第5話 初のお仕事

「おいおい、そりゃあねぇぜ!」


一条が子供のようにごねた。むしろなんで付き合ってもらえると思ったんだ。


「まぁまぁ、これも勉強よ。今後の活動を通して、女のコにモテる方法なんてのも覚えてこうぜ。な?」


稲咲さんが優しく諭す。一条は少し不服そうだが、渋々納得したようだ。扱い方が上手いな、稲咲さんは。


「じゃ、今日は早く帰りな。2人とも疲れてるだろうし、明日もまた学校だろ? 詳しい活動内容とかメンバーはまた今度紹介するからな!」


そう言って稲咲さんはニッコリ笑顔を作った。解散のムードが流れ始めたため、私たちは感謝を言って隠れ家を出た。


「まぁ……色々あったけど、これから頑張ろうぜ」


一条がこちらへ手を向ける。そうだ、私、これからこいつと仕事するんだ。私はそっと手を添えた。


「じゃ、また明日!」


そう言って一条は夕日が沈む方向へと走り出した。……ん?また明日?


――


まだまだ冬の寒さが残る朝、ブレザーに身を包みながら私は通学路を進んでいた。買ったばかりのそれはまだまだ光沢が強く、桃色の光を反射して光り輝いていた。


「おうおう、早えぇじゃねえか、夜見!」


若くハツラツとした声、やけに軽い口調。この聞き覚えのある声は……


「お、どうして俺がいるのかって顔だな?」


やっぱり一条だった。よくよく考えたらあれ、ウチの制服だったのね。まだ日が浅いから分からなかった。


「まぁ一緒に行動するんだから、同じ学校の方が好都合だろ。よかったな!それに……一緒に学校いける女子がいるってよくね?」


一条が軽く言った。おいおい、本音がダダ漏れじゃないか。そんなんじゃ彼女出来ないよ。


「とりま学校行きますか!」


「そうだね」


私たちは歩みを合わせて学校へと向かった。まぁ、向こうが合わせてきただけだけど。


――


「みんなは今日で入学して3日かな。そろそろ部活動見学も始まる頃だから、どの部活に入りたいか、候補だけは決めとけよー!」


帰りのホームルームで担任の先生がそう言った。……そうか、高校生には部活も1つの楽しみだよね。でも、私たちは仕事の関係上、迷惑をかける可能性のある団体スポーツは選び難い。となると……個人種目か文化部になってくるかな。


「うーん、何部にしようかなぁ……」


廊下を出て歩きながらそう呟いた。部活選び、絶対に失敗したくない。でも制限がある……冷たい廊下の上で頭を悩ませた。


「お、夜見! お前も部活動見学で悩んでんのか!?」


「うひゃぁ!」


後ろからいきなり肩を叩かれた。驚きのあまり、私は大きな声をあげてしまった。冷たい空間が、一瞬にしてぱあっと明るくなった。この男、一条のせいで。


「ちょ、ちょっと! いきなり女子の体触るとかデリカシー無さすぎ! そんなのだからモテないんだよ!」


「そ、そっか……ごめん……」


さっきの元気な姿とは裏腹に、一条はしゅんと小さくなってしまった。ありゃりゃ、言い過ぎたかな。


「ま、話は戻すけど!」


ずっこけ。一条は急に元のテンションに戻った。心配する必要なかったじゃん。


「部活……正直制限多くて難しいよなぁ。だからさぁ、作らね? 俺たちで新しい部活」


「え!部活って作れるの!?」


「そりゃあそうだろ。そうだな……俺たちは今後神様を殺しに行くんだか、神様研究会なんてどうだ!」


一条は淡々と言い放った。この発想力と行動力は尊敬に値する。


「でも、私たち2人だけじゃ部活を作るには足りないんじゃない? 部活、もしくは同好会を作るには、少なくとも私たちの他にあと一人は必要なんじゃないかなぁ……」


「まぁ、俺たちの活躍とかその他もろもろが報道されれば、神様に対して興味を持ってくれる人もいるだろう。それに、今でも神様に興味を持っている人もいるだろうしよ」


うーん、一条の言ってることにも一理あるけど、そんなに上手くいのかなぁ……私は少し不安で、頭を悩ませた。


ピリリリリ


「お、電話か。……稲咲からだ」


静寂を鐘の音が貫いた。一条はスマホを取り、稲咲さんとの会話を始める。


「お、おん。分かったぜ。……夜見、仕事の時間だ」


遂に、遂に来たか。私の心が踊り出した。私たちチームの初仕事、ワクワクしなきゃおかしいでしょ!


「稲咲の奴が駐車場に車を停めてくれてるみたいだ。とりあえず急ぐぞ!」


一条に急かされ、私は走りながら昇降口へ向かう。鼓動が早くなっていくのを感じた。


「お、来たな! さ、早く後ろに乗るんだ!」


1台の軽から、稲咲さんの声がした。私たちは誘導に従い、車に乗り込んだ。


「こうして見ると、お前らも普通の高校生だなぁ」


稲咲さんが昔を懐かしむような目で言った。


「なんだよ、お前はまだそんな歳じゃねぇだろ」


「お前らからしたら十分おっさんだよ」


笑い声がこだましながら、車は道を進んでいく。……これから殺し合いに行くんだよね!?


――


「おし、着いたぞ!」


10分くらい経った頃だろうか。車がゆっくりと停車した。私たちは車を降りる。そこは、小さく美しい小川だった。近くには運動場が併設された森と住宅街が広がっている。穏やかな風と、子供たちのはしゃぐ声が混ざり合い、なんとも言えない優しさを生み出していた。こんな所に、あの恐ろしい神がいるダンジョンがあるというのか。


「稲咲よー、そのダンジョンってのは何処にあるんだよ」


「焦るなって、大抵の場所は把握してあるからな」


そう言って、稲咲さんは先に進む。場所が分からない私たちは、ただ稲咲さんの後ろをついて行った。


「お、あったぞ」


稲咲さんが前の方向を指さす。そこには前聞いたような、3mくらいの赤く立派な鳥居があった。河原にぽつんと1つ立っていたものだから、何となくシュールさを感じさせた。


「ここをくぐると、数秒でダンジョンに到着する。いよいよ神とのご対面だ。……準備はいいな?」


私たちは合わせて頷く。それを確認した稲咲さんは、鳥居へ足を踏み出した。


「うわっ!」


思わず驚きの声が漏れた。何故なら、鳥居をくぐった瞬間、四方八方からスタンドライトで照らされているような明るさに襲われたからだ。辺りの景色は、ゆったりとした河原から、激しい光が照りつける一本道へと変わっていた。


「大丈夫、ここから数歩進めば、目的地にたどり着く。この道から逸れないよう、ふつーに歩くんだ」


稲咲さんの指示通り、私は気持ちを入れ替えて前へ前へと足を歩ませた。


「お、あれが出口か」


一条の視線の先には、確かにこことは別の空間があった。薄暗く、少しおどろおどろしい印象を受けた。


「おう、あともう少しだな」


私たちはおくすることなく、その空間へ侵入した。


「ここは……何かの小屋……?」


薄暗い空間の正体は、木造の小屋だった。底抜けなどはないが、かなり古い印象を受ける。その割にはかなり広い。


「おいおい、神様なんていねぇじゃねぇかよ」


「これは、いきなり奇襲してくるタイプだな。そこまで強くなさそうだが、一応用心しとけ」


私たちは注意深く小屋の中を探索する。


ピチョリ


頭の上で冷たさを感じた。水……だろうか。この小屋の古さを考えたら、雨漏りは妥当か。




「!!! 危ねぇ!」


一条はいきなりそう叫び、私を抱き抱えながら、横っ飛びでその場から離れた。


後ろから、建物が倒壊するような激しい音がした。振り返ると、そこには大型肉食獣サイズまで巨大化した、ヤモリのような爬虫類がいた。


「遂に見つけたぜ、神様さんよぉ!」

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