竜焔の騎士~Side Story~

時雨青葉

のほほん小話~なにげない日常より~

ディアとカレンのイタズラ計画

早朝、カフェテリアにて……

 それは、とある早朝の出来事だった。



 いつもより早く起きてしまった朝。

 特にすることもなかった自分は、深く考えるわけでもなく、カフェテリアに向かった。



 宮殿本部にあるカフェテリアは、朝の五時から営業している。

 早朝から仕事が始まる人であったり、夜勤明けの人だったり、一般的な生活リズムに当てはまらない人に食事を提供するためだ。



「あれ…?」



 カフェテリアに入ったカレンは、目を丸くする。



 人がまばらなカフェテリア。

 その中に、知っている人物を見つけたのだ。



「お師匠さん?」



 近寄って声をかけると、そこで新聞を読んでいたディアラントが顔を上げた。



「あら。おはよう。」



 向こうも、自分と会ったことが意外だったらしい。

 翡翠ひすい色の瞳がまんまるになっていた。



「おはよう。いつもこんな早くから起きてるの?」



 向かいの席に座りながら訊ねると、ディライトは折り畳んだ新聞をテーブルの上に置いた。

 そして、丁寧にこちらに向かい合ってくる。



「そうだな。大体いつもかなぁ~。昔から畑仕事か朝練かで、日が昇る前に起きるのが普通だったもんで。多分キリハも、もう起きてるんじゃないかな?」

「そうなんだ。というか、複雑な立場のくせに、よくこんな人が集まる所でくつろげるわね。」



 これでは、どうぞいつでも襲ってくださいと言っているようなものだ。

 複雑に顔をしかめるカレンだったが、一方のディアラントはけろっとした様子。



「平気じゃなーい? 宮殿にいる奴なら、粗方あらかた返り討ちにした後だし。」



 言うことがこれである。



「さすが、大会四連覇の剣豪は一味も二味も違うわねぇ……」



 規格外にも程がある。

 キリハがあんなに常識外れなのも納得だ。



「そういうカレンちゃんは、なんで一人でこんな所に来たんだ?」

「別に理由なんてないでーす。」



 両手で頬杖をつき、カレンは少し寂しげに微笑んだ。



「あたし、本当は好きなんだよね。こういう、人が多い所にいるの。宮殿に来る前も、フードコートやファミレスによく行ってたわよ。なんかこう、人がざわざわしてる雑多な音が好きっていうか。」



「あー、なんとなく分かるなぁ。」

「ほんと?」



 ディアラントがうんうんと同意してきたので、カレンは小さな笑い声をあげた。



「みんなは危ないからやめなって言うんだけど、実際はそうでもないのよねー。人が多すぎると、大体の人は周りの目を気にして、逆に大人しいもの。下手に揉め事を起こして、警察に通報されるのも嫌だしね。竜使いだって気づかれても、ちょっと煙たい目を向けられるくらいよ。」



 言いながら、やっぱり胸がすかすかとしてしまう。



 本当は昔から、たくさんの人に囲まれていたかった。

 友達だってもっといっぱい欲しかったし、遊園地やコンサートにも行ってみたいと思っていた。



 でも竜使いということが足を引っ張って、夢は夢のままで実現しなかった。



 まあ、所詮はこんなものか。

 そう思って、特に悲嘆も期待もせずに今まで生きてきた。

 だから正直、キリハのことはかなりうらやましい。



 あんな風に他人と自然に距離を縮めることは、もう自分にはできないから……



「うーん…」



 ディアラントはうなりながら、こちらをまじまじと見つめている。

 それが気になって、カレンは小首を傾げた。



「……どしたの?」

「いやぁ、もったいないなぁーって。」



「何が?」

「オレだったら、カレンちゃんが一人でいたら絶対にナンパする。」



 キラーンと光るその両目。



「………」



 今さら、彼の規格外発言には驚きもしないけども。

 この人は、真顔で何を言っているのだろう。



(ほんと……この人って、竜使いへの偏見が綺麗にないのよね……)



 しみじみと思う。



 出会った最初は、彼が偏見なくつき合っている竜使いは、キリハとターニャだけかと思っていた。

 しかし、すぐに気づいた。



 昔から一緒だったからとか、危ないところを助けてもらったからとかじゃない。

 彼にはそもそも、竜使いだから嫌うという発想自体がないのだと。



 今だってディアラントは、新聞を読む片手間に話を聞くのではなく、きちんと真正面からこちらの話に耳を傾けてくれている。

 注がれる視線は純粋に澄んでいて、嫌な感情を何一つ感じさせない。

 本当に、珍しい人だと思う。



 こちらの沈黙を、どういう意味に捉えたのだろう。

 ディアラントが、こほんと咳払いをした。



「ごめん、今の忘れて。ルカ君に殺されそうだから。」

「それこそ何言ってんのよ。」



 今度は即で突っ込んでしまった。

 しかし、ディアラントは大真面目にそう言ったようだった。



「えー…。ルカ君だったら、やりそうだけどなぁ…」



 腕を組んで、眉を寄せるディアラント。



「だってあの子、キリハと真逆で警戒心の塊じゃない。オレだって、未だにちょっと警戒されてるし。そんなルカ君が、カレンちゃんは懐に入れてるわけでしょ? それだけ、カレンちゃんを大事に思ってるってことなんじゃない?」

「まあ……そこは否定しないけど。」



「でしょー? 悪意だろうとナンパだろうと、カレンちゃんに手を出す奴は軒並み成敗しそうだよ。」

「そうかなぁ…?」



 ぽつりと呟いたカレンは、数秒の無言の後……



「そうかなあぁ~♪」



 思いっきり笑み崩れた。



「ええぇ~? あのルカがぁ~?」

「絶対にそうだって。キリハから聞いたんだけど、一度は死ぬのを覚悟で、カレンちゃんをドラゴンから守ったんでしょ?」



「そうなのよぉ~。あの時のルカ、ほんっとにかっこよかったぁ~♪」

「ほらぁ~。やっぱりルカ君、カレンちゃんのこと好きなんじゃ~ん。」

「えへへぇ~…」



 カレンはにやにや。

 それを煽るディアラントもにやにやである。



 そこからしばし、カレンの惚気のろけトークに花が咲いた。


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