第1話「冷徹な氷姫を助ける」


 尚也が走り去った後、俺は一人、賑やかな朝の登校道を歩くことになった。


 今更な話というか、今までが異質だったというか、一人というのが一番似合っていうか。


 一人でいるほうがどちらかというと肌に合うと思っている。





 さ、寂しくはないし別に。






 もともと、俺みたいなやつは尚也のような明るい人とは関わらないし、話せているのも幼馴染で腐れ縁って仲があるからだ。


「にしてもサッカー部の見学ねぇ……」


 さすが体育会系だ。

 俺なんて走るのも嫌なのにな。よくやるよ。


 趣味はないのかとよく聞かれるが本当に趣味はない。


 家に帰ったら話題のアニメを少し見るだけで、しいて言うなら人間観察くらいだ。


 まぁ、そんな生活を続けているせいか――俺が「彼女ほしいなぁ」というと母親と妹に「彼女よりも前に友達作りなさいよね」と念を押されてしまっている。


 情けないがこういう性格なもんで仕方ない。


 それと、言っていなかったからいうが俺にはかなり可愛い妹がいる。かわいいという点で俺を超えていると思うが加えて性格も真逆で明るく優しい。成績だってそこそこな俺よりも優秀だ。


 そんな妹に「友達作りなよ」と言われるのはちょっと痛い。


「—―あ」


 と。

 くだらない話なんかどうでもよくて、ようやく高校が見えてきた。

 

 俺の通う高校は北海道の札幌市にある公立高校。道民なら分かると思うが入試では裁量問題というのがとられていて、そのおかげで一応進学校の類である。


 なぜ入学したのかと聞かれれば特に理由はなく、しいて言えば尚也が行くと聞いたから。先生になんでいきたいのか詰められたときは苦労したが、正味高校なんて所詮そんなものだと思っている。


 ちなみに尚也はスポーツ推薦で、俺は一般入試だな。


 ――と、俺のような凡人はさておき、トップはかなり層が厚いらしい。


 やはり地元の天才が集まってるっていうのもあるし、公立高校ということもあるのだろう。伝統的に地域密着型でコミュ力が高い生徒が多く、部活もアクティブ。加えて校舎は最新の設備が整えられているときた。


「そりゃ華々しいわけだな……」


 高校のそばまでくると同じ学生服を着ている人も多く、友達と一緒に来ている学生やカップルの姿も見受けられて燦々さんさんとしていた。


 俺の入る余地がなさそうでちょっと心配になってくる。

 さすがに中学とは違うし、いじめられるなんてことはないだろうけど。


 


 —―交差点に差し掛かった、その瞬間だった。





「ふぅ――—―っ」








「—―――――っえ?」







 

 吐息交じり。

 ぼーっとあくびをしながら信号が変わるのを待つ俺の前には現れた。


 小風で舞い上がる宝石のように輝いた白金色の長髪に、風に乗って鼻腔を刺激する心地よいほのかな柔軟剤の香り。


 真冬の如くあたりを凍らせる碧色の鋭い眼光が冷徹さを物語っていて、リップが塗られた朱色の唇が色っぽさを滾らせる。



 美しく逞しいまさに数億年に一度の美女がその大人びた横顔が俺の真横にぴったりとつけていた。


 そう、言わずもがな周りにも異彩を放つ彼女は――見覚えがある。


 ついさっき、尚也から見せてもらった写真。


 文武両道、容姿端麗、すべてにおいて何もかもを凌駕する噂の女子高生――名前を氷波冬華ひなみふゆかだった。




「綺麗……」

「うわぁ……やば」

「あの目怖いけどぞくぞくするなぁ」

「モデルさんかな?」

「噂の先輩だよ!」

「名前は確か――氷波先輩!」

「学校じゃ学年トップで運動もできるらしいぜ?」

「冷徹姫!」

「生徒会長で完璧らしいよなぁ」



 

 理性だとか頭だとかで考えるよりも先に出てくる直感的な言葉が周りから次々と飛び出てくる。


 見てはいけないと思いながらも見つめてしまう。


 かくいう――俺も、喜々として見惚れてしまっていた。


 いや別に、女子っ気のない女々しい男だから久々にそばで拝めて最高だとか、そういうことじゃない。


 ――でもそんな彼女を見て胸躍らせずにはいられなかった。


「って、」


 だからってやめろ、見るのやめろよ俺。



 でも綺麗すぎる。むしろ怖いまである。


 てかなんなんだよあの先輩、美女すぎるだろ!

 問答無用だ。一騎当千だ。暴虐的で壊滅的で爆発的なほどに美女だ!


 こんなの惚れないはずがない――いや、恐れ多すぎて惚れられない!




 あまりの美しさに恐怖心抱かずにはいられないレベルだ。

 初めて好きになった女の子忘れちゃったよ。



 ほんと……すごい。


 写真で見たよりも本物のほうがいいだとかよく女優を生で見た人が言うけど、なんかその気持ちが少しだけわかった気がする。


 瞳の圧と、まき散らすオーラが市民のそれじゃない。



 もう何秒見てたかわからなかったが――見つめてしばらくすると信号が青に変わり、彼女は歩を進めた。


 明らかに違う雰囲気を醸し出しながら 歩いていくその姿を見ていて俺は足が動かなかった。


 



 俺では並ぶことすらできない人間の背中がどんどんと離れていく。

 



 —―――その刹那。




 ギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギィィィィィィィィ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!





 壮絶なる騒音だった。

 道路のコンクリートがタイヤを削る音があたりに鳴り響く。


 ハッとしてその音へ目を向けるとそこにはすさまじいスピードを出した車が止まり切れず急ブレーキをかけているのが見えた。


 車体が曲がり、斜めのまま突っ込んでいく。


 

「きゃああああああああああああああああああああああ!!!!!!」



 一人の女の子が叫び声をあげた。

 民衆の視線が車に行く中、その止まらない車の先には横断歩道を渡っている氷波先輩が目に映った。



 直感する。


 —―やばい、あのままでは先輩が死ぬ。


 そう、頭で考える中。

 状況の理解は一瞬で俺の体はいつの間にか動き出していた。





 地を蹴る右脚。


 いつもよりも流れが遅く見えて、活性化した視界と神経がすさまじい速さで俺の体を動かしていた。


 足が確実にいつもよりも速い。


 何かに追いかけられてたほうが足が速くなるとは言うけど、切羽詰まった人間が出す力は計り知れない。


 あっという間に氷波先輩の体がそばにあって、逡巡する間もなかった。




 一瞬。

 コンマ一秒のその先。



「危ないっっ――‼‼‼‼‼‼」





 目を閉じて身を投げる。

 気が付けば俺の体は彼女の体を抱きしめながら車をぎりぎり交わして空を舞っていた。





 衝撃はない。

 このまま落ちる。



 先輩も大丈夫。



 いけ―――——―










 —――――—ドダンッ‼




 激痛が背中と頭に稲妻のように駆け抜けて、視界が一気に揺らいだのを理解したのも束の間。




 あれ、おかしい?



 音が、聞こえない?



 今度は視界も見えなくなってきた……。



 どんどんと意識が遠くなっていく。





「あっ……れ……?」




 やばい……これ、死ぬやつだ……。





 意識が……どん…………どん……。






「—―だ、だいじょ――――うぶ――――っ⁉」





「あ、れ……」





 無事……だったみたいだ……な……。





 なら、まぁ――――いいか













 そして、俺の意識はぷつんっ――と切れたのだった。





 



















 


 

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