第122話 おっさんは、レイナ先生に土下座される

 決闘の宣言の翌日―――。

 カランコエ学園の騒ぎはまだ収まってはいなかった。

 決闘をするのは両校から学生を三名。

 果たして誰が決闘に参加するのか、王立校がどんな生徒を選出せんしゅつするのか、話題は決闘の話ばかりとなっていた。

 そんな中、おっさんはレイナ先生に呼ばれる。


 「お願いグラル! 一生のお願いだから! 魔法科の特別講師になって!」


 完全に不意打ちだった――。

 魔法科教室に呼び出されたおっさんの前で、レイナ先生はすかさず土下座。

 おっさんを魔法科へ強引にりこもうとしていたのだ。

 おっさんはレイナ先生がここまでするのかと、あぜんというか無様ぶざまというか……色んな感情がない混ぜになってため息しか出せなかった。


 「はぁ……!」

 「は、はじ外聞がいぶんもないの! お願いグラル……お願い、します」


 レイナ先生は頭を上げない。

 文字通りレイナ生徒は自尊心じそんしんさえ投げ捨てて懇願こんがんしているのだ。

 理由は勿論もちろん分かっている……。


 「決闘ですね?」

 「うん……このままじゃまず間違いなく負けると思う。最低でも引き分けに持ち込むにはアタシだけじゃ」


 レイナ先生の声は震えている、それだけレイナ先生もこの学園を失いたくないんだ。

 これ断ったら、おっさん間違いなく外道じゃねぇか。

 それも込みの策略さくりゃくを想像すると、人間不信になりそうだが、おっさん人道を失う気はない。


 「顔を上げてください、決闘まで、ですからね?」

 「グラル……! もちろん! ありがとうグラル!」


 レイナ先生は顔を上げると、涙目で瞳をキラキラ輝かせた。

 本当に不倶戴天ふぐたいてんで、レイナ先生は息詰まっていたのだろう。

 だがおっさんが教えたところで何かが変わるものかね?


 「で、おっさんは何をすればいい? 魔法科の授業が出来る訳じゃないですよ」

 「勿論授業はアタシの仕事よ、重要なのは誰を決闘に選出するか、グラルにも見てほしいの」


 おっさんは、それを聞くとやや目くじらを立てた。

 正直言えば学生を巻き込むのは、教師失格だ。

 とはいえ決闘の条件を付けたのは決闘相手のシドで、応じたのはこちらだ。

 カランコエ学園の存続には、必須ひっすとはいえ……生徒には過酷だな。


 「……ちなみに、王立魔法学校の生徒の実力は?」

 「かなり高いわよ、まして決闘に選出する位なら、即戦力クラスがくるでしょうね」


 即戦力か、中央集権化と人材の集中によってピサンリ王国は大陸一の魔導士師団を有している。

 街の治安維持ちあんいじにも騎士団と協力して事件を捜査している姿も見られ、大陸でも気軽に魔導士を見られるのはこのブリンセル位だろう。

 おっさんの世代だと、魔法使いは死亡率が高かったからな。

 元々数が少ない魔法使いも、戦争でつぶされたもんだから、国は急いで魔導士の教育に集中した。

 その質が、過去より良いかはともかく、水準は高いと思うべきか。


 「そりゃ厄介やっかいですね……こっちは揃いも揃って実戦向きじゃない」


 学園祭での魔法科の生徒達を見る限り、器用さや正確さにはおっさんも目を張る力はあった。

 けれども実戦向きじゃない。レイナ先生の適正の問題か、荒事あらごと向きがそもそも少ないんだよな。


 「ちなみに、もう候補はいるんですか?」

 「ううん。立候補も受けているけど、こればっかりはね……」

 「せめて対戦相手が分かればなぁ」

 「それなら多分判明しているわ」

 「えっ? レイナ先生それって――」


 レイナ先生はフフンと平たい胸を反らすと、二枚の写真を手に持っていた。


 「おじ様を脅迫おどしたら、簡単に情報げろってくれたわ」


 きょ、脅迫って……。おっさんありありとレイナ先生がおどす姿が想像できて呆れてしまう。

 レイナ先生、王立魔法学校の校長と従兄弟だもんなぁ。

 あの濃ゆいおじさんの方が立場が弱いらしいし、なによりかなりレイナ先生に対して過保護だったからなあ。


 「おじ様もまさかって驚いてた。どうやらアッチも決闘は事後承諾じごしょうだくだったみたいよ。驚天動地きょうてんどうちってのはこういうことかしら?」


 などとけたたましく笑っているが、対戦相手側からすれば、胃に穴が開く思いだったろう。

 なんとなく振り回されたマグヌス氏をしのび、おっさんから黙祷もくとうささげよう。

 ……いや、冷静に考えたら、全然マグヌス氏かわいそうじゃないわ、むしろおっさんの方が不幸だよ。

 おっさんマグヌス氏と食事する予定になっているんだけど、何言われるのか今でも恐々きょうきょうだよ!

 ブンブンと首を横に振ると、おっさんはレイナ先生がテーブルに並べた写真を見て質問した。


 「で……この写真の対戦相手は?」

 「青髪のメガネ君は、今期最優秀のウィルス君、なんともう魔導士団の推薦すいせんを受けているんだってさ」


 バストアップ写真だったが、ウィルスという青年はいかにもな端正たんせいな顔つきだった。

 いわゆるイケメン、写真だけでリア充オーラがあるぞ。

 しかも魔導士団に既に内定を受けているというのか。

 ルルルが目標としている王国魔導士団、ルルルに知らせたらどんな顔をするだろうか。

 何れにせよ本気で魔導士団を目指すなら知って損はしないだろうな。


 「そしてもう一枚に写っている子はメリッサ君、こっちもスゴイわよ」

 「うむ、たしかに……これは、スゴイな」

 「あらグラル先生、どこを見ているのかしら?」


 二枚目の写真に写っていたのは白髪の女生徒だった。

 だがなにが凄いって、制服からはちきれんばかりの巨乳が写っているのだ。

 男ならそりゃ意識しないはずがない部分に、レイナ先生は笑顔で怒っているようだった。


 「アイエ! レイナ先生落ち着いて!」

 「アタシは落ち着いているよ? むしろ慌てているのはグラル先生よね? さぁ教えて、な・に・がスゴイのかしら?」

 「レ、レイナ先生彼女の解説お願いします!」

 「むう、男らしくない……興味あるならあるって言えばいいのに……。えとメリッサ君がなにが凄いってまず彼女平民ってことよね」

 「平民……? あれ、王立学校の入学条件って」


 おっさんは矛盾に気付くと首を傾げた。

 王立学校の入学条件は貴族の子供に限っていたはずだ。

 元々は高い入学料の問題もあったが、王立校は元々幹部養成所だったと聞く。

 長い歴史の中で、少しずつ王立校の在り方は変化していった筈だが平民が、か?


 「王立校の原則は今でも貴族が中心だけど、実は例外もあるわ。特待生よ」

 「特待生……学校が費用面の一切を免除めんじょして、有望な生徒を招き入れるっていうアレ?」


 噂では聞いたことがある。

 時々飛び抜けた才能を持つ子供はいるもので、そういう子供の才能を埋もれさせない為に出来た制度だった筈だ。

 とはいえそれでも平民が特待生になれるなんて、かなり珍しい筈だが。


 「おじ様に問い合わせたんだけど、このメリッサ君ってちょっと出自が怪しいのよね」

 「怪しいって、訳ありなんですか?」

 「最底辺ボトムズ出身かも知れないって」


 最底辺ボトムズ、この街の一番底にいる住民たち。

 そしてそんな最底辺ボトムズの生徒をウチでも一人抱えている。


 「テンと同じなのか?」

 「あくまで噂だけどね、彼女が入学したときの履歴書には南街区出身となっていたみたい」

 

 もしも最底辺ボトムズだとしたら前代未聞だな。

 カランコエ学園でさえテンへの風当たりは厳しいものがあった。

 平民がたった一人貴族の子供達に囲まれるのは心細いだろうな。


 「しかし特待生ということは勿論実力は……?」

 「もうそれがやっばいの! 下手をすればアタシより上かもね」


 レイナ先生がそこまで持ち上げるなら、本物の天才か。

 いやレイナ先生の場合、自分を過小評価する節があるから、実際はどうなのだろう。

 いずれにしてもメリッサ君が神童しんどうであるのは間違いない、と。


 「勝てる気がしないですね」

 「本当にねー、この二人のウチどっちが来るかもまだ分かんないし」

 「というかどっちが来ても、死なないように逃げ回るのが精一杯では?」


 少なくともカランコエ学園にそんな天才生徒がいるだろうか?

 もしかしたら才能を眠らせている生徒もいるかもしれないが……仮に見つけられたとして残り一週間では付け焼き刃にしかならないぞ。

 魔法は一朝一夕で体得出来るものではない。

 才能が強く物を言う世界で、努力がどこまで通用するかはおっさんにも未知数なんだよな。


 「レイナ先生的には、どっちのほうが楽ですか?」

 「そうねぇ、ウィーゲル君は卒なくバランス型で、性格も品行方正、生徒会長までやっているんだって。それでメリッサ君の才能はウィーゲル君を上回る程だけど、まだ十六歳だからねぇ……」


 十六歳か……思った以上に若いな。

 それで主席の実力を超えているならこっちの方が危険度は高いか。

 いやしかし経験が多く数多の魔法を収めているだろうウィーゲル君の方が付け入る隙はなさそうか?


 「はぁ……お先真っ暗か」

 「そうよ……だから助けて、決闘に負けるのはヤダ! カランコエ学園は絶対守らなきゃ!」


 こりゃレイナ先生が土下座する訳だ。

 さてどうしたもんか……おっさんが同じ立場ならノイローゼになって吐いてるぞ。

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