世界のゆりかご

招杜羅147

世界のゆりかご

今日は木を植えよう。

地面に段差を付けて低くしたヶ所に水も注いでみようかな。


「今日は何をしているんだい? エル」


土をかき分けていると、どこからともなくふらりと友人がやって来る。


「植樹だよ。この辺は森にしたいと思って」

「ふぅん…手伝おうか?」

「変なもの作ったり、植えたりするなよ?」

「信用ないなぁ」

「君はいつもいたずらするだろう?」


友を注意深く見守りながら木を植えていく。

種が落ちてやがて自分たちで増えていくだろうからだ少まばらでもいいだろう。


「エル、森の中心に大きな木を植えないか? 私が持っている世界樹の種を使おう」

「それはいいね」


木々の中央辺りに一際大きな種が埋め込まれる。


「木は川を跨いで生やす?」

「いや、川を境界線にしたいんだ。こちらは動物や鳥が多く住むから…」

「川が住み分けの境界なんだね」


私は頷く。

 渡し船が必要なほど広い川を挟んで、木々や苔が鬱蒼と生い茂る森があり、森を進むと少し開けた場所が点々とあり、そこは瘦身優美なエルフたちの集落を作るのに都合が良さそうだ。奥には高い峰が連なり、山裾近くの地中、地下には鉱石が埋没しているので小柄で屈強なドワーフたちが好んで住みつくだろう。

山々の中でも遥か先にある大きな山の穴蔵に、古代竜が鎮座する場所。 雄々しい古代竜がここから世界を見守っている姿は映えるだろう。


「…ヒトはいないの?」

「ここにはいないよ。君やラバスの所にはいるかもしれないけれど」

「川向うにヒトの集落が出来たら面白そう」

「どうだろう…、エルフやドワーフを追いやってしまうかも」

「ああ…ヒトは陣地を広げたがるから住み分けが難しいのか」

「前みたいに大地を汚し、木々を枯らし、他の生物を殺し、自分たちが住めなくなってしまうのは問題だしな。」


日が暮れてきたので今日はもう終いだ、と言うと友は去っていった。


◑●◐


「おはようラバス」

「…また来たのか。お前…箱庭は進んでいるのか?」

「うーん まぁ一応? …エルは今回はヒトは置かないんだってさ」

「まぁそうだろうな」


僕たちはそれぞれ『箱庭』を持っている。

各々が持つコンセプトに従い大地を創り、住まう生き物を決めてレプリカを創り、その様子をしばらく経過観察する。

僕たちが見ているのは”行動変容と成長”だ。どのような要因がどの生物に刺激を与え、どう変化していくのかを見ている。

あまり変化が起こらない箱庭は廃棄され、創り直される。もしくは変化要因となるものを入れる。

適度な変化を持った箱庭は第一次選考を通過し、更なる経過観察を経る。二次選考、最終選考を通過できれば、その箱庭をモデルとした新たな世界が生まれる。

ここは『世界創造課』…ゆりかご課と呼ばれ、数十もの神々の使途が所属し、『箱庭』でサンプリングを行っている。


エルは最近前の箱庭を廃棄し、新たに創り直しているトコロだ。

そして今回はヒトのいない世界を作っている。

でもエルフやドワーフでは寿命が長い分変化に富まず、世界の変容が乏しい。

その点通常凡庸なヒトはすぐ群れ、数による力でたくさんの変化をもたらす。


ラバスの箱庭はヒトの天敵となるような捕食者を入れ、数が増えすぎないよう、天敵に気を取られて己の尻に火が付くことのないよう(世界を壊滅に追い込まないよう)に調整している。

僕の箱庭は6つほど、神レプリカを投入してヒトの前に顕現させ、宗教戦争を繰り返すようにしている。適度なパワーバランス、死者数で、増えすぎたり減りすぎたりが無いようにしている。


「ラバスの箱庭は面白くて好きなんだよね」

「捕食者がいると常に強いストレスに晒されて、いいことじゃないが…適度に間引かないとエルの箱庭みたいなことになるしな」

「…昨日は森を作っていたよ」


ラバスが鋭く睨め付ける。


「お前…もうエルの邪魔はするなよ」

「邪魔してないよ。一緒に植樹を手伝っただけ」

「何言ってんだ! 前回エルの箱庭がダメになったのはお前が勝手に知恵の実をバラ撒いたからだろう! ヒトは知性に見合った節度や分別を持ち合わせていないことが多いんだぞ!」


ラバスのあまりの剣幕に後退る。


「ああ、うん…。すごく反省してるよ。今度は木が枯れたりしないよう僕が大切にしていた世界樹の種をあげたよ…」

「他者の箱庭に、勝手に手心を加えようとするな!」

「うん…」


ほんの出来心だった。

どんな行動変容を見せるのか気になって、エルが寝付いている時に彼の箱庭をいじったのだ。

結果、翌朝には手の施し用がない状態になってしまっていた。

エルは自分のバランス調整の問題だと思っているだろうが、ラバスは僕の悪行を知っている。

ラバスに知恵の実を譲ってもらったからだ。

エルの箱庭の話が噂に上ると、ラバスは何が起こったのかを察し、僕を侮蔑を込めた目で見てきたのだ。


「エルにはきちんと話して謝ったか?」

「まだ…言い出せてない」

「言い出せないのなら俺が管理課に報告してお前を処罰してもらうが」

「今日話すよ。これから…ラバスの所に行くから」


消え入りそうな声になる。

エルに嫌われても仕方ないことをしたのだけど、嫌われようと振る舞ったわけではない。

ラバスの部屋を追い出され、鉛のように重い足取りでエルのいる部屋に向かう。


(そうだ、今度の箱庭がより良いものになるよう提案だけしよう。)


僕は一度自分の部屋に戻り、色々な小物をかき集めだした。


◑●◐


「こんにちは、エル」


僕は努めて明るく振る舞う。


「いいことを思いついたんだ! 空を作ろう! 星とか吊るしてさ!」

「いいとは思うけれど…星を吊るしたらずうっと夜のままなんじゃない?」

「昼間をとても明るく作れば小さく光る星なんて見えないよ。色々持ってきたんだぁ…」


小脇に抱えていた箱をひっくり返すと、光を反射するつるりとした石や遊色効果を持つ石が床に散らばる。


「君は使わないの?」

「僕の箱庭は複数神がいて、それぞれが神話になぞらえた空を投影しているから」

「そうなんだ」


エルが気に入ったものを選び取り、2人で宙に星飾りを吊るしていく。


「エル、この青っぽいのはどこにする?」

「山の方…いや、山の方は赤にしようかな。それは中央辺りに」

「この辺?」

「うん、そこでいいよ」


薄暗くなった部屋で飾り終えた箱庭を見つめる。

部屋が暗くなれば、月明かりを浴びてキラキラと瞬くだろう。

エルはこの世界に3つの月を用意したと言っていたから、複雑な光り方をしそうだ。


「綺麗に出来たね。ありがとう」


エルが満足そうに眺める。

僕はエルの手を取り強めに握った。僕自身が逃げ出さないように。


「エル…ごめんね」

「何が?」


怖くてエルの顔が見れない。

うつむいたまま、声を絞り出すように白状した。


「僕がエルの箱庭をダメにしたんだ…。僕が好奇心を抑えられず、ヒトに知恵の実を与えたから…」

「知恵の実を…」


エルの呟きが僕の心を抉る。

ショックだったろうな。

怒っただろうな。

もう部屋に来るな と言われるだろうか。

絶縁を突き付けられるのが恐ろしくて、手が震えてくる。


「ごめんなさい。本当に…ごめんなさい! こんなことになるとは思わなくて…」

「やっぱり君がやったのか」


一瞬全ての時が止まったように感じた。

ピシリ と、僕の心に、僕たちの交友関係に大きな軋みが入った…。

もう僕の体は石のように重く、今すぐ去ることも出来ない。ゆっくりと握りしめていたエルの手を離した。


「私も知恵の実を与えようと思っていたんだよね」

「え…?」


エルが知恵の実を⁉

聞き間違いかと思い、ふと顔を上げてしまう。


「多く入れたヒトは統率も取れず好き勝手に暴れまわっていたから、知恵の実を与えて様子をみようと思ったんだ。…与えると返ってヒトは目先の欲に目がくらんで世界を食い尽くしてしまうんだな」

「エル、それは…」


僕が多くの知恵の実を、多数に与えたからで―


「遅かれ早かれ…知恵の実を与えなくても私の箱庭はダメになっていたと思うよ。ヒトが多すぎて同族争いが起きる頻度が上がっていたからね」

「エル…」

「私のバランス取りが悪かったんだよ」

「…言い出すのが遅くなってごめんなさい。エルに嫌われたくなくて」

「うん…まぁもう少し早く、正直には言ってほしかったけど」


エルの手が僕の手を取る。


「ずっと黙っているんじゃなくて、ちゃんと謝ってくれたから、いいよ」

「ずっと黙っていることは出来なかったよ。…ラバスにもらった知恵の実だったから、ラバスには早く誠意を見せるように何度も言われたしね」

「ラバスは厳しいからねぇ」


エルがふわりと微笑む。

良かった。嫌われなかったんだ…。

安堵するとともに僕はその場にへたり込む。


「腰が抜けた…」


エルはくすりと笑って隣に腰を下ろす。


「このまま星の瞬き具合を確認して、微調整しようか」

「うん」


エルの箱庭に夜が訪れ、月が巡り星々を照らす。

光り具合を確認し、位置を調整して、エルは箱庭に布を被せた。

布で覆うのは中が熟成されるのを待つからしばらくの間いじらない ということだ。


「今日はこれで終いにしよう」

「じゃあ僕も戻るよ」


僕は罪悪感から放たれ、凪いだ気持ちでエルの部屋を出て行った。


◑●◐


大きな隕石を作った。

神々もヒトも手を取り合って隕石落下を防ぐために動いている。

今まで敵対していたからすぐには仲直り出来ないだろうけれど、”共通の敵”を設けて団結力を高めていくようにしよう。もう宗教戦争は終わりにしよう。


「次は魔王とか作る…? 伝染病だと国ごと隔離されかねないから実態がある敵がいいよね…。ラバスのと似たような感じになってしまうかな? 向こうは捕食者だから違うってことでいいかな?」


僕の箱庭はヒトばっかりで争いごとを毎日している。

でもエルとの一件があり、いがみ合ったり嫌いあったりするのに少々思うところが出てきたのだ。


「エルは今何を創っているのかな…」


あの布を被せた箱庭がどうなったのか気になって、僕は自分の作業部屋を出た。


白い壁に並ぶいくつもの白い扉、延々と続く白い通路。白いバルコニーに白い屋根。白い机に白い椅子。

神の宮を模して造られた使途の職場はどこまでも白い。まるで白い牢獄だ。

そこで大半を過ごす使途もまた白い肌に白い髪。白い服を纏った姿はまるで囚人だ。


「エル、いる?」


白い扉をノックするが反応はない。

鍵もかかっていて開かない。


「エルは出向中だぞ」


通路の向こうからラバスがやってくる。


「え いないの? あの箱庭は?」

「いない間は俺が預かっているが今日中には戻ってくると言っていた」

「どうなったのか見たいんだけど」

「これからヨハンネスの所へ行くからその後だな」


僕はラバスとヨハンネスの元に行き、エリクシルを分けてもらってからラバスの部屋に向かう。


「この希少アイテムを1品ずつ1人の管理者に振り分けられているの改善してほしいな…」

「なんで? あちこちで歩けるから他の皆の箱庭が見れていいじゃない?」

「そういう意図なんだろうけれど、俺は自室から極力出たくない」


ラバスの部屋の机の上には箱庭が二つ。

一つは恐竜のような捕食者が存在するラバスの箱庭、そしてもう一つはエルの…。


「わぁ…」


ドワーフは2部族、エルフが3部族になっている。

積極的に争いはしないが、互いを警戒しながら持てる技を磨いていくように仕向けているのかもしれない。

5つの部族の中央には大きな鉱山がある。それぞれへのトロフィーとしてミスリルでも埋まっているのだろう。

以前見た時には無かった森の傍の断崖や海があり、谷底や海中で瞬く星もあるようだ。

そして海の中にはマーマンの巨大な王国が出来ている。


「面白いね」

「ああ」

「海の民と森の民と山の民は交流していくのかな…?」

「ドワーフとエルフはそれなり交流があるだろうけれど、彼らはマーマンには気づいてないんじゃないか? 互いに住んでいる場所が違いすぎるし」

「森と海の間の平地に」


脇から白い指が伸びる。


「ヒトを置くんだ。彼らは両者の橋渡しになる」

「エル⁉」

「エル、お帰り。早かったな」


いつの間にか旅装のエルが後ろに立って微笑んでいる。


「ただいま。新しい世界の誕生が思ったよりもすんなりいったんだ」

「ああ…。”創造”の手伝いに行ってたんだ…。

 というか、いいの⁉ ヒトは置かないって言ってたでしょ? また…世界が…」


”壊れてしまったらー?”という言葉を飲み込む。

エルが頷く。


「管理課が私を助手に抜擢したのは、前の箱庭の件もあるんだと思う。…今日誕生した世界にもヒトはいて、短い寿命を謳歌し、より良い生活を求める姿は…やはりエルフやマーマンたちには無いんだよね…。あの開拓心たくましい種族がいないとやはり世界は回らないかもなぁ」

「俺みたいに捕食者作ったら? バランスのノウハウは教えられるぞ」

「僕みたいに全種族共有の天敵を作るのはどう?」


エルがニヤリと笑う。


「ありがとう。とりあえず私が導き出した答えは…文明的に優れても腕力的に他種族の脅威にならなければ大丈夫かなって…」


そう言いながらエルが砂浜に置いたレプリカは、


通常のヒトの1/10以下の大きさのヒトだった。



ここは世界創造課。

思い通りにいかない箱庭と、日々格闘している。

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