エッセイ

柳家花ごめ

多分一生忘れない

小学校の同級生で、放課後よく遊んでいた女の子がいる。



家も近所で、私が彼女のお宅にお邪魔する事が多かったと思う。二人してインドア派な子供だったため、大体は絵を描いたりゲームをしたりして過ごしていた。




 事件は、いつもの様に二人で漫画を読んでいた時に起こった。



「おやつ持ってくるね」と言って部屋を出ていった彼女が戻ってくると、その手には煎餅やクッキー、飲み物、袋入りの唐辛子が載ったお盆があった。









 唐辛子が載っていた。









 乾燥され、鮮やかな赤色の細長い形状の香辛料。「鷹の爪」とも呼ばれるアイツ。間違いない。絶対に唐辛子だ。と言うか、袋に「唐辛子」と書いてある。



当たり前の様におやつに唐辛子を提供され、私は事態を飲み込むために小さな脳をフル回転させる。



彼女は、辛いものが好きなのだろうか?もしかしたら、日常的におやつに唐辛子を食べているのかもしれない。いや、しかし、いくらなんでも無加工の唐辛子を直でいくのは考えにくい。

あるいは、新手の意地悪だろうか。私が何か、気に障ることをしてしまった?




 結局、本人に聞く事にした。




「これ……唐辛子だよね?」


「違うよ、スナック菓子だよ」











 何を言ってるんだお前は。









 いくらぼんやりした小学生でも、100%の唐辛子とスナック菓子の区別はつく。


 それともやはり、この子はいつもスナック感覚でこれを食べてるのか?だとしたら怖すぎる。



「すっごく美味しいよ。ほんと。食べてごらんよ。唐辛子じゃないから」






 オススメするんじゃない。






 あと今、唐辛子じゃないとかなんとか言ったが、これは唐辛子だ。豪速球でウソをつくな。




 考えられる可能性は3つ。


・彼女は本当にこれを、唐辛子じゃないと信じている


・彼女の家庭では、これを「唐辛子」と呼ばず、「スナック菓子」と呼んでいる


・ただの冗談





 ここでようやく、私は安堵した。


 なんだ、ただの冗談か。あまりにも急角度の冗談で、すぐにその可能性に思い至らなかった。



 私は努めて明るい声を出し、唐辛子の袋に手を伸ばす。



「本当にー?食べちゃおっかなー?」


「食べて食べて、美味しいから」




 彼女の調子は変わらない。どうやら、冗談のトーンではない。不穏な空気が漂い始める。




「え、いや…本当には食べないよ…?」


「本当に美味しいよ!あ、じゃあ私が先に食べるね!」




 そう言うやいなや、彼女は袋を開けて、中の唐辛子を丸ごと一つ口の中に放り込むと、そのまま咀嚼を始めた。





一瞬の沈黙。





「…ーーー!!!!!!」




次の瞬間、彼女は口元をおさえると、その場に突っ伏して転げまわり出した。


「…大丈夫?」


思わずそう聞いたが、大丈夫な訳が無い。とりあえず一緒に持ってきた飲み物を差し出すと、それを一気に飲み干し、そのまま部屋をとびだして行った。何が起きたか飲み込めずに唖然としていると、水がいっぱい入った大きなコップを持って戻って来た。足りなかったらしい。



ものも言わずに凄い勢いで水を飲む彼女。泣いていた。





 友達が涙を流して苦しんでいるのに、一切の同情も共感も「助けたい」という気持ちも湧いてこない冷酷な状況に、一瞬自分が鬼にでもなった様な錯覚に陥って罪悪感を覚えるが、騙されてはいけない。「自己責任」という言葉は、こういう時のためにあるのだ。



しかも彼女はこの期に及んでまだ


「おいし…美味しいよ……食べて…」


などとほざいている。ここまでくると最早ホラーである。






 結局、その後三杯ほどの水を一気に飲み干し、ようやく落ち着いた頃には口の周りが赤く腫れ、口数が激減していた。漫画を一冊借りて帰った。





 結局最後まで、何がしたかったのかさっぱり分からなかった。彼女とは今でも交流があるが、あの日の事は怖くて聞けないでいる。

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