ヤマなしタニなし

KaZuKiNa

第一章

第1話 おっさんは、起伏のある人生を求めない

 おっさんとは三十歳を越えた男性の事である。

 年下からは確実に気持ち悪いと言われるのがおっさんであり、臭そうと言われるのがおっさんである。

 うん、でもごめんね。おっさんは草食系なんだわ。

 三十歳を越えたおっさんが、夢も希望もすり減らせ、明日の事を考えるのも億劫になる……それがおっさんという生き物だ。


 「おっさーん! ばいばーい!」

 「ああ、気をつけて帰れ」


 おいおい、なんだなんだと思うかもしれないが、おっさん伊達に三十年も生きていないんだぞ?

 おっさんはこれでも学校の先生なのだ。どうだ凄いだろう!

 今元気に挨拶して教室を出て行った浅黒ギャルは、俺が受け持つクラスの生徒の一人だ。

 人の事を先生ではなく、おっさんと言う生意気さ、本来は注意するべきなのだが、おっさんはあえてスルー。

 だって注意しても聞いてくれないし、「淫獣に孕まされる」なんて言い触らされたら、おっさん精神弱いから首吊るよ、まじで。

 なんて被害妄想は止めといて、おっさんは放課後生徒達が学び舎を出ていく姿を見守った。


 改めておっさんの自己紹介な、おっさんの名はグラル・ダルマギク。

 三十――正確には三十と五つになるおっさんだが、とある地方都市の小さな学校で教鞭きょうべんをとる男性教師だ。

 なんでおっさんが教師なんぞ……と思われるかも知れないが、それには理由があってだな?


 十五年かそこら前になるのだが、おっさんにも親父殿がいる訳だが、とある事情で家を追い出されたのよ。

 そりゃもう辛いもんよ、おっさん必死で職を探した結果、この学校の理事長ってお方に最初は用務員として雇われた訳。

 けどそれから数年……おっさん突然理事長に教師を任される事になったのよ、いや、これがマジで。


 ナンデ? ワケガワカンナイヨー! て叫んだアナタ?

 心配するな、おっさんもそこんとこ実はよくわかってないんよ。

 というのもこの世界、まぁこれ見てる奴らは、おっさんからしたら異世界人よな?

 まぁこの世界、『エーデル・アストリア』と呼ばれる世界は、多分君たちの世界よりずっと文明が遅れている。

 世界には魔物という危険な種族や、危険なダンジョンと言われる未調査区域、復活する魔王に、それを倒す勇者……なんて事があるもう手垢だらけの世界な訳さ。


 そんな訳で、このカランコエ学校はいわゆる私塾であり、教員免許とかは存在しない、実にゆるーい、ほわほわした学校なのだ。

 とはいえそんな私塾でも、一応存在する意味はある。読み書き足し算引き算なんて初歩から、ちょっとした魔法のレッスン等、社会で生きていく上で有利になるような事を先生方は教えるのだ。

 因みにおっさんが教えるのは国語だな。おっさんでも長生きすれば読み書き等も出来るのだ!

 

 「――ダルマギク先生、この後の事なんですけど」


 わっ、学び舎の通路で思わず見惚れるような美人の同僚に声掛けられちゃいました。

 彼女はコールン・イキシア。茶髪が腰まで伸び、豊満とさえ呼べちゃうお胸は男子生徒のみならず、男性教諭にも注目の的の典型的な美人教師だ。

 生憎色気のある話ではなく、仕事の話のようだし、おっさんも別に出会いを求めている訳じゃないので、普通に接するけどね。


 「えと、担任室で明日の書類をまとめるだけですけど?」

 「あっ、それならこの後一杯行きません?」


 おいおい? まじで? あの美人で有名なコールン教諭に?

 彼女は笑顔で手をグイっとジョッキか何かを口に運ぶようなジェスチャーで誘ってきた。

 あー、はいはい。わかってますよ。フラグキターって奴でしょ?

 だが甘い、甘過ぎる。甘味のごとく甘っちょろい!

 おっさんが今更フラグなんて、これっぽちも期待してないのですよ!?


 「えと、もしかして先約が?」


 おっさん、少しテンパってると、コールン教諭は困ったように顎に手を当てた。

 お、あ、お……おっさん情けないけど、口をパクパク金魚みたいに開くのが限界だった。


 因みにコールン教諭まだ二十になったばかりの若手なのだが、一度覚えた酒の味を忘れられず、かなりの酒豪な事は周囲から知られている。

 さて……ここまでなんでおっさんがコールン教諭に行くか、行かないか答えをハッキリしていないのか、もう分かったかな、かな?


 このコールン・イキシア、酔うと非常に面倒くさいのだ!?

 くあー! 何も美人と酒を交わすのが嫌なわけじゃない、ただおっさんは一人で飲むのが好きなんだーっ!

 コールン教諭、酔うと性格変わる残念な美人なのだ、おっさんとしてはそんな幻滅する姿、そしてそんな教諭を家まで送るのが非常に面倒くさい!

 

 「おっさん! まだ帰ってねーの!」

 「コールン先生、さようなら!」

 「はい、皆気をつけて帰るのよ?」


 通路の窓から、生徒が手を振っている、それとなくそっちに向くと、年若い生徒達は皆は笑顔だ。

 ああ、やばい。段々生徒の数も減っており、ただでさえ仕事もある。

 おっさん座右の銘は『頑張らない』、人生にはオチなしヤマなし、起伏等必要ないのだ。


 そんなおっさんに無慈悲に決断させるコールン教諭におっさんは……!?


 「……行きます、はい」


 ……結局おっさんは面倒臭さなら、人間関係こじらせる方が嫌だった。

 結論から言うならば、おっさんは忍耐力が求められる。自慢の技はからげんき、オーケー?


 「やった、何故かダルマギク先生付き合ってくれないのよねー?」


 そう言うと、コールン教諭、非常に嬉しそうだった。

 そりゃあなたの酒癖を知っていれば、誰だって避けるのだ。

 もう一度言う。おっさんは起伏のある人生は求めない。

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