022:舌戦は得意なんだが?(なお)


 『精神攻撃は基本』――こんな言葉がある。

 これは高名な冒険者が死に際に残した一言だ。どれだけ高い技・体を兼ね備えていても、心が追いついていなければ意味が無い。心が弱ければそこに付け込まれ、心・技・体を整えた者に容易く敗北してしまう……そういうニュアンスの言葉らしい。


 今の状況にその言葉を当てはめるなら、ワイトやスコーピオン君は「心」に欠けていたと言えるだろう。だから単純な精神攻撃に容易く膝をついてしまったのだ。

 俺達は中継地点に他の敵が居ないことを確認すると、後続の者が湧いてこないように魔法陣を爆破して消し去った。


 後から知ることになるが、スコーピオン君の他に敵がいなかった理由は「転送魔法がそこまで便利じゃなかった」の一言に尽きる。

 ワイト曰く、場所や魔力の関係で1度に転移できる者の数が決まっているらしく、今回の転送ではスコーピオン君しか転送できなかったのかもしれない、だってさ。

 デュラハンやワイトがソロでこっちに来てたのには、多分そういう理由があったんだろうな。実は瞬間移動の魔法って効率悪かったりするのかも。


「――【滅炎ファイア】。……よし、これで転移魔法の魔法陣は木っ端微塵にできたぞ」

「お疲れ様っス兄貴!」

「トミーがこの部屋の入口を塞いでくれるらしいんで、オレ達は帰りの準備をしときましょう」

「そうだな。スコーピオン君が起きねぇうちにさっさと帰ろうぜ」


 俺の背丈の2倍以上、横幅で言えば4倍以上もあるスコーピオン君をピピンのサイドカーに乗せるさながら、トミーが魔法で中継部屋の入口を完璧に塞いでくれた。

 これで魔法陣もチルの場所も無くなった。今後しばらくは魔王軍の襲撃を心配しなくて済むのは間違いないぜ。


 後処理が終わったのを確認すると、俺達はバイクを突き動かしてダンジョン入口に向かって走り始めた。


「アハ! ノクトさん、スコーピオン君がそんな大きかったら、地下室に監禁できなくない?」

「……クヒヒ。……恐らくピピンの闇属性魔法じゃスコーピオン君は押さえつけられないですぜ。スコーピオン君は見るからにパワー系ですし、ひとりの闇属性魔法なんて跳ね除けちまいますよ」

「確かに……」


 帰り道の最中、俺達の間に至極真っ当な質問が飛び出してくる。

 地下室が狭すぎて、ワイトはともかくスコーピオン君は監禁して隠せないんじゃないか……という問題だ。


 先程言ったように、スコーピオン君の背丈は俺の2倍以上、横幅で言えば4倍以上もある超巨大虫系モンスターなのある。

 地下室は人間用に造られた一室なため、スコーピオン君を収納するだけのスペースは全くないと言っていい。

 しかも、スコーピオン君はパワー系。魔力を奪おうとも強靭な肉体があるため、ピピンの闇属性魔法は焼け石に水になってしまう。


 となれば当然、ワイトとスコーピオン君の辿る道は2つに絞られる。

 人間に殺されるか、ギルドに引き渡されて適切な管理という名の監禁を受けるか。


 俺としては後者が嬉しいな。ワイトからめぼしい情報をある程度引き出したとはいえ、スコーピオン君の情報は全く引き出せていないのだ。

 しかし、素の戦闘力で言えば彼はAランク相当。暴れ回る超級のモンスターを2体も捕まえて拷問できるのは極めて珍しい機会と言えよう。このチャンスを逃す手はない。


「……みんなはどうしたい?」

「細かいことは考えず、ギルドに任せちゃった方が良いと思うっス」

「同感です。Aランクモンスター2体は流石に手に余りますぜ。……エクシアの街の知り合いに頼んで、闇属性魔法を重ねがけしてもらいましょうよ。そうすればギルド職員でも管理できるでしょう」

「アハ! こいつ殺したいかも?」

「……クヒヒ。羽根ペンで擦ったらどんな声出すのか気になりますけど、概ねゴン・ピピンと同意見です」

「ふむ、ギルドに預ける案が多数か……」


 ギルドにスコーピオン君とワイトを任せるのは全然構わない。

 ただ、Aランク相当のモンスターを2体も捕まえたとなっちゃあ……「どうやって捕まえたんだ」「流石に怪しいぞ」という声が出るのは必須。そこをどう説明するかだな。


「オメーらの意見はよく分かった。コイツらはギルドに引き渡そう」


 異論のある者はいない。いつかはなっただろうし、渡すと決めたならさっさとギルドに帰ろう。

 魔王軍幹部の部下を捕らえたんだから、ギルドは俺に特別報酬を出してくれても良いんだぜ?

 こうして俺はウキウキしながら、落書きされたワイトと白目のスコーピオン君をギルドに搬入した。


 ――そして、バケモン2体を目撃した受付嬢が卒倒し騒ぎになった結果、エクシアのギルドで緊急集会が開かれることになったのだった。




「皆さんのような高ランク冒険者に集まってもらったのは他でもありません。ワイトとスコーピオン君の今後の扱いについて話し合ってもらいたいのです」


 エクシアの街のギルド関係者が一堂に会する中、モヒカン代表の俺は全員の視線を一身に受けていた。

 ギルドの大広間に持ってきた円卓と、それを囲む代表者達8人。デトリタス・アルスファト局長、受付嬢のクレアさん、当事者の俺、Bランク冒険者のレイヴン、Bランク冒険者のディーヴァ、Aランク冒険者のココン、Aランク冒険者のロンド、Aランク冒険者のシャーナイ。

 この8人が代表して、ワイトとスコーピオン君の今後の扱いについて議論することになっていた。


「え〜というわけで……こちらのノクティス・タッチストーンさんに経緯の説明をしていただきましたが、まだまだノクティスさんに聞きたいことがあると思いますので、何なりと質問をしていただきたい」

「おう、頼むぜ」


 円卓の後ろでは、CランクDランクの冒険者が詰めかけて俺達の円卓会議を見守っている。

 エクシアの街には高ランク冒険者が非常に少なく、特にAランク冒険者ともなれば今挙げた数名しかいないほど。彼らとは何度かクエストを共にした顔見知りでもあり、Aランクの連中は全員俺の後輩と言っていい間柄だ。

 Bランクの奴らにも、装備の援助をしたり飯を奢ってやったりしたことがある。Bランク冒険者はエクシアの街にそこそこいるから、コイツらに特別な思い入れとかはないけどな。まぁ知り合いってやつよ。


 ただ……Bランク冒険者のディーヴァ。コイツのことは全然知らん。

 軽く聞いた話だと、ソロでBランクまで駆け上がってきた実力派冒険者らしい。相当やるぜ、コイツ。


「…………」


 こうして緊急集会が幕を開けたが、誰も口を開こうとしない。

 円卓を囲む8人の後ろで数百人の冒険者が見学しているのだから無理もない……のだが、誰も喋らないなら平行線のまま。ワイト達は晴れて放置プレイを享受することになる。それでいいのかよ?


『はぁぁ……はぁぁ……ノクティスさん! ノクティスさん! わたしを……私をいじめてください! 子鳥のさえずりのように!』


 いつの間にか俺の名前を覚えてしまった骨粗鬆症のワイトが、唐突に円卓の中央で叫び始めた。スコーピオン君と一緒に縛り上げられているというのに、彼のことを心配する様子もない。

 円卓にアンデッド汁を撒き散らして皆の集中を削ぎまくって、羽根ペンが羽根ペンがと騒ぎ立てている。


 コイツの前で本名のやり取りをしたのは間違いだったか……この場にいる全員の疑惑の視線が痛い。

 しかし沈黙が破れたのを見て、Aランク冒険者のココンが手を挙げた。


「し……質問いいですか、ノクティスさん」

「おう。ココン、何なりと質問してくれ」

「その……先程の話ではワイトとスコーピオン君を捕まえた時の話を飛ばされてましたけど、実際どうやって捕まえたんですか? コイツらを殺すことはできても、生け捕りにするのはノクティスさんと言えども相当難しかったはずです」

「ココン君の言う通りだ。ノクトさんがどうやって捕まえたのか……俺っちも気になるなぁ。エクシアの街には駆け出し冒険者が多いから、普通に勉強になる小僧も多いんじゃないの、ノクトさんよ」


 ココンに続いて、Aランク冒険者のシャーナイが同調してくる。円卓を囲む全ての冒険者もうんうん頷いており、視界の端にいるダイアン達ガキ共も目をキラキラさせてこちらを見ていた。

 ……俺が話した内容は、メドゥーサをスカウトしに来たデュラハンを殺したこと、その後襲撃してきたワイトを捕まえたこと、最後に転送用の魔法陣を潰しに行くがてらスコーピオン君を捕まえたこと、これらをざっくり都合の良いようにって感じだ。


 転送魔法の発見、魔王軍幹部の討伐、幹部直属の部下の捕縛、近くにあった転送用の魔法陣の破壊、その他魔王軍の情報をギルドに流して公表するなど……これだけ見りゃ俺は英雄的冒険者だろう。

 しかし、「生け捕りの方法を説明してください」だと?

 ワイトの経緯は説明できるけど、スコーピオン君に関してはキツい。俺が変態になっちまう。


「……ワイトは、まぁ。……この火炎放射器で張り倒した後、仲間の闇属性魔法で魔力を封じ込めて無力化した。運が良かったよ」


 火炎放射器を取り出して小さな火を立てると、おぉ……と感心するような声がギルドの大広間に響く。スコーピオン君の捕縛方法も問われているようなので、俺は脳を高速回転させながら質問に答えた。


「スコーピオン君は出会い頭に気絶させた。Aランク冒険者だからな」


 すげぇ、さすがこの街を代表するAランク冒険者、かっけぇ……などという声に包まれる円卓。

 嘘はついてない。出会い頭に(堕ちたワイトを見せつけて)気絶させたのだから。


「ありがとうございます、ボクとしては以上です」


 納得顔のココンが着席する。

 同時、Aランク冒険者のロンドが控えめに手を挙げた。


「久しぶりだなノクトさん。質問なんだが、『モヒカン専用情報漏洩穴↑』とは何だ?」

「…………」


 シン……と静まり返るギルド・ホール。

 小さく呻くようなワイトの声だけが響き渡っていた。


 ッッ……レックスぅっ!! わざわざ説明しなきゃなんねぇのはテメェのせいだからな……!!

 ここに持ってくる時にゴンの水魔法で洗い流そうと思ってたのに……何で消せない塗料で書くんだよ! 落書きは水性でやれって相場は決まってるだろ!?


「……その通りの意味だ。ちょっと脅したらすぐに口を割ったんで、仲間と一緒にバカにするつもりで書いた。少し後悔してる」


 素直に答えてみるものだ、周囲にほっとしたような空気が流れる。

 さすがにアンデッドで興奮できるような男じゃないぜ。


「では、『バカ』『骨』『骨粗鬆症』とは?」

「その通りの意味だ」

「ワイトは骨粗鬆症なのか?」

「信頼できる仲間のデータがあった。ワイトは骨粗鬆症だ」

「は、はぁ……」


 『骨粗鬆症』のソースはピピンのデータ。暇になったピピンが分析した結果、骨粗鬆症だった……それだけの話。

 『バカ』はバカだから。

 『骨』は骨だから。以上。


 ……まだ聞かれていないが、『正』は拷問してアンデッド汁を噴いた回数の記録だ。

 ピピンの予想では、この汁は人間で言うところの血液らしい(ほんとか?)。そのため、あまりにも回数を重ねすぎるとワイトが死ぬのではないか……そんなリスク管理から記録された文字なのだ。


 簡単に言うと、ワイトが情報を言った数だな。この野郎、アンデッド汁を噴いた後の余韻でしか情報を吐かないもんだから……割とめんどくさかったのを覚えている。

 地下室で羽根ペン拷問をしてる時、何故か汁を噴くまでは口が硬かったんだよな。そこだけは鋼の意思だった。あと、『オークが』『女騎士が』とか何とかうわ言みてぇに呟いてたな。何だったんだろう。


「……じゃあ、『正』の文字の意味は……?」


 お、聞かれた。答えとくか。


「ワイトが言った数だ」

「えぇ!? イッ……!?」


 ぶったまげる円卓と野次馬達。

 何だ? もしかして、ワイトって口が堅いことで有名なのか?

 また俺何かやっちゃったか?


「それは……ノクティスさん自身が使ということか!?」

「そりゃそうだろ」

「!?」


 スコーピオン君を捕まえてきたのは今さっき。情報源として使えるのはワイトしかいねぇだろ。


「何かおかしいところでも?」

「あ、いや……そんなに堂々と言われると、まぁ個人の趣味嗜好だから何とも……はいぃ……しかし倫理的には……うぅん……アンデッドだから逆に問題ないのかな?」

「何だ、テメーらはアンデッドだからって容赦するのかよ? コイツに殺された奴らもいるんだ、俺はヤるぜ」

「の、ノクトさん……まぁ、ボクとしては、そういうのは堂々と宣言せず、内々でやってもらえたらな〜って……」

「それもそうだな。結構人類の役に立てたとは思うが、大々的にはできないかもしれないな」

「アンデッドを使うことが人類の役に!?」

「ほ、他に質問ありませんか! 何でも良いので!」


 局長が何故か慌てながらロンドの言葉を遮る。円卓を仰ぎ見ると、クレアさんが俺を侮蔑するような視線でこっちを見ていた。視界の端にいるミーヤは涙目になって首を振っており、「そんなのいやぁ!」と言いながらギルドから飛び出して行ってしまった。

 まぁ……ミーヤにとっては刺激が強すぎたかもな。「ワイトが言った」と表現をボカしたが、拷問したことはバレバレなのだから。後でフォローしておこう。


 局長が質問者を探していると、Bランク冒険者のディーヴァが手を挙げ、最も答えにくい質問をぶちかましてきた。


「はじめましてノクティスさん。そこにいるワイトは虚ろな目をしながら、しきりに『この人じゃないと満足できないの』と呟いています。これは貴方と魔王軍が癒着している事実に他ならないのでは?」


 ……どう言ったら納得してもらえるんだよ!!

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