正気だったはずのあなたは

少しずつ少しずつ

波が陸を削るように

じっくりおかしくなってゆく

発狂

と言うそうです

狂うと書くくらいだから

赤ん坊のように体を振り乱して

元気いっぱいに

暴れ回るものかと思っていたけれど

お医者の

もう長くありません

と言う言葉に合わせたみたいに

弱ってゆくあなたを見て

私は本当の発狂を知りました

それは凪いだ海なのですね

昏い海の底にひとり

閉じ込められることなのですね

あんなにも凛と背筋を伸ばして

前だけをじっと見つめていたあなたが

発狂してゆく姿を見るのはつらいことです

しかし待ってくれと言って

待ってくれるものじゃないから

諸行無常

ただ生きて

あなたを見届けようと

ただ生きて

ゆくしか術などないのですから

私はもう

もう、何も言いません

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