる。まぁ本人には私に対して『歌が絶望的に下手』って言った報いとして捉えてもらおう。ホントはごめん。
「さて次は………これですね。『年齢は?せめて誕生日だけでも!』はい、年齢はヒ・ミ・ツでーす。女の子に年齢なんて聞くもんじゃないですよ。あ、誕生日は4月10日です。」
4月10日は私の初配信の日。つまりVtuber界隈に私が生を受けた日。これを私の誕生日ということにしておこう。本当の誕生日は10月24日でもそんなこと言って、もし亮太に気が付かれでもしたら恥ずかしすぎるもん。そんなことを考えていて目についたのは[初配信のとき誕生日だったんだ]
「『初配信のとき誕生日だったんだ』そうだよ。このVtuber界に生を受けた日だからね。本当の誕生日は秘密ですよ?」
そうして夜は更けていく。今回の配信も無事に………うん、無事に終了した。大丈夫。そうして私はいつも通り就寝準備をして眠りについた。亮太からの連絡にも気が付かず。
朝、いい目覚めだ。さてと…私はここで初めて亮太からの連絡があったことに気がついた。連絡があったのは、昨日の21:30頃。調度私が配信をしている時間だった。内容は【今何してる?】ってこれって………。
「え?」
もしかして見られていたの?私の配信を?亮太が?そ、そそそんなことないはず。だ、大丈夫。で、でもここで配信してたって言っても……や、やっぱりどうにかしてはぐらかさないと。
【ごめん、寝てた】
これで多分一安心………相変わらず私って適当だな…。
第7話 ずっと側に居て欲しくて
その日も私はいつもどおりに配信をしていた。寝かしつけシチュエーションで耳ふー。あの日以来最近はもうずっと亮太のことを考えてて………なんと言うかこういうシチュエーションのときリアリティが増したような気がしてる。
「ふー…ふー…。」
今日はまぁ息を吹きかけるだけだけど…もし彼女シチュエーションなんてものをしたら………恥ずかしさで今の私は耐えきれないかもしれない。でもいつかやってみたいような気がする。もしも亮太がゆにという存在を知ってて、更にその正体が私だと知ったその時は………どんな奇跡が起きたらそんなこと起きるんだろう。
「ふー…ふー…。」
そんなことを考えながらも私はシチュエーションを続ける。そろそろ反対かな?
「じゃあ次、右の方に移りますね…ふー…ふー…。」
優しく。大きな声とか音とか出さないように。心持ちはずっと側にいるくらいの勢いで。そこまでちゃんとキャラを作り上げる。リアルな方が聞き手側からしたらドキドキしてくれるだろうから。ドキドキしてほしいから。
「大丈夫…いつ寝ちゃっても大丈夫ですよ。」
明確に1人の姿を思い浮かべそう言う。ただのバイノーラルマイクに向かって話しかけてるはずなんだけどな…毎度のように顔が熱い。このドキドキ感をほんの少し心地良いと思ってしまう私がいた。
「よしよし…今日もよく頑張りました。ずっと私は味方ですからね。」
そう私は…味方。だからずっと一緒に居てほしい。
「大好きですよ。」
そうして亮太を想いその言葉を放った。なんだか告白のリハーサルみたいになってる…。
そうしてその日の配信も無事に終わった。私には拭いきれない喪失感があった。流石に1人虚無に向かって話しかけてると言うのはその…痛い。と、いうか自分でも自分が心配になる。
「どうしよう。」
そう思ってわけもなくスマホを開く。
「そういえば…亮太の連絡先……。」
つい先日に向こうから連絡が来たこともあって上の方に上がってきていた。何か…誘ってみようか?でもなんか…怖い。
「よし…今やらないとこの先ずっとやらないのが私だ…。」
そうして私は指を走らせた。
【空いてる日あったら教えて】
ただその一言だけ、私は亮太にその一言を送った。ぶっきらぼうな言い方だななんて思いつつも送信し直そうとしたら多分3〜40分はかかるので辞めておいた。あとは返信を待つだけ………。
「…ぁ…れ?」
どうやら返信を待っている最中に眠ってしまったらしい。時計は8:00過ぎあたりを指していた。返信は…まだ来てない…。と、ちょうどその時だった。スマホの通知音が鳴った。
亮太からのメッセージだ。
【今週の日曜日】
私は即刻返信を書いた。
【駅前、午前8:40集合】
すると今度はすぐに返事があった。
【了解】
デート決定の瞬間。顔が少しにやけているのがわかった。誰かに見られたら気持ち悪いって言われないかな?でもそんなのどうだっていい。私は今純粋に嬉しいんだ。
「スゥ…よし!」
そうして約束の日の午前8:30、約束の場所。えっと…何処かな?亮太のことだから遅刻はない。あったとしても連絡くらいくれる。と、多分あれかな?
「亮太?」
「お、おう沙奈か…。」
あれ?なんかちょっと緊張してる?
「どしたの亮太?」
「いや…沙奈ってこんなにかわいかったか?って……。」
か、かわい……駄目駄目!あくまでも平然!いつもどおりに!
「そ、そりゃあ身なりくらいちゃんとするよ。もう19なんだし。というか逆になんで亮太はそんなにラフなの!?」
「だって朝8:40って結構早いんだもん。」
「そんな早いって時間じゃないでしょ。」
「十分早いわ!」
そうして子供みたいな言い合いが始まった。お互いに引かないのでヒートアップするのは当然だった。
「ちょ、沙奈。」
いち早く気がついた亮太がそう言う。手遅れなことに変わりないけど…。
「なに!」
「周り見て。」
「周り?………!」
言われてから気がつく。周りの視線が…痛い!こういうときどうすればいいかは本能が知っていた。逃げよう!
そうしてしばらく目的地に近いところまで移動…と、いうか逃げてきた。亮太も私に続く形だ。
「なんでもっと早く教えてくれなかったのさ。」
「あのとききがついたんだからしょうがないだろ?」
「はぁ…亮太も変わってないね。」
「お前もな。で、今日俺を呼び出したのはなんでだ?」
遅くなったがここからが本題。今日亮太を呼び出した建前の理由。もう少ししたら着くだろう。
「あぁ…ちょっとね。」
「なんだよちょっとって?」
「まあまあ、もうすぐつくから。」
そうしてもう少しの間私達は慣れた道を歩くのだった。
「ついたよ。」
「はぁ…。」
そうここはカラオケ。
「なんだい、ため息なんてついて。女の子と一緒に密室だぞ嬉しくないのか?」
「語弊が生まれる。やめておけ。あと少なくとも沙奈とここにだけは来たくなかった。」
「ひどくない?」
「ひどくない。」
「ちょっと歌の練習しようとしてるだけなのに。幼馴染の頑張りをそんなふうに捉えるなんて…。」
歌の練習って言うことにしておけば問題はない…はず。
「あぁ…めんどくさ。ほら行くぞ?」
「そういう素直なところ、好きよ。」
「お、おう。」
「あれ?照れてる?もしかして照れてる?」
「…次言ったら俺帰る。」
「あぁごめんって。」
なんかこういう会話は…新鮮だな。そんなことを思いながら店内へ入る。
「時間はどうなされますか?」
「とりあえず4時間で。」
「え?」
なんで、『え?』なんて出るのさ?と、言う意味を込め私も言い返してやった。
「え?」
「なんでも無いです。」
やっぱり亮太は圧力に弱い。それが亮太の悪いところ。
ゴタゴタしたが私達はようやく指定された部屋へと向かっていった。そしてまずは私がおもむろに一曲。
「どうだった?」
「前よりか上手くなってた。」
「やった!」
「人様にお見せできるレベルかと問われると怪しい。」
「…え?」
「そのくらいってことだよ。決して良くはない。かと言ってバチバチに悪いかって言われるとそうでもない。中途半端な下手。」
流石にそれは…傷つくよ…?私だってこれまで結構練習したんだから…。
「………言いすぎ。」
「やっぱりまずは音聞くところからだな。」
「え?」
「歌、上手くなりたいんだろ?」
「う、うん。」
「じゃあまず音を聞く。で、真似をする。で真似したものともとの曲を聴き比べる。で、違うなって思ったところを直していく。」
「は、はあ。」
「まぁあとは自分の癖とか把握しときな。」
「り、了解。なんかガチじゃん…。」
「お前がガチだからな。努力は垣間見えた。それに2人いるんだしアドバイスくらいしてやる。当然だろ?」
「あ、ありがと…。」
「はい、ということで練習練習。」
「う、うん!」
結局この日、ガチで歌を練習した。アドバイスはもらったができるかどうか…因みに亮太は一曲も歌わなかった。その上奢ってくれた。あれ?亮太ってこんなに優しかったっけ?
そうしてカラオケで4時間歌いに歌った私と最後までそれに付き合ってくれた亮太はそこで解散した。いやースッキリしたなぁ。
………あれ?建前の目的しか達成してないような…?
第8話 次元の壁を超えて
『はい、皆様お疲れ様です。夜空ゆにです。』
今日も今日とて俺はここに来てしまっている。今日は月曜日。昨日は沙奈と久しぶりにあった日だ。時間はいつもの午後11:30。
いつも通り始まった寝落ち枠配信。うん、やっぱり沙奈の声と一緒だ。
『あ、1つお知らせっていうか報告っていうか。以前歌ってみたは出さないって言いましたけど、もしかしたら出すこともあるかもです。予定はないですけどね。実は昨日カラオケに行きまして、そこで色々アドバイスをもらったので1人で練習してます。』
………沙奈。
『まぁその人が私のこと知ってるのか、この配信を見ているのかどうかはわからないけどこの場でもう一度お礼させてください。ありがとうございます。』
ゆにさんはそう淡々と述べた。
[いるよ]
気がつけばそんなコメントを打ち込んでいた。送信はまだしてない。正確に言えば送信するべきかどうかを悩んでいる。
『まぁあの人はなんだかんだ言って優しいですし…見ててくれないかなぁ。』
その言葉を聞いた。
「これは…うん。」
書いたコメントを削除する。そうして沙奈の連絡先を開いた。
【配信見てる】
その一言を打ち込んで送信した。少しラグがあってゆにさんの画面からスマホの通知音が聞こえた。
「あ、すいません!危ない危ないシチュエーション中じゃなくてよかった……いや今でも駄目なんだ!すいませんオフにしておきます。」
そうして私はスマホの設定画面を開きかけた。と言うのも、先程の通知は連絡が入ったときのもの。そしてその差出人は亮太だった。
「…ぇ。」
そこには【配信見てる】の文字。つまり亮太はこの配信を見てる…?え?ま、待って昨日あんなにガチで歌にアドバイスくれたのって…知ってたから………。
「!」
ふと、我に返る。そうだ私は今配信中。急いでもどらないと。そしてマナーモードをオンにする。
「ご、ごめんなさい!ただ今戻りました!」
[どうかしたの?]や[大丈夫だった?]というコメントが来ていた。皆ちゃんといい人だ。
『ちょっと誰から来たのか確認してて、ごめんなさい!』
そう言うゆにさん。俺が今送ったメッセージには既読がついている。ついているだけで返信は来ていない。
「沙奈…。」
今での疑惑はすべて確信に変わった。
夜空ゆには小畑沙奈である。
心なしか本当に沙奈でよかったと思う自分がいた。間違っていたらどうしようという不安が取り払われた…というより今まで見てきた人が沙奈でよかった…と、そう思ったのだ。
「俺って沙奈のこと…。」
好き………なのかもしれない。そのまま時間は過ぎていく。沙奈…いや今はゆにさんか、ゆにさんはシチュエーションを開始した。曰く全肯定シチュエーションだそうだ。どうして今日これをしたのか…台本がこれしかない…というよりもともとこれを準備していたのだろう。
全肯定シチュエーションの内容、できる限りでコメントの要望に答えるという感じだ。さてと………聞こう。
沙奈の声はとても落ち着くし何なら沙奈と確信してからより、安心できるようになった。この気持ちが味わえるのは幼馴染の特権だろう。
色んな要望が来ていた。耳ふーに耳かきに好きって囁いてなど。正直に言って今日はどれをするのも恥ずかしかった。ただそれより1番声を届けたい人にも私の声は届いてる。それが何より嬉しくて…ちゃんとできる範疇のことはほぼ全てやった。
そんな中あるコメントが私の目についた。
[心音聞かせて。]
し、心音?それって沙奈の?
『心音……じゃあわかりました。いいですよ。来てください。』
ガサゴソと準備をする音。
そして―――――ばっくんばっくんと言う音が聞こえた。一つ一つの鼓動はしっかりしていてかなり速い。これは…俺が見ているから?
え?待ってどうして私こんなに速く…いや本当はわかっている。亮太がいるから。亮太はちゃんと…聴いているかな…?
沙奈の心音と理解していても、俺は聴き入ってしまっていた。こんな経験なんて今までに無かったからだ。初めて、直に心音というものを感じた。2Dモデルと言う2次元の壁を挟んでも俺は沙奈の鼓動を感じた…。
『ご、ごめんなさいなんかすっごいバクバク言ってる。おかしいな…?』
相変わらず誤魔化すのは下手だな。
[ちゃんと聞こえてたよ]
俺はそうコメントした。実はこれゆにさんに対して初めてのコメントである。
『[ちゃんと聞こえてたよ]って恥ずかしすぎる……。』
俺の声もちゃんと沙奈に届いているようだ。
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