第3話

7

言われるがままに4階音楽室へと来てみたものの。

入りたくねぇんだよな。


テケちゃんの野郎はまだ呑んでいくとか言ってついて来なかったし。

本当に心配なんて一つもしてないんじゃ無いだろうな。


「ダダダダーン!!ダダダダーン!!」


ほら、うるさい。

入りからうるさい。


一応、これは一応礼儀としてだよ。

礼儀として、あたしは音楽室の白が濁ったような色の扉をノックする。


ゴンゴンゴン!!


ドアノック系お化けの自分的には、ブチギレるかも知れない程度で手を扉にぶつける。


みんなには理解して欲しいけれど、トイレの花子さんを呼ぶ時は絶対にこんな事はしてはいけないぜ。


もし、扉を破壊なんてされたら、敷金で賄えないくらい笑えない状況になるからな。

気をつけろよ。


「ダダダダーン!!!ダダダダーン!!!」


中の声が大きすぎるな。

この程度のノックではノックの役割を果たさないか?


ドンドンドン!!

アイちゃんいるかー!!!


次はなけなしの大声さえあげてやった。

これでも聞こえないのか。

チクショウ、もう他に音出す方法ないぜ。


テケちゃんさえ居れば、ペタペタ床を歩かせれば万事解決するのに。


最愛の友人を心のうちで馬鹿にしたところで、目の前の扉からガチャっと、鍵のはずれる音がした。


「呼ばれて、飛び出て、ダダダダーン!!!!」


白髪、ケツアゴの肖像画があたしを前にして、大声で喚き散らす。


ちょっと、静かにしてくれないか?変態ガラス野郎。


「変態ガラス野郎とは失敬な。わたくしこそはかの『運命』のベートーヴェンであるぞ。控えろ、愚民が。」

ダダダダーン!!!!!っと更に音量を莫大させる。


うるっさい!

もう……死ね!


語彙力小学生のあたしの罵倒が無常にも空に散っていく。いや、音に食い散らかされていく。


「何だって?聞こえないぞ。もっとフォルテに喋れ。」


ここであたしは鉄拳制裁を喰らわした。

ベートーヴェンの写真入りの額をぶち壊し、腕さえ貫通しうるほどのイメージで叩き込む。


もちろん、ゴリラの腕を持たないあたしだから、粗雑で無いあたしだから、テケちゃんでは無いあたしだからガラスにヒビの一つも入れない程度の威力で抑えた。


「痛い!えっ?何どう言う状況?」


今日、お前はベートーヴェンに乗り移られていたみたいだぜ。アイちゃん。


「あれ、わたくしまたやってしまっていたのね。ポコアポコでも抑えていかないと。」

ベートーヴェンの肖像画はその風体に似合わないソプラノな声で自身に語りかける。


彼女こそはわたくしこと、『音楽室の動く肖像画』の正体、肖像画の入った額のアイちゃんである。


あだ名の由来はガラス面に二つ申し訳程度についた目が愛らしいからアイちゃんである。


「スッキリするのよね。誰か別の人物に頭を、選択を任せられるというのは。」

名実、性質の奇想天外な彼女であるが、趣味はこうして自分の入っている肖像画の人物になりきる事であるのだ。


先ほど、乗り移られていたなどと、ベートーヴェンさんには失礼を言ったが、実際は彼女の演技100%で出来ているので悪しからず。


「して、どうしたんですの、フラワーちゃん、もとい、加害者ちゃん?」


加害者ちゃん?

結構な言われ方だな。

証拠でもあるのかよ。とミステリの本当の犯人しか言わないような返答をしてしまった。


ここで、証拠でも出てきたら本当に犯人になりかねない博打だけれど。


「あるんですのよ、それが」


あるんだ。

あっさりと博打に負けてしまったぜ。

ではでは、第一犯人候補として聞こうじゃ無いか、聞かせてもらおうじゃ無いか。


「あれは今晩、そう事件が起きた時のほんの数分前後でしょうか。わたくしたちはとっていたんですよ。」


撮っていたというと、映像でも撮っていたのか?

ここまで自信を持っているとはあたしがまさか映り込んでる事はあたし自身が否定できるけれど。


「いえいえ、とっていたと言っても、撮っていた訳ではありません。わたくしたちは音楽室の音楽家ですよ。」

「撮っていたのではなく、録っていたのです。学内の音をね。」


この音楽家かぶれは学内の音を録っていた。音楽室に取り残されていた機材を見事に利用して、音源採集を行っていたと言うのだ。


「わたくし自身はそこには居ませんでしたがね。犯人自体を見る事は出来ませんでした。もちろん、スタッカートでない証明。アリバイはありますよ。」

「今晩、わたくし達は来月行われる新入者歓迎音楽会の練習をしておりましたから。」

混声合唱をやるんですの、フラワーちゃんもきてくださいね。入れ違いにならなければ。


ズケズケものを言いやがる。

おい、何も説明されてないぜ。

音を録ったと言ったが、どんな内容か教えろよ。


「まぁ、荒々しい。急かさなくても教えてあげるどころか、生の音声を聞かせてあげますよ。」

よく耳をお澄ましください。


音は無音で始まる。

ところどころ、昔のテープのような切れ切れ音が入るが、基本音は精密に正しく届いている。


コンコンコン

「花子さん、いますかー?」


コンコンコン

「はーなこさん、遊びましょ!」


「もう良いや、行こう。」

「次はどうする。音楽室とか?」

「いいね、それ。」

「余裕そうに言って、かなこ凄いビビってるじゃん。お化けなんているわけないのにさ」


チカっと、人感センサー付きのトイレ内の照明が暗転する音がする。


「ここから左折した方が階段に近いね」


ギー、ギー、ギー


「えっ、何?えみ、なんか言った?」

「何も言ってないよ。かほじゃないの?それなら、さら?」


ギー、ギー、ギー


「どこ、何?」

「暗闇の方から聞こえる、何か来てる。」


「キャーーーーー!!!!」

声にならない阿鼻叫喚が録音機材から爛れる。


ゴンッ。


「痛!ちょっと、みんな待ってよー。」

グショグショと、泣き喚き、目から鼻から、汁を垂れ流す音が響く。



ブツっと音が切れる。


「ほらね。貴方が犯人でしょ。」


待て待て、今の音声でなぜ、あたしが犯人だと断定できる。牽強付会な答えだったら、今度こそ叩き割ってやるぜ。


「説明するとさ、彼女達はあなたのトイレから出てきたところを暗闇の中から誰かに迫られ、柔い手すりに体をぶつけた。ということになるのだけれど、その迫った誰かさんをあなただとしてる訳。分かるわよね。」


柔い手すり、手すりどころか、エレベーターまで完備のバリアフリーの広がる学校で良かったと思った。

万一、手すりがステンレス製で先がノンカバーだったら、流血沙汰になっていたかも知れない。

改めて、安堵する。


「でも、仕方ないわよね。だって、誰もいないんだもの。他にお化けも、幽霊も、そう貴方のルームシェア仲間の神様だっていなかったでしょう。でも、貴方が居たんだから。」

犯人は貴方しかいないでしょう。


いやいや、でもそれだけでは犯人とは言えかねないだろう。


「音声中にあった。ギーギーギーという音。これは貴方がトイレのドアを開いた音ではなくて?」


違う、あたしは決してドアなんて開いていないのだ。開けたくても、開けられない事情だってあったんだぜ。

心のうちで情けない事情を打ち明ける。


似てるけれど、違う音ってことではないのかよ。


「音は集めるけれど、詳しいことは分かりはしないわね。監査部隊の腕の見せ所ね。」


あんな信用ならない奴らに任せられるか。

色々な知り合いが奴らの杜撰な捜査で悪者に仕立て上げられてきた。

本当に今度はあたしの番という訳だ。


音、ギーギーギーという音。

毎日、あたしは聞いているドアの開閉音。

意識してさえいれば、確信を持って違う音だと分かるはずなのに。


今から、聞きにいくか。

いや、聞いても無駄だろう。

監査部隊は悪者が誰でも良いのだ。

そのギーギーという音が、開閉音とは違うだけでなく、他の何かであるという意見を述べなくてはならないのだ。


音はやや錆びる家の扉に確かに似ているが、何か少し違う、ゴムのようなそんな感じがする。


「話は変わるれど。テッケちゃん、みませんでした?貴方達、お友達でしょう。」


お友達?あぁそう言えばそうだった。

テケちゃんていう友達がいたんだった。

裏切られたけどね。友より酒を取ったこと、まだ、忘れちゃいないぜ。


「テッケちゃん。あの時、そうあの事件のそれも前後いつだったか、練習から抜け出したのよね。ちょっと休憩とか言って」

「確かに、ちょっと時間のたった後、戻ってきたんだけれど、あぁ言うの控えてもらえないかと思ってましてね。皆さんのやる気も削ぎかねないの。」

心底悩ましいようにアイちゃんは悪態をつく。

テケちゃんは基本的マイペースな生き物だから仕方ないと思うけれど、まぁ一応困っているようだし伝えてやるか。


いいぜ、とあたしは返答する。


ありがとう!と脳裏に流れていく。

テケちゃんの野郎、当時4階にいたって言ってたが、音楽室で歌の練習をしていたわけか。

なるほど、なるほど。


それで、事件の前後。

ちょっとだけ、練習を外れたと。

なるほど、なるほど。


深く深く考える。

ペタペタと思考が支配されていく音がした。

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