第二話 金髪美少女、異世界から来たらしいんだが

 俺は幾らか走ってから、ようやく少女の手を離した。ゆっくりと呼吸を繰り返しながら、彼女の方を向く。


「ええと、その、急に割り込んじゃって悪かった。でも、ああいう奴についてくの、絶対危ないと思うぞ? その、多分家出かなんかだと思うけど、やっぱり家に帰った方がいいんじゃないかって思う。怖い目に遭ってからじゃ、遅いからな……」


 少女はぱちぱちと瞬きしながら、俺の話を聞いてくれた。俺が口を閉じると、少女は驚いたような表情を浮かべて、身を乗り出す。


「ええっ、わたくし、危ない目に遭いそうになっていたんですか?」

「いやどう考えてもそうだろ! あのおじさん、明らかに下心あったよ!」


「し、下心……!? ということはわたくし、あのままあの方についていったら、ちゅ、ちゅーとかされちゃってたってことですか〜!?」

「ちゅーどころの騒ぎじゃないと思うけど!」


 俺のツッコミに、少女はきょとんとした顔をして、「ちゅー以上……ということは、はぐ……?」と呟く。


 もしかしてこの子、そういう知識に死ぬほど疎い……?


「えーと、君って何歳か聞いてもいい?」

「わたくしですか? 十七歳ですよ!」


 十七……というと、高校二年生とか高校三年生くらいか。謎が深まってしまった。いや、見た目は確かにそれくらいに見えるんだけれど、これで実は小学生だったりしたら、知識不足の裏付けが取れたというか。


「ちなみに、お兄さんは何歳なんですか?」

「俺は十八歳、大学一年生」

「お名前をお聞きしても?」

樫木要かしきかなめ。名前で呼ばれることが多いから、要でいいよ」


「わかりました、カナメさん。あっ、わたくしは、ヘレザ=ティールアノンと申します!」

「ん、へれ……?」

「ヘレザ=ティールアノンです。へレザが名前で、ティールアノンが苗字ですね。どうぞ、へレザとお呼びください!」


 少女――へレザは、どこか得意げに胸を張る。流石にキャサリン(あのとき咄嗟に考えた少女の名前)ではなかったようだが、それにしても外国の人っぽい名前だ。


「そうすると君って、留学生だったりする?」

「いえ、違いますよ? わたくしは、遠くの異世界ストルリアンから修行のためにやってきた、魔法使いなんです〜! えっへん!」


 ……なんか急にすごいこと言い出したぞ、この子。


「あ、そういう設定、ってこと?」

「えええ、設定じゃないですよ〜! ほんとです、ほんと! 信じてくださいよ〜!」


「いやその、急すぎてついていけないというか、固定観念が邪魔をしているというか」

「むう、そうしたら仕方ないですから、一つ魔法を見せてあげましょう!」


 そう言うとへレザは、ワンピースの胸ポケットから小さな棒のようなものを取り出す。それを持って、目を閉じた。


〈ロゼリステンに告ぐ、この町に雪を降らせよ――〉


 少女の瞳が、見える。


「ええと、ろぜ……って何?」

「魔法を司る精霊のことですよ!」


 胸を張る少女の姿が、小さな白い粒によって少しだけ隠れる。

 空を見上げると、先程までの晴れた夜空はどこへやら、雪が降り出していた。


「えー、ヤバ、雪じゃん!」

「まだ十一月なのにね、天気予報こんなこと言ってなくね?」

「それなー」


 近くを通り掛かった二人の女性の会話を聞きながら、俺は呆然とへレザのことを見ていた。


 えええええええええええ!? 本物の魔法使いだあああああああああああ!


 口をぱくぱくさせている俺に、へレザは思い出したように手を叩く。


「そうだ、泊まる家を探していたんでした! カナメさん、わたくしを泊めてくれませんか?」

「えっ」

 俺は固まりながら、思考を巡らせる。


 美少女なのに性に関する知識が小学生レベルで、しかも寝泊まりできる場所を探している→悪い奴についていきそうで、危ない!

 マジモンの魔法使い→悪い組織に実験台にされそうで、危ない!


「……いいよ、一人暮らしだし。狭いけど」

「ほんとですかあ、うわーい、ありがとうございます、カナメさん!」


 ぴょんぴょんと跳ねているへレザに、俺は「どうしてこうなったんだろう……」と思いながら、夜空を見上げた。割とガチで雪が降っているので、寒かった。

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