死にかけの承認欲求
砂藪
なんて幸せな話
電話帳も空っぽにした。メールのアドレス帳も空っぽにした。スマホのメモ帳の中身もアラームの設定も写真も空っぽ。放置していたゲームのデータも全て消した。一応、やらなくなる前にできることは全部やったが、それでもタスクをこなすだけの作業と感じてゲームを面白いと感じなかった。
あとはネットサーフィンの履歴を消すだけだ。
スクロールして中身を確認して消去を繰り返していると、ふと、数ヶ月前に目に入ったものの時間がなくて、あらすじしか読んでいなかった小説のページが目に入る。売られているものではない。小説の投稿サイトに投稿された数多にある小説のひとつだ。長編だというそれに手をつけかけたまま消すのは、ゴミを残して逝くようでとても気分が悪かった。
なんのためにスマホの中身をチェックしながら消していっているのかというと、中途半端に残して逝くのが嫌だったからだ。元より細かい性分で、仕方なく、一話目を読み始める。
普段は読まないジャンル。というよりはここ数年、忙殺される毎日で小説なんて読んでないし、買ってもいない。物語に触れること自体、久しぶりだ。
全部で何話あったのか確認せずに読み進め、三章を読み終わったところで喉が渇いていたことに気づき、六章を読み終わった時に空腹に気づいた。全十章のその物語を読み終えた時、風呂も布団も入らないまま、朝日を迎えていたことに気づいた。
死のうと思って、がらんとした部屋の真ん中で、火をつけていない練炭を部屋の隅に置いて、ベッドに寝転がった。
絶対に続きがある。
解明されていない伏線もあったし、なによりもあとがきで作者が「続編鋭意制作中です」と言っていた。まだ投稿されていないみたいだが、この最終話が投稿されたのは二ヶ月前だ。続編はどの程度できているのだろうか、と消してしまったSNSのアプリをダウンロードして、新しくアカウントを作った。投稿サイトにSNSのアカウントが紐づけされていたからすぐに作者のアカウントは見つかった。
すると、作者のアカウントの最新の投稿に「続編の第三章、書き終わりました」と書かれていた。どうやら、この作者は作品が完成してから投稿するらしい。いったい、続編は全何章を予定しているのだろうか。
毎日、誰が見ているわけでもないのに「二時間執筆しました」「プロットまとめなおしました」「次の章を書き始めます」といういくつもの投稿が並んでいる。その全て誰も反応を示していないようだった。
全十章の長い物語を読み終えた達成感からか、朝日のせいか、妙にすっきりした気持ちになりながらも疲労感が身体を襲っていた。今から部屋中を目張りして、練炭を焚く気力もない。このやり場のない脱力感をぶつけるかのように、作者のSNSにメッセージを送ることにした。
「死ぬ前にやり残したことを片付けようとスマホの中を整理していたら、検索履歴にあなたの小説があったので投稿されている全十章の物語を読みました。続編が気になっているのでもう少し生きようと思いました。とても素敵な物語ありがとうございます。特にあの場面は……」
つらつらと頭に鮮明に記憶が残っているままに感想とも呼べるか分からないものを書き込んだ。そして、最後にこう付け加えてから作者にメッセージを送り付けた。
「続編、楽しみにしています。」
——なんてメッセージが今にも届くかもしれない。
頭の上に結んだ輪っかに頭を通した直後に、ぽろんと通知が鳴って、誰かが僕の文章を読んで、何か思って、文字にして送ってくる。
そんな馬鹿みたいに幸せなことを考えながら、僕は今日も首吊り用の輪っかの下で小説の続きを書いている。
死にかけの承認欲求 砂藪 @sunayabu
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