第5話「嫌な予感」


 教室、窓辺の一番端の席。

 普通の高校生なら当たり席とも言える最強の場所が俺の席になっていた。どうやら、先週の金曜日にやったくじ引きで尚也が代引きしたらここになったとのことらしい。


 感謝はしているがその気も失せるほどに、昼飯を食べ終わった俺はぐったりと机に突っ伏していた。


「いやぁ、とんだ災難だったなぁ~~はははっ‼‼」


 高校初日、入学式にも参加できなかった陰キャでボッチだった俺はなるべく悪目立ちしないように、浮きすぎないように胸に刻みながら登校していたのだがそれは今朝の段階で瓦解した。


 そう、ここで笑っている誰かさんのせいで。


「誰のせいだか理解してないのか?」

「ん、もしかしてオレ??」

「他に誰がいるんだよ……高校初日からもう終わったぞ、俺の高校生生活がよ!」


 何が『オレ??』 (°д°) だよ。

 こっちはいたってまじめに考えているんだ。尚也みたいな交流関係があればいいが生憎とそんな経験も関係もない。


「まぁまぁ、そう焦るなって~~ほら。いつもは俺くらいしか話せる相手いなかっただろ? それがたったの初日でクラスメイトの半分から声をかけられたんだぜ?」

「声をかけられて親しい中になったわけじゃないんだが? というか、俺は程よく友達を作ってひっそりと高校生活を満喫したかったんだ。ボッチを貫くわけじゃないが、有名になろうなんて考えてないんだよ!」

「彼女はほしいんじゃないのか?」

「彼女はな、図書室にでも赴いてそこでたまたま見つけた眼鏡かけた実は美少女系地味子と密かに密会を重ねる……そうしてそこに生まれた友情が高校2年生になったあたりで爆発して付き合うんだよ、俺は」

「……」


 俺は正常。

 いたって真面目だ。


 だが、自慢げに言っておいてなんだが――黙らないでくれないかなコミュ力お化け。リアジュウバクハツシヤガレ。


「おい、なんか言えよ」

「いやぁ……これはこじらせてるなと。マンガじゃないんだからな?」

「い、いいだろ! 俺の夢なんだよ」

「まぁ夢は否定しないが……現実見ようぜ、それじゃあ彼女の一人や二人出来ないぞ?」

「彼女は一人でいいし、浮気なんかする予定ないわ」

「そういう意味じゃないわ。彼女の総数の話だっ」

「……同じだよ、どっちも」

「?」


 ぼそっと突っ込むと頭の上にはてなマークを浮かべる尚也。

 俺はいたって普通にものを言っているつもりではあるが。尚也が理解できないのは無理もない。


 尚也のように中学だけで彼女の総数が五人を超えるような人には俺の一人を愛したい気持ちなどわかるわけもないのだ。


「ははーーん。そうかそうか。樹、お前あれだろ。勘違いしてるな?」

「な、何がだよ」


 またもやあの日のような不敵な笑みを浮かべる腐れ縁。


「あのな、俺は別に一人の人間を愛してなかったわけじゃないぞ? 一度付き合わないと誰が相性がいいのか分からないこそ、多くの人と付き合うべきなんだぜ?」

「し、知るかよ……いいんだよ。俺は俺で何とかするから」

「あれま違ったかね?」


 間違ってない。

 ていうか、なんだ。陽キャは人の心を読めるのか?

 

「あぁ、そうか。樹には有名で完全無欠な先輩がいるからか」

「は? 誰だよ、有名で完全無欠な先輩って……」


 ん、あ。

 まさか……⁉


「お、おいそれって――!」

「氷波先輩、我らが完全無欠の冷徹姫がいるんだもんな~~」


 ニタニタ笑い。

 何度見ても殴りたくなる顔だ。


 無視していくのが得策なのはわかっていたが、あまりそういうことを言われるとあんなことやこんなことが噂となって流れかねない。


 正直、あの人にはもう俺のことを考えてほしくはないのが本音だ。

 しっかり否定して、あらぬ勘違いを生ませないようにするべきと判断してすぐに返した。


「—―別に何のあれもない。冷徹姫は冷徹姫らしく、俺には感謝だけして帰ったからな」

「そうなのか? 意外と薄情だな」

「薄情ってなにも今更なんじゃないのか? 冷徹なんだろ?」

「冷徹って言っても、意外と優しいところもあるのが普通だろ……そこまで徹底して冷徹だとただのやばい人だろ」


 まぁ、確かに。

 そこはしっかり否定しておこう。


「言葉が足らなかったかもしれないな。とにかく、ものすごく謝罪してくれたぞ。尚也がくる以前に俺が目を覚ますまで横にいてくれたからな」

「おぉ、それは――恋かな?」

「まさか。俺なんか何にも思ってないって――」


 そう、否定した瞬間だった。





「っ――あの、藤宮樹くんはいますでしょうか?」





 突如、教室中を覆い囲むようにして広がった美声。

 誰もが聞き覚えのある声に動きを止めて、その視線は一気に教室の外。黒板側の扉のほうへ向かう。


 そこに立っているのは――氷波冬香ひなみふゆか、その人だった。


 凍えるような雰囲気を醸し出し、溢れんばかりの美しさをまき散らす彼女。見えるものすべてが美しく、時が止まったかのように思える。




 —―え、俺?


 



 そして、すぐに時間は動き出す。

 ほんの一秒前まで扉に向いていた視線が踵を返して、一気に俺に集まった。


「……おいおい、冗談で言ったのに。ほんとなのか?」


 そして、前の席から真面目に驚いた顔で訪ねてくる尚也。


 正直、予想などできなかった。

 確かにあんな風に言っていたけど、まさか教室まで来るとは思っていなかった。

 たまたま廊下ですれ違って話をする程度。所詮その程度だろうと高をくくっていた。


 だが、現実は全く違っていた。


 なぜなら、彼女がそこにいるからだ。

 今まで誰とも話さず、なかよくするそぶりすら見せていなかった――そして一年生にも伝わるほどに有名で噂の完璧美少女。


 冷徹姫がわざわざ一年生の教室に赴いて名前を呼んでいる。

 その事実がクラスメイト達に衝撃を与える。


「まさかそんなわけ――」


「「「「「「えぇぇぇええええええ⁉」」」」」」

「おいおいおい、まじかさすが英雄さんだな!」

「あの冷徹姫に御呼ばれってなんだよ!」

「てかマジでかわいいな!」

「きれいすぎだろ、やば!!」

「なんか目が柔らかくね?」

「きゃ! 色恋沙汰かしら?」


 伝染する興奮。

 至極まっとうな反応で俺はうろたえることしかできなかった。


 しかし、その雰囲気を察知したのか、氷波先輩はあの座った冷たい目を浮かべて、俺のほうへ一直線。


 右手を掴み、ひっぱり上げられて、子供のように立たされる。


「あ、え……」

「いいからっ」


 強く言い放ち、圧をかける。

 さすがに答えざるおえない。


「は、はいっ……」


 そうして、高校初日の昼休み。

 俺は親猫に連れていかれる子猫のように教室の外へ連れていかれるのだった。










 

 

 

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