002:モヒカン冒険者、クエストを受ける
――冒険者がこなすクエストのほとんどは「モンスターの討伐」系の依頼であり、基本的に報酬金は依頼者及びギルド側から捻出されたものである。
高ランク帯の冒険者になればなるほどクエストに出てくるモンスターの危険度は増し、また報酬金も高くなる傾向にあるので――高ランクの冒険者同士が協力して依頼を遂行する場合もあったりする。
しかし、ランクが高く実力もあるからといって、1日に何個もクエストをこなせるわけではない。
冒険者も人間なのだ。休息は必要だし、クエストに失敗することだってある。たまにバケモンみたいな冒険者はいるが――それはまぁ置いといて。
どれだけランクが高くても冒険者が遂行できるクエストは大体1週間に2、3個程度と言われているから、いつまで経っても達成されないクエストが生まれちまうってわけだ。
例えば『3K』のクエスト。
汚い、臭い、危険(というよりは搦め手系の厄介なヤツ)の要素をふんだんに盛り込んだクエストは不人気極まれりって感じだ。
実際の事例だが、下水道を舞台にしたクエストなんか超絶不人気だし、致死率が高すぎるクエストは当然見向きもされねぇ。
ゴブリンみたいな不潔モンスターの討伐クエストだって、比較的放置されやすいんだぜ? 難易度自体はそこまで高くねぇし報酬金も美味しいのに、「汚すぎるのはちょっと……」「誰かがやってくれるだろ……」って譲り合っちゃってさぁ。
だから俺はそういうクエストを率先して受けてるわけだ。
クエストの依頼者は対象のモンスターによる被害を現在進行形で受けていることが多いから、放置されてたら被害が拡大して可哀想じゃんって話よ。
一般市民はモンスターに対抗できるだけの力を持ってねぇ。
だから、彼らはなけなしの財産叩いてギルドに依頼出してくれてんだよな。
冒険者も人間だし楽して金稼ぎてぇのも分かるが、そこを忘れちゃいけねぇぜ。
困ってるヤツらを「3Kのクエストだから」って放っておくのはカッコ悪ぃだろ?
助けられるモンは助けてぇ。
それが冒険者をやってる理由よ。
さて、ゴブリンキングというのは非常に厄介で、Bランク以上の冒険者じゃないと討伐の許可が下りてないくらいには強い。
キングが強い理由として挙げられるのは、Dランク相当の配下・ゴブリンを数百匹単位で引き連れて縄張りを形成するからである。
こいつ自体の戦闘力はそこまで高くないんだが、その性質があまりにも厄介。ゴブリンキングが引き起こした最悪の事例として、数万のゴブリンを率いて街を壊滅させた……って事件があるくらいだ。
とにかくゴブリンキングを放置しすぎると無尽蔵に勢力を拡大されてやべーわけよ。
戦闘ってのは結局、数を揃えた方が勝ちやすいからな。
「さて……そろそろ狩るか」
街から出てしばらく。森の中に入った俺は、圧縮ポーチから取り出したトゲトゲの改造魔導バイクに跨った。
何やかんや言って、こういうクルマに乗ってモンスター共を轢き殺すのが一番楽なんだよな。移動も早ぇし。
唯一面倒なのは、魔導バイクや四輪車等の移動手段は事前に申請しておかなければ使わせてくれないことか。
使える範囲も速度も限られているし、維持費もバカにならないので冒険者や貴族以外は手を出せないだろう。
それでもクエストを安全かつスピーディに依頼をこなせるので、俺はこの愛車を多用している。
俺は野獣の咆哮の如きエンジン音を響かせながら、夜闇の森を駆け抜けていく。
ゴブリンキングの拠点の近くにレイン村という小規模な集落があり、とりあえず俺は村の様子を見に行こうとしている。夜中から未明にかけてゴブリンキングをぶっ殺しに行くから、家の中に隠れてるんだぞと村長に伝える予定なのだ。
こうして道中で何匹かゴブリンを轢き殺しつつ、俺はレイン村に到着した。
「お――――い!! レイン村のみなさ――ん!! Aランク冒険者のノクティス様がやって来ましたよォ――ッ!!」
魔導バイクを乗り回して、森を抜けた先にあるレイン村を駆け回る。
……返事はない。誰も俺の声に応えてくれず、辺りには虚しいエンジン音だけが響き渡っていた。
畑を避けて、道に轍を作らないように速度を制限してレイン村の住人を探した。
しかしライトが灯す先には人っ子ひとりおらず、俺は冷や汗を流し始める。
まさか、ゴブリンキングに蹂躙され尽くした後……ってわけじゃねェだろうな。
そうなったら何のために冒険者やって来たのか分かんねぇ。
頼む、誰か。ひとりでもいい。
レイン村の住人よ、誰か俺の声に応えてくれ……!
「安心してくださァ――い!! ここら一帯のゴブリンは全員血祭りに上げておいたのでェ!! 皆さんの安全は確ッ実に確保されてまァす!! ――おいっ! 出てこいっつってんだろぉ!!」
生きてさえいれば、それだけでいいんだ。
生きてりゃ必ず希望はある。
明るい声色とは反対に、俺は焦燥感に狩られて周囲を探しまくった。
それでも――俺の声に応えてくれる村人は誰もいなかった。
「……おいおい。レイン村近くのゴブリンキングって言ったら、まだ生まれたばっかだったじゃねぇか。こんなに早く村に被害が出るものなのか……?」
レイン村の村人の数はおよそ30人。ゴブリンキング誕生時点では、ギルドの調査員が全員の生存を確認していたはずなのに……。
たった数日の間に、全員根こそぎぶっ殺されて奪い尽くされちまったって言うのかよ?
「――有り得ねェ。どこかに隠れているのかも……」
ギルドの徹底的な調査と解析により、現代ではほとんどのモンスターの生態系や生活リズムが明らかになっている。
ゴブリンキングは詳細を紐解かれたモンスターのひとりで、誕生してから数ヶ月は群れの統制に時間を割くはずなんだが……。
モンスターと言えどもイレギュラーはある。
レイン村は運悪く変異体の襲撃を受けてしまったのかもしれない。
しかし、それにしても様子が変だ。
畑が荒らされた形跡はないし、食物倉庫がぶっ壊された……なんてこともない。倒れている人もいなければ血の跡もない。
クラクションを鳴らしまくり、魔導石の燃料を蒸かしまくり、上向きライトで家屋を照らしまくり――バイクと持ち前の声量で俺の存在を知らしめてやったが、それでも誰も出てこない。
周村の囲を捜索しても誰も居なかったくらいだし、この村では何かが起こってるぜ。
俺はバイクのエンジンを止めて、村長の家らしき豪邸に向かった。
こういう村の長の家には大抵、対モンスター用の地下シェルターがあるものだ。そこに全員隠れているのかも。
俺は村長の家の扉を開け放ち、部屋の中を探索し始めた。
「……ん? ここか?」
探索開始から数分、長年の勘が地下シェルターへの扉を探り当てた。
机の裏側のレバーを試しに引いたところ、重々しい音と共に机が横移動を始めたのだ。
机の下に隠れた扉が姿を現したので、俺はその階段を使って地下室に足を踏み入れた。
「――【
事前に申告しておいた火属性魔法一級相当の魔法を使い、俺は指先に火を灯す。
すると――小さな物音と共に、ガキの「ひいっ」と押し殺したような悲鳴が耳に入った。それと同時に、「シッ!」と言いながら口を塞ぐ誰かの声も。
良かった、生きててくれたみたいだ。
俺は笑い声を抑え切れず、湧き上がる喜びと共に手元の炎を増強させた。
「――クックック、ギャハハハッ! ギャハハハハッ!! ここに隠れてたんだなぁ、レイン村の住人共よォ!! ずっとテメーらのことを探してたんだからなァ――ッ!!」
俺が炎の光量を上げて叫ぶと同時、地下室のあちこちから世紀末みたいな悲鳴と泣き声がこだました。
確認したところ、地下室に隠れていたのはレイン村の住人である32人の老若男女。
【
「怖かったか!? でも、もう大丈夫だ! 俺はAランク冒険者のノクティス・タッチストーン! ゴブリンキング討伐の依頼を受けてエクシアの街から駆けつけてきたぜ! 俺が来たからにはもう安心だ!」
「……え? 冒険者の人……?」
「盗賊じゃなくて……?」
「モヒカンなのに冒険者……?」
「と、とにかく……助かったみたいだ……!」
ポーチから取り出したロウソクに火を灯し、更に周囲を明るくしてやる。
俺の参上でいくらか雰囲気が和み、村人達の間には安心ムードが漂っていた。
だが、俺が今気になっているのは『何故地下シェルターに隠れる必要があったのか』だ。
「あったけぇスープ持ってきたんだよ。ほら、ガキは遠慮せずこっち来て飲め飲め!」
俺はガキ共にスープを振る舞いながら、村長らしき人を探す。
スープを飲みに来たガキに村長がどこかを尋ねようとしたところ、村の長であるゴドーという人物が前に出てきた。
「どうも村長さん、これ俺の身分証明書。……さっそく本題に入りたいんだが、いいかな?」
ゴドーに手のひらサイズの紙切れを手渡してやると、彼は納得したように何度か頷いて身分証明書を返してくれた。
この紙切れは、ギルドから発行される公的に認められた身分証明書だ。今回は手早く身分を証明したかったので見せてやっただけのこと。
「……村長さん、何故村人全員を引き連れて地下室に逃げ込んでいたのか教えてくれ」
俺の正体を確認して安心したらしい村長は、スープを飲みながら俺の質問に答えてくれた。
「……実は――」
――そして、俺は村長の言葉を聞いて驚愕することになる。
「――それ本当かよ?」
「えぇ、万が一を考えて避難していたのです……」
村長はこう言った。
――レイン村の近くで別のクエストを遂行中だった冒険者が、数時間前にゴブリンキングの縄張りに足を踏み入れていくのを見てしまった、と……。
しかもその冒険者達は全て若者で、恐らくは新人のDランク冒険者だときた。
そりゃレイン村の人達が怯えるわけだ。
誕生直後とはいえ、戦闘で気が大きくなったら即座に略奪を行わないとも限らないからな。はぐれたゴブリンによる被害も考えられるわけだし。
「……それが本当ならやべぇな。早くゴブリンキングの根城に向かわねェと」
俺は村長に「地下室から出るな」と言い残して、外に置いていたバイクに跨ってゴブリンキングの本拠地を目指す。
ゴブリンキング出現の報せが届いたのは4日前。
冒険者パーティがそれに気付けなかったのは、クエスト受注後にギルド外で準備を整えていたか、クエストが難航したか、または野宿に慣れたくて時間をかけてしまったせいだろうか。
恐らくは初心者の定番クエスト「ゴブリンの集団討伐」を受けていたのだろう。
……よく起こることではあるが、とにかく運のない奴らだ。
まぁモンスターは空気を読んだり人間の都合に合わせたりできねぇからな、起こったことを悔やんでもしょうがない。
しかし、後輩の尻拭いをするのは先輩の役目と決まっている。
俺も先輩にフォローされながら育ってきたんだ。その役目が今の俺に回ってきただけのこと。
「待ってろよ
俺は深い森の中をかっ飛ばしながら、ゴブリンキングの懐に迷い込んだ後輩の安否を心配し続けるのであった。
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