第35話 佐山 香帆?
ここ……どこ?
ふと気付いたら知らない部屋で天井を眺めていた。
頭から背中にかけて柔らかな布の感触がする。
干したばかりなのか、日だまりのように温かい。
……あたし……どうしたんだっけ?
確か……高校の裏で首を吊って……死のうとしたはず。
肌を撫でる風……眩しく感じる日差し。
はっきりと意識もある。
あたしは……死にぞこなったってこと?
じゃあここは病院?
でも病院にしてはレトロな天井ね。
木造っぽいし……そもそも医療用の機械が何もない。
「あら、起きてたの?」
部屋に茶髪の若い女が入ってきた。
その後ろからやや筋肉質な若い男も続いて入ってくる。
どっちも知らない顔ね。
医者……って訳じゃないみたい。
白衣着てないし……っていうか、こいつらの格好何?
すげぇダサい。
男はハッピみたいな服とボロボロのズボンで、
女は上下が繋がった薄緑のドレス風のボロ服。
田舎に引っ込んでる年寄りだって、ダサいと拒絶するレベルだわ。
コスプレ?……にしては汚ならしいわね。
女はほぼすっぴんっぽいし。
男からは土の臭いがする……畑仕事でもしてるのかしら。
「おはよう、今日も良い天気ね」
女があたしに話掛けてきた。
まあこいつらの格好なんてどうでもいいわ。
とにかく話を聞かないと……。
「あっ……あう……!!」
何!?
うまく話せない!
なんかの後遺症?
それに……体に力が入らなくて起き上がることすらできない。
でも腕や指は動くし、足もバタつかせることもできる。
「フフフ……今日も元気一杯ね」
なっ!……この女、あたしの体を軽々と抱き抱えた!
いくら同じ女だからって、こんな細腕で大の大人をこうも簡単に……。
しかも女の胸に、あたしの体はすっぽりと収まった。
この女……何メートルあるの!?
あたしの頭を撫でる男の手も片手であたしの頭をわしづかみできるくらいでかい。
「よしよし……何度見ても可愛いな」
「あなた……当たり前でしょう? 誰の子どもだと思ってるの?」
「ハハハ! そうだな。 なんたって俺達の娘なんだから!」
あなた?
こいつら夫婦ってこと?
いやそれより……俺達の子って?
こいつら何訳わかんないこと言ってる訳?
…………!!
ふとあたしの目に飛び込んできたのは……等身大の鏡だった。
そこにはにこやかな笑みを浮かべるこの女と……女の腕の中で鏡相手に目を丸くしている……"赤ん坊"が写っていた。
何?……あの赤ん坊。
まさかと思い……鏡に向かって右手を軽く振って見ると、鏡の中の赤ん坊があたしに向かって左手を軽く振り出した。
今の実証とこの女があたしを抱き抱えているという事実・・・・・・。
触感がはっきりしているから夢である可能性は低い。
となれば……導き出される答えは……。
「どうしたの? 鏡が気になる?」
客観的に見れば、ほほえましいありふれた親子の姿……でもその赤ん坊が自分自身なら話は別だ。
正直信じられないけど……あたしは今、赤ん坊になっている!?
親はこいつらっぽいけど、そんなのどうでもいい!!
一体何がどうなってるの?
どうしてあたしは赤ん坊になってる訳!?
話を聞こうにも口が効けない・・・・・・辺りを見て回ろうにも歩くどころか這いつくばることすらできない。
死ぬことすら・・・・・・できない。
今のあたしはこいつらの愛玩動物でしかないんだ・・・・・・。
「そうだわ・・・・・・あなた、この子の名前は決めてくれたの?」
「あぁ! 俺なりに考えて決めたよ」
「聞かせてくれる?」
父親らしき男があたしに囁くようにこう続けた。
「・・・・・・”スレン”というのはどうだ? スレン パークス!」
「スレン・・・・・・良い名前じゃない」
いやどこが?
キラキラネームもいいところじゃない。
って抗議したところであたしには発言権なんかない。
潔く受け入れるしかないわ。
「スレン・・・・・・これから3人で幸せになろうな」
「私たちの子として生まれてきてくれてありがとう・・・・・・スレン」
温かな言葉を掛けてくれるあたしの新たな両親。
かつての親は琴美だけを溺愛して、あたしに愛情なんて欠片も抱かなかった。
いつもあたしに屑だのゴミだの罵声を浴びせ、育児すら放棄した親とすら呼ぶのもおぞましいあいつら。
あたしを役立たずと蔑み続けた琴美・・・・・・親に金づるとしか思われていなかったことも知らず愛されていると勘違いし続けていた憐れなピエロ。
あいつらの存在があたしの中で家族の価値観を狂わせる。
あたしを偽りの愛で利用し続けた豪・・・・・・あいつの存在が愛という言葉に嫌悪感を抱かせる。
あいつらがあたしの記憶や心に刻み込まれる限り、あたしは家族や愛情を信じることはきっとできない。
だから新しい両親が向けてくるこの愛情も一切信用できないし、こいつらを親とすら認めることもできない。
そんなあたしは新たにスレン パークスと名付けられ、新たな親の元で育てられることになった。
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「スレン! 大丈夫か!? お父さんが来たからにはもう安心だ!! このっ! このっ!!」
「あなた・・・・・・そんな小さな虫相手に大袈裟ですよ」
「何を言っているんだ!? 可愛いスレンの顔に腫れものでもできたらどうするんだ!?」
「心配するのはわかりますが、もう少し落ち着いてください。 ほら、せっかく寝ていたスレンが起きてしまいましたよ?」
「うぐぅ・・・・・・すまん」
屑共と違ってこの両親はあたしに優しい。
父親は過保護すぎるけど・・・・・・。
この2人が向けてくる笑顔がどうもむず痒く感じる。
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まともに動けるようになったらさっさと死んでやろうと思っていたけど・・・・・・死のうとするたびに両親の笑顔が頭をよぎり、躊躇させてくる。
【あの笑顔を涙と悲しみに上書きさせたくない】
そんな気持ちがあたしを引き留めてくる。
そんな葛藤を何度もしているうちに、あたしはいつからか死ぬことが面倒になり、死の瞬間を天に任せることにした。
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あとから知ったことだけど・・・・・・ここはあたしが生きてきた世界じゃないみたい。
そう言えば・・・・・・漫画やアニメでこう言った現象が流行っていたわね。
えっと・・・・・・”異世界転生”・・・・・・とか言ったっけ?
創作の世界の話だと思っていたけど、まさか実際に体験することになるとは思わなかったわ。
これはあたしを憐れんだ神の慈悲なのか・・・・・・あたしには死ぬ価値もないと神が与えた罰なのか・・・・・・どっちにしても事実は1つ。
【あたしの人生はまだ終わってくれない】
この異世界・・・・・・いや、”心界”であたしの人生の第二部が幕を開けた。
【PANPANです。ここまで読んでくださったみなさん、本当にありがとうございました。
この話自体はこれで完結となります。
見返してみれば、ここまで随分かかりましたね。
香帆は改編前でも改編後でも最初からこうなる予定でした!
言ってみれば、これまでの話は香帆のプロローグですね。
香帆改め・・・・・・スレンの物語は長編小説として別にスタートする予定です。
いつになるかはわかりませんが、こちらも完結目指して書き進めます!
よろしければそちらも読んでみてください】
愛する彼のため、夫をATM化&托卵させたあたし。夫が離婚と慰謝料を突き付けたせいで彼とあたしは破滅する。 ふざけんなっ! あたしは必ず夫を地獄に落とす!! panpan @027
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