027:ゴミ
――目が覚めると、知らない天井が広がっていた。
「う゛ぇぇぇ……ひっぐ……ノクティスさぁぁん……おえぇ……」
次第に聞こえてくる環境音。その中に、濁点混じりの汚い泣き声が混じっていた。
……ミーヤの声だな。何で泣いてんだコイツ? と言うか、ここ何処だ? そもそも何があったんだっけ。
「ミーヤ……何やってんだ?」
「!? ノ、ノクティスさんっ!! よ、良かったぁ、死んじゃうかと思ったんですよ!!」
「死ぬ……? この俺が?」
「そうですよ! あーほら起き上がらないで! 重傷だったんですから!」
ベッドから起き上がって状況確認をしようとするが、目元を腫らしたミーヤに全力で引き止められる。
重傷……? 俺、怪我した記憶が無いんだけど――
「――あ」
刹那、俺の脳裏で雪崩のように記憶が蘇った。
『もしもし、こちらマゾ』
『私、好きな人ができました』
『ノクティスさんと一生添い遂げます』
『……これからよろしくお願いしますね、ノクティスさん。――いえ――ア・ナ・タ♪』
――ぞわり。デュラハンに半殺しにされた時のような寒気が俺を襲った。ずきずきと目の奥が痛くなってきて、忌々しいケダモノの記憶に苛まれてしまう。
「うっ――頭が……」
「頭大丈夫ですか!? そんなモヒカンしてるからですよ!」
ミーヤに介抱してもらいながらベッドで休んでいると、部屋の扉を開けて見知った顔が続々と出てきた。
まぁ、緊急事態ってことでギリ黙認されてるんだろう。何せあんなことが起こった後なんだし……。
「兄貴ィ! 目が覚めて良かったです!」
「ピピン……あれから何日経った?」
「円卓会議からは2日経ちましたけど……」
「……そうか。そう言えばロンドとシャーナイは? アイツらも無事だといいんだが――」
「こっちにいるよ〜」
ココンが横にあったカーテンを引っ張ると、俺と同じく包帯でぐるぐる巻きにされたロンドとシャーナイの姿が見えた。
「テメーらも何とか生きてたか」
「ハハッ、伊達にAランクやっとらんからな」
「俺っち明日で退院できるから、割と軽傷だったみたいだわ。ノクトさんが1番重傷なんだとさ」
「つまり全員無事だったってことだな」
「ガハハハ! Aランク冒険者3人がボロボロにされて無事たぁ面白いこと言ってくれるな!」
2人はゲラゲラ笑っていたが、怪我に響いたのか腹を押さえて苦しみ始めた。
元気で何より。みんな心配そうな表情だったものの、笑い合う俺達を見て少し安心してくれたようだ。
「ココン、ここにいるヤツらは全員事情を知ってるのか?」
「もち。ドッペルゲンガーのこともスコーピオン君のことも、諸々報告済みだよ」
「…………」
『ア・ナ・タ♡』
「ぐっ……頭痛が……」
……あのバケモンのことも報告したのか。アイツの声が脳内で反響して辛い。俺が気絶した後、帰ってきたココン達とワイトが鉢合わせたはずだから……キモ骸骨が何をくっちゃべったか考えるだけで憂鬱だ。
今は多分監獄にでもぶち込まれてんだろうけど、俺の品性が疑われそうで……もう……本気で終わってる。ココンがワイトの名前を出さなかったのも、俺に気を遣っている感じがして嫌だ。
頭を抱える俺に寄り添ってくるカミナ。そういえばコイツも元メドゥーサだったな。今は個性と言える程度の性質に過ぎないが、どうして俺の周りはいつもこうなんだ。
「……ノクティスさん、この人同棲してる女の子ですよね。この前は彼女じゃないって言ってたのに、やけにベタベタして……本当は付き合ってるんじゃないですか?」
「は? いきなり何ですか? ノクトさんのこと好きなんですか?」
「え、そうですけど」
「ハッ……じゃあ諦めてください。この勝負は私の完全勝利なので」
「はぁぁぁ??」
何か俺の近くでミーヤとカミナが喧嘩おっぱじめてるしよぉ……カミナは90歳なんだからガキを立ててやれよ。
「私ノクトさんと一緒のベッドで寝たことありますぅ〜」
「!? あ、あたしだって髪の毛綺麗って言われたことあるし……!」
『――私だって!! ノクティスさんには羽根ペンで拷問プレイされたことあるし……!! 弱いところ全部暴かれちゃってるし……!! アンデッドの誇りを踏み躙られちゃったし……!! サキュバスにされちゃったし……!! 人間の女2人には負けないんだからっ!!』
「!?」
そうして2人が喧嘩していると、いつの間にか病室にゴミが湧いていた。
牢屋とかに捕まってるんじゃなかったのかよ! と突っ込みを入れようとしたが、クレアさんを始めとした周囲の大人達が静観を貫いているのが気になって口を噤む。
憐れむような視線で俺を見る大人達。誰もワイトの身柄を確保しようとしないのを見ると、恐らくコイツは自由に放し飼いされているのだろう。しかし何故……?
「クレアさん……どうしてワイトに首輪つけねぇんだ!? コイツはさっさと焼き殺した方がいい!」
「そ、それが出来ない深い理由がありまして……」
『私はノクティスさんの従順なしもべですから♡ 当然です♡』
「…………」
俺の視界に入るようにピースを繰り返してくるワイト。黙り込んだ人間の間を縫うように病室を走り回り、その都度目の前でブイサインを作りまくって人間を煽るような動きをしている。
そして煽るだけ煽ったかと思えば、ワイトは寛骨をフリフリと振って“粗相”に対する羽根ペンのお仕置を求め始める。やりたい放題じゃねぇか……!
俺はワイトをガン無視し、クレアさんにその理由を問うてみた。
「……その理由とは?」
「ボクから話すよ……」
困り眉のクレアさんに代わって、いつも以上に不健康そうなココンが手を挙げる。
――曰く、
“私を殺せば魔王軍の情報は手に入らないぞ”と。それと同時に、ワイトはデュラハンの席を埋める形で幹部になったヴァンパイア部長について、その内情から弱点に至るまでを全て話したのだという。
「ヴァンパイア部長だけじゃなく、私は全ての幹部の情報を持っているぞ。殺せば人類の損失なのではないか……みたいな感じで逆に脅されたんだよね。最前線で戦ってる冒険者のことを思えば確かにそうなるかな〜って思って牢屋にぶち込もうとしたんだけど、そしたら『私はノクティスさんの地下牢にしか入らない』と言って拒否してきたんだよねこのゴミ。その他の要求も色々拒否してきて、結局ノクティスさんが目覚めるまではエクシアの街で放し飼いすることにしてたんだ」
何だそれ……。本当はいつでも殺せたはずなのに、ワイトが自分の価値に気付いたせいで殺すに殺せなくなっちまったった感じか。
ワイトを放し飼いして被害が出てないなら良いんだが……このサキュバスは自分の快楽を追い求めるがあまり魔王軍を離脱した弩級の変態だ。判断基準が圧倒的に自分基準だから何をしてくるか分かんねぇぞ。
……ん? まさかコイツら、ワイトを俺に押し付けようとしてるのか? その辺の心配とか責任を体良く押し付けるために……!?
「つーかおい、もしかして俺がコイツの面倒見ることになってる? 冗談だよな? 俺はエクシアの英雄なんだが?」
「…………」
俺の言葉には誰も答えなかった。
「……大丈夫ですノクティスさん、あたしはノクティスさんが変態でも、ずっと好きでいますから……」
「ミーヤ!? 誤解だ!」
「私はノクトさんがどんな人でも構いませんよ。命の恩人達のリーダーなので」
「カミナまで!」
「兄貴……ワイトを引き取ることになったのは運が悪かったですね。潔く諦めましょう」
「ピピン……! オメーに押し付けたらダメかな!?」
「そう提案しましたが、やはり本人が嫌がるので何とも……」
「ギルドとしましては、少なくとも魔王軍幹部全員の情報を吐かせたなら討伐しても良いとのことですが……」
クレアさんが語尾を濁す。俺が羽根ペンで拷問してもワイトが情報を吐き切るまで殺せねぇってこと? じゃあ全部ワイトのさじ加減じゃん。
でもワイトの世話が嫌な俺は、コイツをさっさと排除するため定期的に拷問しなきゃなんねぇ。そして拷問によって絶え間なく気持ち良くなれるワイトは一人勝ち――!
まさにPDCAサイクル――負の連鎖。
この野郎、まさか全て計算づくで己の欲求を満たそうとしてやがるのか……!? 精神力のバケモノめ!
下から見下ろされる気分だった。殺せるはずなのに殺せない。ギルドの恩恵に与っている俺のような人間は、お
自分が気持ちよくなるためだけに行動するワイトに対して何もできないもどかしさ。コイツ思ったより頭がいいのかもしれん。
『はぁぁぁ……! 魔王軍幹部の情報吐きたくなってきた! 吐きたくなってきたぁん! あっ、いきなりそんな強引な、ちょっとヤダぁ――!』
病室の窓を開いた俺は、無言でワイトを掴んで外に放り投げた。
「……とにかく、俺が寝てた2日間で起こったことをまとめて教えてくれ……」
要約するとこうだ。
ワイトは殺せず、俺が飼うことになった。
ドッペルゲンガーは討伐。スコーピオン君は撃退(ただし生存)。
死亡者はゼロ、ギルド職員含めて重傷数十名。ただし本物の冒険者ディーヴァは死亡。
ディーヴァに関しては、ギルドのデータと照会した結果、しばらく前から受注クエストが遠方へのクエストばかりになっていたらしい。
明確な時期は特定できないが、恐らくその頃にディーヴァ本人がドッペルゲンガーに殺されたと推測されるんだと。
それについては悲しい出来事だが……現実問題として、ワイトをどうにかしないことには元の生活に戻れなさそうだった。
……俺、王都に出向かないとダメなんだけど。
どうすればいいのかな……?
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