小学生が告白するところから始まる年の差百合

川木

小学生時代

第1話 ラブレター

「お、お姉さん!」


 どこか幼い甲高い声がした。私に妹はいないので、スマホから顔をあげないまま歩く。


「お姉さん! お姉さんってばぁ!」

「んっ?」


 横に誰かが来て、先程聞こえたのと同じ呼び掛けがされる。視線をあげると、右隣に私の肩よりも小さな女の子がいた。真っ赤なランドセルを背負い、黄色い帽子を律儀に被っている。


「私? ああ、ごめん、なにかな?」


 子供は正直苦手だ。兄弟はいないし、親戚にも年下はいないから、どうしていいかわからない。とりあえず愛想笑いをしながら、膝をおって女の子と視線をあわせる。

 髪の毛をふたつくくりにしていて、髪ゴムは青地に黄色の星マークのある玉がふたつついているやつだ。何だか懐かしい。帽子といい格好はいかにも小学生としているけど、多分高学年くらいだろう。発育(おっぱい)的に。


「あの、これっ。お願いします!」

「へ? えと、ありがとう?」


 女の子は四角いハガキサイズの、可愛らしい星柄の封筒を差し出して頭をさげてきた。勢いのままに受けとると、女の子は頭をあげてぱっと笑う。


「! ありがとうございます!」


 そして顔を赤らめると、勢いよく走り去っていった。


「……なんなんだ?」


 呆気にとられてその背中を見送り、封筒を裏返す。どうやらあの子の名前は篠原涼子と言うらしい。

 と考えているとちりんちりん、と自転車のベル音が背後からなり、私は道の端へ一歩移動しながら振り向く。


「やほー、みーちゃったーみーちゃったー」

「日影、自転車のベルを無駄にならすのは法律違反よ」


 そこにいたのは友人の奥原日影だった。と言うか、小学校から同じだし、すでに家の近所で人通り少ないけど道幅はわりとある道なので、日影かも知れないとは思ったが、予想通りだった。


「まぁまぁ、固いこと言わないでよ。私とゆみちーの仲じゃない。で? どう返事するのよ」

「は?」

「とぼけちゃってー、ラブレター、でしょ?」

「……は? ラブレター? これが?」

「それ以外に何があるのさ?」

「え、いや、相手、女子小学生だったじゃない。JSよ? JS」

「おっさんかよ。とにかく、中見ればわかるってー」

「触んな」

「さきっぽだけ、さきっぽだけだから!」

「黙れ死ね!」


 日影を無視して歩き出す。我が家まであと10メートルちょっとだ。


「待ってよ、ゆみちー」


 無視無視。よし、家についた、と。さっさと帰って手紙の中をあらためよう。


「ただいまー」

「お邪魔しまーす」

「ちょっと、入ってこないでよ」

「いいからいいから。あ、おばさん、お邪魔してます」

「はーい。晩御飯食べてく?」

「いえいえ、お気遣いなくー」


 部屋まで着いてきやがった。う、うざい。

 隣の家でお母さんにも可愛がられてるからって、大きな顔しやがって。

 いけないいけない。日影相手だとどうにも柄が悪くなる。


「はあ、日影、ベッドにあがらないでよ」

「固いなぁ。あ、今週号見てなかったや。見てるから着替えていいよ」

「はいはい」


 ベッドの脇のクッションに座って、出しっぱなしだった漫画を読み出す日影をスルーして、制服から着替える。シワになったら困るからね。

 制服をハンガーにかけて、私はさっき鞄と一緒に机に置いた封筒を改めて手に取り、そのまま席につく。


「……」


 日影に言われたせいで、妙に意識してしまう。そりゃ、私だって思わなくはない。いきなり声をかけて手紙を渡すなんて、普通じゃない。それこそ、漫画のラブレターみたいな話だ。

 そっと封筒をあける。中の便箋には封筒の裏面にあるのと同じ、ちょっと丸文字気味の文字で、突然ごめんなさいから始まる文章が書かれててる。


『突然、お手紙をだしてごめんなさい。

 私は○×小学校4年の、篠原涼子です。お姉さんに一目惚れしました。

 まずはお友だちになってください。

 《メールアドレス、電話番号》

 連絡待ってます。』


「……」

「ほらー、やっぱりラブレターじゃん」

「! ちょっと、見ないでよ。て言うか、いや、一目惚れって言ってもほら、友達になってってあるし、ね? そう言うことでしょ」

「いや、まずは友達からって、明らかにその上の恋人を意識してるよね」

「……やっぱり、そう思う?」

「うん」


 ……私もそう思う。だって、うん。女の子の雰囲気とかあわせたら、やっぱりさぁ。うーん。


「なに悩んでんの? さっさと連絡しなよ。勿論答えはオーケーです。友達と言わず恋人から! みたいな」

「いや、なんでよ。どう断るかを考えてるのよ」

「えー、もったいない。ゆみちん、前から恋人がほしーほしーって言ってたじゃん。告白されたことないのがコンプレックスだったじゃん。よかったね」

「……いや、言ってたけどさぁ。でも、女の子よ? 小学生よ?」

「ゆみちん、幼稚園のころからちょこちょこ好きな人いたけど、それって全部本気じゃなかった? 子供だってだけで、本気じゃないってのはひどいんじゃない? あと、最近では同性でも役所的手続きで婚姻できるようになってるよ。新聞ちゃんと見てる?」

「ぐぬぬ」


 ひ、日影のくせに正論言いやがって。新聞くらいみてるけどそれ、地方自治体の段階の話だし。でも確かに、差別はいけない。偏見、駄目、絶対。

 そしてたしかに、幼稚園の時のたかし先生も、小学校の時のひろし先生も本気だったし、子供だからって言われて悔しかったのを覚えている。子供だったのは認めるけど、だから本気じゃなかったなんて思っていない。


 となると、やはり真面目に向き合うべきだろう。とりあえず偏見をなくすために、相手が女子小学生であることを忘れて考えよう。


 初対面だし相手のことを知らない。けど確かに恋人がほしいとは思っていた。まず仮にこれが男で、年上で、イケメンだったらどうだ? 全然知らないけど、好きだ、友達からと言われたら……まあ、当然連絡先の交換くらいオーケーしますわな。


 となると、ここは平等をきして、連絡先の交換くらいはしないといけない。女の子で年下だけど顔は可愛いし、まあ、物は考えようだ。

 書いてあるように、友達でいいのだ。妹分ができると思って、気楽に友達になればいい。その後のことは、私じゃなくて相手が頑張ることであって、私が好きにならなきゃいけないわけじゃない。


「……よし、とりあえず、友達としてメールを送るわ」

「え、まじで?」

「何でそこで驚くのよ。だって、実際告白されるのは嬉しいし、正直戸惑いの方が大きいけど、まあ、女子小学生でなければ、友達としてならオーケーすると思うわ。なら、女子小学生だとしても友達にならなきゃ」

「女子小学生女子小学生って連呼すると、犯罪っぽいよね」

「黙れ。今から私は涼子ちゃんといちゃいちゃするから出ていけ」

「ロリコンかよ」


 いやまあ、いちゃいちゃは冗談だけど、とりあえずちゃちゃいれるのはやめろ。恥ずかしくなるだろ。さすがに全く無視って言うのも、小汚ないおっさんならともかく、やっぱり可哀想だしね。


 てなわけで、メール送信!


『篠原涼子ちゃん

 私の名前は山口由美子です。じゃあお友だちと言うことで、この番号登録してください。

 電話番号は《電話番号》です。』


 ぴぴぴぴっ!


「おわっ」


 もう返事がきた。早!

 どれどれ。


『ありがとうございます! 由美子お姉さんですね!

 よろしくお願いします!

 お友だちからお願いします。てなわけで、さっそく明日からお話したいと思います。

 由美子お姉さんが学校終わってから、帰るまででいいのでご一緒させてください! 改めて自己紹介もしたいですし!』


 あ、あー。ぐいぐいくるなぁ。

 この子、すごいぐいぐいくる。なに、最近の子ってみんなこうなの?

 うーん、でも、要は下校時に一緒したいってだけよね。私の都合がどうあれ、下校はするわけだし、どこかに遊びにいこうってわけでもないし、断ることもないか。


『いいけど、場所わかる? あと、時間も、小学校より終わる時間遅いけど』

『全然オッケーです! じゃあ、さっそく明日、お迎えにあがりますね! もっともっとお話したいですけど、あんまり急でもあれなので、明日自己紹介してからにしますね! 由美子お姉さん、また明日!』


 あ、割合あっさり会話終わった。まあ、こっからだらだら続けろって言われても困るけど。本人のこと何も知らないし。

 案外と、引き際を心得ているらしい。子供の相手と言うことで、すでにちょっと及び腰の私だけど、空気読める子なら大丈夫、かな?


「なになに? さっそく明日デートですか?」

「いいから出てけよ」


 とりあえず日影、あんたはその漫画あげるからでてけよ。


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