第20話 フラグ
長く苦しい戦いだった……。
あの後、優衣はガチで終電ちょっと前くらいに帰った。さすがに心配で駅まで送ってったからな。あと夕食もいっしょに食べた。もちろんタダメシじゃない。そのぶんの金額は上乗せだ。俺が料理している間は姉さんにかわいがられたりバズ子とたわむれたりしていた。ウチのバズ子さんが人気で何よりだ。アオイとか伊織もたびたびバズ子に会いに来るからな。なんならバズ子の写真をせがまれることすらある。動画撮って送ったわ。ウチのバズ子さんはかわいい。自慢の子だ。
「あーんしてもらうのもいいわね……」
駅まで送った際、優衣はそんなことを言っていた。ごはん食べてるときなんか考えごとしてるな〜って思ってたけどそんなこと考えてたの? なんか難しい顔してるから『さすがに遅くなりすぎたかも』なんて思ってるのかと……。
もちろんまったく申し訳なさそうにはしてなかった、なんてことはない。謝られたりもしたし、姉さんには「長居しちゃってごめんなさいっ! 楽しくって、つい……」なんて笑っていた。「いつまでも居てくれていいからねぇ〜」と姉さんは優衣をかわいがり、優衣も満更ではなさそうだった。ウチの姉によこしまな目を向けないでくれるか?
「それじゃ、また学校で。……来週はあんまり予定が空いてないけど、少しだけでもお願いできるならお願い」
「わかった。予定が決まり次第伝えてくれ。ある程度なら融通は効くが、動かせない予定はあるからな。なるべく優衣を優先したいところだが」
「当たり前よ。私のことを最優先にしてもらわなくちゃ。……ありがとう、斎賀くん」
どういたしまして。そんなやり取りをして優衣と別れる。「さ、最後に……一回だけ、耳元で『優衣、頑張って』って囁いてくれない?」なんてせがまれもしたがサービスでやった。時間外労働になるがこれくらいならな。俺の心は麻痺していた。
寝る前に死にたくなるかもしれない。
*
なった。
サクッと死に戻りした俺は学校に向かう。アオイの肩を手でポンポンと叩いて頬をむにゅってするやつをしようとしたら肩を叩こうとした時点で一本背負いが決まった。ストリートでの柔道はヤバい。受け身を取れないようにタイミングをズラせば頭から落とすことも不可能ではない。死ぬところだった……。幽体となった俺は冷や汗をかいた。アオイ、今のはやりすぎだぞ。下手をすれば人殺しだ。
「死体が喋っている……」
誰が死体じゃ誰が。ひゅいっと魂を身体に入れ直し俺はすっと立ち上がった。応急処置として頭を包帯でぐるぐる巻きにする。ミイラ男の完成だ。こういうキャラ居るよね。何の漫画のキャラかは人によって意見わかれそう。
「あー、居るね。包帯男みたいなキャラ。割りとかっこいいのが多い気がする」
へへ。そんなに褒めるな。俺は照れた。アオイは見た目だけは美少女なので他の野郎どもに褒められるよりも嬉しくなる。顔も声も実際かわいいからな。見た目が美少女ならそれはもうほとんど美少女みたいなものだろう。男だが。
「なんで今ので褒められたって認識になるの? ……それより、伊織の様子がおかしいんだけどー?」
つんつん、と頬を指で突っつかれる。ついさっきそれをされて一本背負いしたやつがやるか?
「それは慎一郎ってわからなかったし。あと、話を逸らそうとしてもダメだよ」
原因はわかってるだろ。優衣だよ。
「優衣? ……天羽さんだってことはわかってたけど、思ってた以上だなぁ」
俺が優衣のことを名前で呼んでいることから何か読み取ったのだろう。当然だな。俺はすっとぼけることにした。そうか? 優衣の性格を考えればそこまでおかしいことじゃないだろ。天使だからな。
「うん。だけど現に天羽さんのことを名前で呼ぶ男子は少ない。ほとんど居ないと言ってもいいだろうね」
まあな。俺は他のヤツが優衣って呼んでるのを見ると『馴れ馴れしすぎだろ』って思う。伊織ほどじゃないけどな。もし俺とアオイ以外の男子が伊織のことを『伊織』って呼んでたら闇討ちも辞さない。
「それはボクもそうだけど、伊織の場合はちょっと違うでしょ。……また話を逸らそうとしてる?」
違うよ。まあ俺と優衣が仲良くなったのは確かだな。まだ恋愛とかそういうのじゃないが。伊織の様子がおかしいっていうのもそういう話だろ? 俺と優衣が急接近して気が気じゃないってところか。……あれ? それどっちのだろう。もしかして俺のほうに嫉妬されてる?
俺は伊織が優衣に熱い視線を送っていたことを思い出した。伊織は俺に依存気味だが優衣に憧れている。てっきり俺が誰かに取られるみたいで複雑な気持ちになっているんだと思っていたが、もしかしたら……逆だったかもしれねェ……。
「どっちもじゃない? 伊織だからね。自分と仲良くしてくれてる二人が自分抜きで仲良くしてるのを見てショックを受けてる。それも自分の知らないところで。そういうことじゃないかな」
あ~、ありそう。俺は納得した。俺も知らないところで伊織がアオイ以外のやつと仲良くしてたら凹むもんな。特に伊織は友達が少ない。人間関係が狭い。『自分がいちばん仲良しだと思ってる相手にとって自分は数居る友達のひとり』って思い知らされると凹む状態だな。俺にとっても伊織は特別だがアイツはメンタルが弱い。めちゃくちゃ弱い。元不登校児だからな。まあ不登校児だからってメンタルが弱いとは限らないが伊織の場合はメンタルの弱さから来るものだ。優衣とは違う意味で他人をそう簡単には信じられない。不安になりやすいわけだな。面倒くさい。そこがかわいいんだけどな~。
「わかる。そこがかわいいんだよ。でも、不安にさせたいわけじゃない」
そう言ってアオイが俺を見つめる。脅迫かな?
「もちろん。……まあ、心配はしてないけどね。慎一郎が伊織を傷つけようとするわけないし」
信頼されてる。伊織とは違うぜ。
「結果的に傷つけることはあるけど。今回みたいに」
はい。
……い、一応フォローはしてますよ? まあ見てくださいよ。今日登校して伊織と会ったらアイツ、めちゃくちゃ機嫌良くなってるから。
「それフラグ?」
アオイが言った。違ぇーよ! 俺はキレた。
*
「あ、アオイ、慎くん、おはよっ。ぇへへ……慎くん、慎くんっ♪」
教室に着くとめちゃくちゃ機嫌良さそうな伊織が出迎えてくれた。
ほ、ホントにめちゃくちゃ機嫌良くなってるー!?
俺とアオイは目の前のチョロ女のことが心配になった。自分で言っておきながら絶対フラグだと思った。ちょっと甘いこと言っただけなのに……。
俺たちでこの子を守ってあげよう。アオイと目を合わせてこくりとうなずく。
ぎゅっ……俺とアオイはいっしょになって伊織を優しく抱きしめた。
「え? え? な、なに? ぇへ。恥ずかしいよぉ……」
恥ずかしいと言いながら伊織の顔がでろでろにとろける。福笑いみたいになってる……。幼女でもしないぞそんな顔。
「愛してるよ、伊織……」
俺たちの愛を伝えようと思ってそう囁く。「……ほぇ?」伊織がアホみたいな声を上げ、アオイが信じられないようなものを見る目で俺を見る。なんだその反応。俺が変なことを言ったみたいに……。
言ったわ。
顔を真っ赤にする伊織、呆れながらもほんのりと顔を赤らめるアオイ。
ふたりを前にして、俺は優衣を逆恨みした。あんなに甘いセリフばっかり言わされたからだ。よくも……あんなことを頼みやがってぇ……!
ギリ……と歯を食いしばって教室の反対側に居る優衣を睨む。
この地獄を生み出した天使さんは、何も知らずに友達と楽しく話していた……。
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