028:最近好きな人の様子がおかしいんです…
最近、ノクティスさんの様子がおかしい。
あたし達を付きっきりで見守ってくれた期間が終わって、魔王軍幹部のデュラハンを倒したかと思ったら……変な噂が飛び交い始めて、色々とおかしなことになっているのだ。
ノクティスさんのお家から悲鳴? 喘ぎ声? が聞こえるとか、スケルトン? アンデッド? をお家に連れ込んでヤバいことやってるとか。
ハテナマークが多すぎてあたしも困惑してるんだけど、とにかく意味不明で真偽不明の噂に違いない!
だって有り得なくない? ノクティスさんは、あたしと同い年くらいのカミナさんをお家に住まわせてるんだから。
カミナさんがいるなら、そんなアンデッドとかスケルトンを連れ込むのは無理でしょ〜。そもそもモンスターは恋愛対象じゃなくて討伐対象だしね常識的に考えて。
あたしだけじゃなく、ダイアンとティーラもその噂に怒ってる。
許せないよね! ノクティスさんのことをバカにする嘘っぱちの悪評だもん!
きっと……いや絶対! モヒカンアンチの冒険者が流したんだよ!
実際に最も多く聞かれる噂は、「ノクティス・タッチストーンがスケルトンに対して欲情し監禁プレイをしている」という荒唐無稽な話。
これはあたし達みたいな新人の育成に力を入れているノクティスさんの名誉を著しく毀損するもので、誰が流したのか分からないけど本人が精神的な傷を負ってしまいそうというか、あたし達の怒りが収まらないんだよね。誰が流したのか特定して訴訟してやろうかしら。
「……クレアさん!」
「あら、ミーヤちゃん。ダイアン君とティーラちゃんはいないんですか?」
「今日は休養日なんです!」
「なるほど……じゃ、今日は私に用かしら?」
あたしは夜のギルドに潜入すると、ノクティスさんと仲の良い受付嬢のクレアさんに話しかけてみる。
具体的に何か用があって話しかけたわけじゃないんだけど、クレアさんはあたしの話を全て聞いてくれた。
「ノクティスさんの噂……かぁ。最近ちょくちょく聞かれますよね」
「何か知りませんか?」
「う〜ん……彼がそんな人とは思えませんけど、火のないところに煙は立たないと言いますし……」
「じゃあクレアさんはノクティスさんの噂を信じるんですか? 常識的に考えて、アンデッドにしか興奮できない人がいるわけないじゃないですか!」
「それはそうなんだけど……動物系のモンスターを恋愛対象にする冒険者もいるしなぁ……」
「!?」
クレアさんも噂のことを知っていたらしく、物凄く微妙な顔をしつつもあたしとの会話を続けてくれる。
どうやらクレアさんも噂の真偽に興味があるっぽい。
でも、クレアさんは大人だから……「結局ウワサはウワサでしかないわけです」と言って会話を打ち切った。
「そんなに興味があるなら、
「ありがとうございました! お時間取らせてすみません、それじゃあたしはこれで!」
「おやすみなさい〜」
あたしはカウンターから離れると、辺りを見回してクレアさんの挙げた人物を探し始める。
仮にシャーナイさんやココンさんがいても、ちょっと話しかけづらすぎる。だってAランク冒険者なんだよ? 格が違いすぎて怖い……。
ノクティスさんもAランク冒険者だけど、それに気付いたのはある程度仲良くなった後だし。
ほら、違うじゃん。知ってるのと知らないのとじゃ、全然さぁ。
みんなもあるでしょ。相手が目上の立場だって知らなかった結果、思い返した時にヤバいくらい失礼な発言しちゃってること。
少し違うかもしれないけど、目上の人に失礼なことしちゃうのが怖くて躊躇しているのだ。
もはや「見つかりませんように」と願いながらギルド内を散策していると、視界の奥でココンさんが椅子に座っていた。
こんなに夜が遅いと言うのに、何かしらの本を読んで……資格の勉強だろうか。お酒をちょびちょびと嗜みつつ、真剣な表情でペンを動かしている。
ノクティスさんと一緒にいて思うけど、やっぱりAランクの人って物凄く勉強熱心だ。意識が高いというか、知識のアップデートを怠らないというか……。
…………。
いや、話しかけづらっ!
お勉強の邪魔なんて絶対できないよ!
というか、あたしも勉強しないとダメじゃん!
クレアさんが塩対応だったのも、暗に勉強しろよって思ってたのかもしれない……!
……帰ろう。帰らなくちゃ。
Cランク冒険者になるための勉強をしよう。
あたしよりランクの高いココンさんが勉強してるのに、こんなことしてる場合じゃないよ。
噂に踊らされていた己の行動が、急に恥ずべきことに思えてくる。
毒にも薬にもならない愚行に走るよりも、生き残るための知識をつけるのだ。
こうして踵を返して家に帰ろうとしたあたしの背中に、気だるげで甘ったるい声が飛んできた。
「そこの〜……ミーヤちゃんだっけ? ボクに何か用?」
「ヒュッ」
「あ〜驚かせちゃった? でもこっちチラチラ見てるのバレてるよ〜」
声の主はココンさんだった。
ハイライトのない目。目の下に黒々と表れたクマ。メッシュの入ったショートヘアの隙間から覗くピアスまみれの耳。機能性重視の軽装備と、背中に背負った正統派のロングソード。
街で見かけたら絶対に話しかけたくない……んだけど、逆に目で追ってしまう、危うい魅力のある女の冒険者だ。
ノクティスさんといいココンさんといい、見た目は個性的なのに中身がしっかり社会人してるのはカッコイイ。
でも……やっぱり怖いよ!! 見た目が怖くて立場も上って、あたしみたいなヒラからしたら普通に怖くて堪らない人なんですけど!!
「あっあのあの、あはは」
「え、どしたん? 話聞こか?」
しかし、ぐいぐいと距離を縮めてくるココンさんから逃れる術はなかった。
ちょ、何か手をめっちゃ触られて――っ……!? て、手のひらの皮が厚っ……!? しかも硬い……これがAランク冒険者の手……!
「落ち着いた?」
「あ……はい。すみません」
手を握られて落ち着いたところで、ココンさんが改めて質問してくる。あたしは導かれるままに全てを話した。
「いいのいいの。で、用は?」
「……あたし、ノクティスさんのことで聞きたいことがあって」
「あの人のこと? あ〜……もしかして例の噂のことかぁ」
「! そ、そうです! 本当なのかどうか確かめたくてっ」
「あはは、流石にガセっしょ。彼とはそこそこ長い付き合いだけど、普通にノクティスさんは人間とかエルフが好みだったと思う」
「……ほっ……良かったぁ〜」
「ミーヤちゃん、ノクティスさんのこと結構ラブだもんね。そりゃ気になりますよなぁ」
「……え、えぇ。まぁ……」
どうしてあたしの気持ちを知ってるんだ……。
突然の羞恥に苦しめられつつ、あたしはノクティスさんの趣味が普通なことに安心した。
その後、あたしはココンさんに勉強を教えて貰いつつ意気投合し――
「アハ! キミ、ノクトさんが気にかけてる後輩クンだよね? もてなしちゃうよ〜ん」
「……丁度今、焼いたクッキー持ってるんですよ。クヒヒ……ミーヤさんはどんな
帰り道で
そうだ。ノクティスさんが変態なわけがない。だってあのノクティスさんなんだから。
あたしは彼のことを信じることができた。
好きな人だからという盲目的な理由もあったけど、実績や素性を鑑みれば彼の誠実さは明らかじゃないか。
あっさりと悩みが解消されて一晩眠った結果、あたしは噂のことをすっかり忘れていた。
――円卓会議の、あの日までは。
『はぁぁ……はぁぁ……ノクティスさん! ノクティスさん! わたしを……私をいじめてください! 子鳥のさえずりのように!』
――あたしの大好きな人の目の前に、訳の分からないことを喋るバケモノがいた。
しかもそのモンスターは、先日解消したはずの“噂”と一致するアンデッドであり、あたしの中の疑念が再燃し燻り始めた。
――“ノクティス・タッチストーンはアンデッドにしか興奮しない変態である”。
「質問なんだが、『モヒカン専用情報漏洩穴↑』とは何だ?」
「……その通りの意味だ」
――“ノクティス・タッチストーンはスケルトンに対して欲情し監禁プレイをしている”。
「……じゃあ、『正』の文字の意味は……?」
「ワイトがイッた数だ」
全部ぜんぶ……本当だった?
嫌だ、嘘だ。信じたくない。
「や……やだ……そんなのいやぁ!」
あたしは円卓会議が行われているギルドから飛び出し、夢中で街の中を走った。
「はぁっ、はぁっ……」
しばらく走っていると、息切れで落ち着いてきた。
冷静になった思考が現実を突きつけてくる。後ろから追ってきたダイアンとティーラがあたしを捕まえてくれたけど、溢れ出る涙が止められない。
「ミーヤ……」
「……ノクティスさん、アンデッドにしか興奮できない変態だったみたい。あたし、ハナからチャンスなんてなかったんだ……あはは……」
あたしは自分の見た目に結構な自信があった。
割と可愛い方だって自負してたし、告白されたことも何度かある。
モヒカンだけど、ノクティスさんは初めて会った素敵な人なんだ。絶対落としたかったのに……。
でも……よりによってノクティスさんが……こんなこと……。
「ミーヤ。ノクティスさんのことは……その、諦めよう……スケベなアンデッドと真人間じゃ勝負にならないよ」
「……やだもん。あたしアンデッドになる」
「それはヤバすぎる。本当にやめとけ」
ダイアンが窘めてくれる中、ティーラがあたしの背中を撫でた。そして、衝撃的な一言があたしの鼓膜を揺らす。
「……略奪愛よ」
「は?」
「あのアンデッドからノクティスさんを略奪するのよ。勝つにはそうするしかない」
「アンデッドからモヒカンを寝取るってコト……!?」
「そうよ」
「……?」
「?」
「?」
どういうこと? どうやって?
あ〜いや、分かった。
なるほど……なるほど? そういうことね。
「つまり……まだ諦めるなって伝えたかったんだよね?」
「うん」
「ありがとう。そうだよね……たとえ性癖が終わってても、ノクティスさんはノクティスさんだもん」
「……うん!」
変態でも良い。あたしは変わらず想いをぶつけていくだけ。
そう言いたかったんだよねティーラ。凄い罵倒してたような気がするけど、あたしはポジティブに受け取るよ。
あまりにも予想外なライバルが現れたけど、あたしは頑張るだけだ。
その後、ワイトというアンデッドが何故かノクティスさんの仲間ヅラをし始めたので、牙城を崩すのが更に難しくなってしまうのだった。
……あたしは負けない!
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