「ギャハハ!おいガキ!オメーがBランクの冒険者になれるわけねぇだろ!」
へぶん99🐌
1章『エクシア街編』
001:プロローグ/優しいモヒカンの冒険者
「おいガキ、テメー自分が今何したか分かってんのか?」
静まり返るギルドの一角。その中心にいるひとりの若い冒険者と俺は、その場にいる全員の視線を一身に受け止めていた。
「その書類の空白の欄はキッチリ埋めてもらわないと……そこに立ってるオネーチャンも困っちまうよなぁ?」
俺はDランク冒険者に向かって書類を突き返し、クエストカウンターに立つ受付嬢に視線を送る。
無言で頷く受付嬢。そんな、と零す若い冒険者。俺はニヤニヤと笑いながら彼の隣に座り、羽根ペンを手に取って紙の空欄を一緒に埋め始めた。
「冒険者っつーのは野蛮人じゃねえ、今の冒険者はもうモンスター退治のプロ――れっきとした職業人として扱われてるんだよ。だから剣術も魔法も資格勉強も出来てなくちゃいけねぇし、こういう事務作業にも慣れておかなきゃなんねぇ」
この紙束は、このDランク冒険者が扱う武具についての書類だ。
改革後から定期的にギルド側から配られるその紙には、その時点で自分が扱っている武器防具の詳細を記入しなければならないのである。
それは何故か?
答えは簡単。冒険者の扱っている武具のほとんどが、国の財産たる金属を扱っているからだ。
特にオーダーメイド品の武器防具は、オリハルコンみたいに希少価値の高い金属を利用していることが多い。
国やギルド側がその金属の行方を把握しておきたいのは当然のことだろう。
話を戻すと、このDランク冒険者は駆け出しのくせにオーダーメイド品を鍛冶屋に作らせた挙句、書類に「ロングソード」「甲冑」とだけ書いて提出しやがったんだ。
ギャハハ、バカな野郎だぜ。素材名も量も書かないで8割白紙のまま提出しようなんてよぉ、中々見上げた根性じゃねえか!
後で叱られるのはコイツ自身だってのに、全く可愛いガキんちょだぜ。
「先輩からアドバイスしておくとなぁ、こういうのは面倒くさがらず一発目できっちり済ませておくのが大切なんだ。勢いのままになァ――……クックック……ギャハハハハッ!!」
事務作業が面倒臭いなら、ギルド公式の一般流通した武器防具を買うのがいいだろう。
そうすりゃ書類はテンプレートを使用すれば問題ないからな。
「こういう紙束にテメーの情報を書き込むことによって、ギルド側はテメーの実力と装備に見合ったクエストを見繕ってくれるわけよ。だからペンの作業を怠るんじゃねぇ。分かったかガキ?」
一通りの作業と説教を終えると、俺の言葉を受けていた冒険者が顔を上げる。
衆目の前でキツく言いすぎたかと速攻で自省したが、屈託のない笑顔を見ると全然大丈夫だったようで……。
「す、すみません……今まで『何でこんなめんどくせぇ書類書かされなきゃなんねぇんだ』って思ってました。この規則にもちゃんとした理由があったんですね……ノクティスさん、マジ勉強になります」
――この通り、頭を下げて感謝されちまった。
くすぐったいぜ、この野郎!
俺は彼の背中をバシバシと叩きながらガハハと笑った。
「ギャハハ! 分かったなら良いんだよ、書き方が分かんなかったらいつでも手伝うからさぁ、これから一緒に頑張っていこうぜ!」
「あ、はい! 今日は叱ってくれてありがとうございました! しかも書類を一緒に仕上げてくれて……これからも丁寧なご指導よろしくお願いします!」
「ギャハ! オメーしっかりしてるな!」
「いえいえ、本当にありがとうございました!」
こうしてDランク冒険者がギルドの受付窓口から去っていったのを見て、俺は手近な丸椅子に腰を落ち着けた。
……俺はAランク冒険者のノクティス・タッチストーン。「制度改革のため冒険者を一律で最低のDランクに降格させる」という理不尽な改革にもめげず、Dランクの再スタートから頑張ってAランクにまで上がってきた冒険者だ。
そんでもってAランク冒険者にもなると、わりかし危険な依頼が多くてぽんぽこクエスト受注してたら命がいくつあっても足りねぇわけよ。
だから暇な時間はこうしてギルドの窓口に張り付いて、受付嬢からダメ出しを食らった冒険者を捕まえて記入の手伝いをしたり説明したりしてんだ。俺もよく引っかかったからな。
このボランティアのお陰でギルドからは信頼を得られたし、後進の育成が認められて俺の元に美味しい依頼が回ってきてる。
初心者は面倒な書類の書き方を学べるし、俺は結果的に効率良く金を稼げるし、ギルド側も確認の手間が省けるし……俺達はウィンウィンウィンって寸法よ。
……でも、実際のところ俺の実力は精々Bランク程度なんだよな。
事務的なことをきちんとやってたらAランクになってただけで、実際の戦闘能力はしょぼいもんだ。何なら俺より強ぇCランク冒険者を知ってるくらいだし。そいつは資格も書類もいい加減だから認められてないだけなんだが……。
まぁ、冒険者のランク付けなんて「人類への貢献度」を可視化する〜みたいなフワッとしたものだからよ?
正直SランクとかDランクとか飾りでしかねぇんだけどな! 愛する人を守れるならそれでいいんだよ! ギャハハ!
「ノクティスさん、今日もありがとうございました」
「あぁ、クレアさん! いーのいーの! 俺って学も無ェし品も無ェし、これだけが取り柄なのよ! ギャハハ!」
「そんなことありませんよ、本当に助かってます」
「ギャハ! 照れちゃうっての!」
受付嬢のクレアさんに褒められて鼻高々である。
テンション上がっちゃったし、このままクエストにでも行ってこようかなぁ。
「クレアさん、今Bランク相当のクエストあるかな?」
「ありますよ。2つほどですが……」
「こっちを受けるよ! よろしく!」
「分かりました。それでは同意書にサインして頂いて、持込武具並びに使用可能魔法等について記入をお願いします」
ここで言う同意書というのは、簡単に言えば「死の危険があるクエストへ行くけど、人にやらされたわけじゃねぇ! 自分自身の意思で向かうんだから死んでも自業自得なんだなぁ!」という宣言をする紙だ。
その昔、危険クエストのモンスターを利用した殺人が起こったらしい。その他にも、虚偽のクエスト達成報告をして報酬金を騙し取った輩もいたらしく――
理由はそれだけじゃないが、そういうトラブルから自分を守るためにもこの同意書があるわけだな!
これがありゃ詐欺られねぇし、冒険者の足取りを追えるってことだ!
クエストの度に毎回書かなきゃならねぇこの紙切れだが、その内容にもしっかり目を通しておくことが必要だ。
例えばクエスト報酬金が全部ギルドのモノになるって書いてあるのに、それにサインしちまったら最後……もうどうしようもねぇからな! 騙される方が悪いってなっちまう!
世界を跨ぐ大組織たるギルド様がそういうことをするとも思えねぇけど、カモられねぇためには仕方ねぇ。
で、持込武器とか使用可能魔法とかの紙は……あーー……。
色々あって書かなきゃダメなんだってよ。管理のために。
「はいはい、いつものね。ギャハハ……持込武器はロングソード、使用魔法は火属性魔法一級……と。これでいいか?」
「確認いたします。……はい、……はい。不備はないようですね、それでは行ってらっしゃいませ」
俺は羽根ペンを置いてギルドの外に向かった。
腰のポーチに入った回復ポーションや包帯の備えは十分。研石や防寒具なども入っており、長丁場になった時のための準備もしてある。
俺が受けたクエストは「ゴブリンキングの討伐」。たまに出没するゴブリンの親玉で、こいつが居ると周囲の村の農作物や女子供が根こそぎ奪われるという最悪なモンスターだ。
手馴れた冒険者なら、寝込みにゴブリンの集落を襲って闇討ちすれば一晩で終わるクエストとなっている。俺にはそこまでの実力はないので、今から丸一日はかかるかもしれねぇな。
とはいえ、そこまでボヤボヤしている暇はない。
クエスト依頼者は世界中の苦しんでいる人間だ。時間をかけてクエストをクリアしても、その間に新たな被害が出てしまえば元も子もない。
俺は街の外に出て、クエストの目的地である森の中へと入っていくのだった。
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