世界を救う神の力をやべーやつに与えてしまった
大城時雨
序章 降臨
第1話 匙は投げられた
「はぁ〜、今日も疲れたぁ」
排気ガスとネオンの光が照りつける繁華街を歩く。まだ5時だと言うのに、凄い張り切りよう。私もそのぐらい、元気だったらいいのになぁ。
重い心持ちのまま空を見上げた。何の価値があるのか分からない、巨大広告が目に入る。それは、よくある漫画の広告だった。ひょんな所から神様に会って、不思議な流れで力を手に入れる―そんな在り来りな漫画だ。
「あーあ、私も神様に会いたいなぁ……」
そしたら、この疲れもちっとはマシになるんだろうか。
「ん!?」
突然、後ろから爆発音と強い光を感じた。私はすぐさまその方向を振り向く。そこに居たのは――
「な、なんじゃありゃ……」
そこには、大きなビルと並ぶくらいの巨人がいた。ただの巨人ではない。頭部と両腕が電球、そして身体は金属のワイヤーで出来た、言うなれば「巨大怪人ライトマン」。
「すげーぞ、こんなの見たことねぇ!」
野次馬共がライトマンの元へ集まっていく。私もそれに釣られるかのように、人混みへ入り込んだ。なんでそんなことをしたのか?そりゃ、好奇心でしょ!
かなーり走って、ライトマンから300m付近に近づいた。こんな非現実的なものをここまで近くで見れるなんて、感無量だ。あ、いけないいけない!記念写真撮っとかないと!スマホを取ろうとした瞬間だった。
「うわ、動いた!」
突然、ライトマンが腕を天高くに振りかざした。それに脅え、逃げ出そうとする人もいた。だけど、ほぼ大半の人はそこから動かなかった。こっちの方が、映えポイントが高い写真が取れそうだからだ。もちろん私も残った。だが、その選択を、私は後悔することになる。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁあ!」
ライトマンが振り上げた手は、まるでハエを叩くかのように振り下ろされた。その勢いは凄まじく、地面を優に陥没させた。警備員、最前列の人達は、跡形もなく押しつぶされたのだろう。影も形も見えなかった。
「に、逃げろぉぉぉ!」
その光景を見た野次馬共が、一斉に逃げ始めた。ある家族は子供を抱き抱えながら。ある女子高生はスマホをほおり投げて。まさに、この世の地獄だった。
(逃げなきゃ……逃げなきゃ、殺される……!)
逃げなきゃ。逃げなきゃ。そんな命令が体の中で響き渡る。足が動かない。腰が抜けたか。必死に足を進めようと足掻く。だが、動かない。心と体の不一致が起こっていた。
「おいクソアマ、邪魔だぞ!退けよ!」
逃げ狂う野次馬が、私の体を押し飛ばしながら後退する。私の頭に「死」という結末がよぎっていた。…やっぱり、死にたくない。今までの生活で訪れてこなかった、本当の死を目の前にして、心は怯えていた。
「誰か、助けて……」
前に、何も無い。ライトマンと私が真正面で向き合う形となった。どうやら、あいつは私を捕捉したらしい。頭を下げ、再び腕を振り上げる。こんな状況になっても、まだ足は動かない。私は目を瞑り、ひたすら神へ祈った―
「どいたどいたー!助かりたければ、道を開けろー!」
「え?」
ビュン、と何かが横を過ぎ去る。何が通ったの?私は目を開け、辺りを見回した。
目に映ったのは、金色の光を纏いながら爆速で進む自転車だった。塵や岩石などを吹っ飛ばし、ライトマンへ向かって進み続ける。
「行くぜ行くぜ行くぜぇぇぇ!」
自転車はあっという間にライトマンの真ん前まで辿り着いた。だが、あいつの空けた大穴のせいで、これ以上道が無い。このままじゃ―
「さぁ出番だぜ「自転車の神」!このまま―」
「っっ突っ切れぇぇぇ!」
ドライバーはそう叫び、自転車の速度を更に上昇させた。そして、コンクリートが掘れた事によって出来た岩壁をジャンプスターターとして利用し、宙へと舞った。
(そうか。初めからこの人は、このルートを狙っていたのか!)
宙へと浮いた自転車は、勢いを失うことなく、ライトマンの右足目掛けて進み続ける。
「これが漢の必殺技、昇り龍じゃぁぁ!」
矢のような弾道で上がった自転車は、ライトマンの足を貫通し、そのまま突き抜けた。自転車が巨人に勝てるわけないだとか、何故自転車が壊れないのだとか、いろんな疑問はあるが、この際どうでもいい。だって、非現実的な奴が目の前にいるんだもん。
足を貫かれたライトマンは体勢を崩し、地面へと倒れ込んだ。自転車はそれを軽く避け、こちら側へと戻ってきた。
「こちら稲咲、無事「電球の神」の無力化に成功。直ちに帰還します」
自転車から降りた男は、無線機でどこかへ連絡を取り、ヘルメットを外した。その顔は、歳こそ感じさせるものの、中々にダンディでかっこよかった。白髪がポツポツと目立つ髪、口元で目立つ無精髭。決して清潔感があるとは言えない風貌だが、ぴちっと決まったライダースーツと合わせる事で、男らしさを演出していた。
「ふぃー、危なかった。怪我はないか?」
「あ、はい…助けてくれて、ありがとうございます」
それを聞いた男は、ニカッと口を緩ませた。その笑顔は、まるで子供のようだった。
「俺は
「えっと……私は
私がそう言うと、稲咲さんは笑顔のまま続けた。
「そうかそうか、怖かったなぁ……でも大丈夫! 俺が倒しちゃっからなぁ!」
グググググ
「あ、後ろ!」
人が話している最中なのにも関わらず、大声を上げてしまった。しょうがないじゃん。さっき倒したライトマンが、ビルに手を付きながら起き上がろうとしてたんだもん。
「ん?どうした?」
大声に反応した稲咲さんが、後ろを振り向く。そこにはやはり、立ち上がることに成功した、例の巨人がいた。
「うわぁぁぁぁ!」
今にも攻撃してきそうなライトマンを見て、稲咲さんは私と同じような悲鳴を上げた。そしてすぐさま自転車にまたがり、ペダルに足をかけた。
「逃げるぞぉぉぉ!」
稲咲さんは私に向かって手を伸ばす。その手にはヘルメットが握られていた。……なるほど、自転車で逃げるのね! 私はその意図をすぐに理解し、自転車へ跨った。
「ねぇねぇ、一体全体どうなってんの!?」
誰かが助けに来てくれた安心からか、思っていたことが口から出てしまった。稲咲さんは後ろを振り向かず軽く答えた。
「今俺達を襲っているのは「神」と呼ばれる謎の生命体だ! 普通は、たまーに山の中に現れるダンジョンにいるんだが……今回はなーぜーか、こんな東京のど真ん中に現れやがった!多分あいつは……電球の神とでも言ったところかな」
「ふーん、神様ねぇ……え! 神ってあの「神様」!?」
びっくら仰天。いや、別に私が無神論者って訳じゃないよ。でもねぇ……神って……おかしくない? こんなの頭ん中整理できないよ。
「驚くのも無理ねーけどよぉ、「神」って言う他ないんだわ。ちなみ、俺が乗ってる自転車も、神の力が宿ってるんだぜ。その名も「自転車の神」!」
「いやまんま!」
思わずツッコミを入れてしまった。だって、神様って言うくらいだから、もっと凄いのかと思うじゃん。アマテラスとか、スサノオとかさ! 自転車て!
「いーやー、自転車の神も中々凄いんだぜ。なんたって――」
「グォォォォオ!」
突然、擦れた金属音のような咆哮が、後ろから聞こえてきた。私達は同時に後ろを振り向く。そこには――悠々と立ちながらその拳を振り下ろしているライトマン、通称「電球の神」がいた。
「やばいってぇぇぇ!」
稲咲さんは急いで身体を傾ける。だが……もう遅かった。
「「ああああああああ!?」」
拳が地面へ直撃したことで発生した衝撃波が、私達を天高く打ち上げた。そして、高々と上空へ舞った所で、自転車は落下を開始した。
「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死んじゃううー!」
「いや、これなら多分……大丈夫!」
「何が大丈夫なんですかぁぁぁ!?」
私は下を向く。そこには、光を反射しながらキラキラと光り輝く川があった。なるほど、そういう事か。水面なら、コンクリートの地面にぶつかるよりも安全だ。だが、早く自転車から脱出しなければ、今度は溺死の可能性が出てくる。私は決意を固め、自転車を脱出する準備をした。
じゃぽん。大きな音を立てて、私達を乗せた自転車は川へと落下した。その瞬間、私は跨っていた自転車を捨て去り、水面へと顔を出した。
「俺の手に掴まれ!」
前で、稲咲さんが救いの手を差し伸べてくれている。私は必死の思いでそれに掴まり、岸へ向かって泳いだ。
「ふひぃー、な? 大丈夫だったろ?」
陸上に上がってからの第一声、稲咲さんはそう笑いかけた。いや、笑えないよ。多分私はそんな感じの顔をしてたと思う。それが向こうにも伝わったのか、眉間にシワを寄せながら唸った。
「でもさー、切り傷1つもないじゃんよ」
「そんな訳……」
私は自分の身体を見た。……本当に傷がない。それどころか、身体のどこも痛まない。いくら水面だからといって、あの高さから落下したら、骨の一つや二つ折れててもおかしくはない。
「それはだな、「自転車の神」の能力なのさ。自転車に乗っている間は、殆どの攻撃や外傷を受け付けない。だからああやって突っ込んでもノーダメージだったってわけ」
「あ、なるほど!」
私は感心した。全ては稲咲さんの計算通りってことね。だったら、あの「電球の神」を倒す方法もあるはず……
「ですが、ここで悲しいお知らせがひとつあります」
「?」
「自転車が水没した事により、反撃の手段が無くなりました」
「はぁぁぁぁぁ!?」
私はロックバンドのボーカルもびっくりな声の大きさで叫んだ。いや、反撃出来なきゃ意味無いでしょ!? そもそも、なんで他の道を選ばなかった!?やっぱりこの人……残念すぎる!
「じゃあどうすればいいんですか!このまま死を待ち続けるっていうんですか!?」
叫びの大きさのまま、叩きつけるようにそう言った。自分の胸の中にある稲咲さんへの不満を、いっせいに放出したような声だった。
「いやいや、そんな事するわけないだろ?」
「祈り続けるんだよ、他の神様に」
稲咲さんは真面目な顔でそう言った。その顔は、さっきまでのバカっぽい顔と違い、真剣で、何か吹っ切れたような清々しさがあった。だが、その意見に賛同は出来ないな。祈ることに、何の意味があるのだろうか。そんな態度でいると、稲咲さんはそれを説明するように、言葉を続けた。
「捨てる神あれば拾う神あり、って言うだろ? 俺はこの世のどこかに、俺達を助けてくれる神様っていうのが、絶対にいると思ってる。だから、そいつらに頼むのさ。精一杯の欲望で、「助けてくれ」ってな」
私はその意図が分かってもなお、稲咲さんの考えに共感出来ずにいた。祈ることで、この状況をひっくり返せるのか、そんな疑問が頭から離れなかったからだ。
「ま、騙されたと思って1回やってみなよ。少なくとも、何もしねぇよりマシだろ」
「こんな状況、この世界70億人の中で経験してるの、お前ぐらいだよ。だから、常識を捨てろ。お前の心と欲望に従え。そして、「生きる」という喜びを手にするために、最大限の祈りを送れ」
「クレイジーになれよ」
稲咲さんが放った、なんてことない一言。だけど、これが私の胸に深く突き刺さった。
「クレイジー……」
今まで私は、至って普通に生きてきた。そしてこのまま、普通に死ぬ物だと思っていた。でも、こんなことになった以上、「普通」なんて望めない。だからこそ、クレイジーにならなきゃ。「普通」じゃ「普通に死ぬ」だけだ。
「どうせなら、とんでもない夢叶えないとな……!」
もしもこの窮地を突破出来たのなら……これからの人生、出来ないことなんてないはずだ。私は自分の中でも、とびきり大きな夢を想像した――
「私には夢がある。かっこいい男の子捕まえて、そのまま幸せな家庭を作り、豊かな人生を送るって夢が――」
「それを叶えられないまま終わるなんて……いやだ!」
残された時間は数少ない。だけど、何か……突破口はあるはずだ……!
「力があれば―力さえ―あれば!」
「私は……力が欲しい!あの神に対抗出来る力が!」
電球の神の事など忘れて、私は叫んだ。バレる?殺される?そんな事考えてもなかった。
生きるために祈る。勝つために祈る。私はひたすら神に祈った。私達を救ってくださる神様。この声がとどいているのなら、その力を私にも、ください!
神様。どうかお願いします――
私が目を閉じた、その瞬間だった。突如、飛行機が落下する時のようなけたたましい音と、何かが地面と衝突したような爆発音がした。私は急いで目を開ける。そこに、ライトマンの腕はない。
「もしかして、本当に、力を授けに来てくれたの……?」
私は目の前の爆心地へと向かう。そこにあったのは―
「これは…石?」
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