5秒ジャストのストップウォッチ

秋津幻

とある未来

ストップウォッチのボタンを押す。


 1。


 2。


 3。


 4。


 5。と、そこでストップウォッチのボタンを再び押し、めぐるましく変わっていた数字を自らの手で止める。

 結果。5、019526。

 無駄にコンマ0、000001まで測れるようになったストップウォッチでは、5秒ピッタリに数字を止めることが困難になっていた。

 もう2100年に入って数年というのに青い猫型ロボットは漫画のようにはいかなくて計画だけで終了。タイムマシンも原作では予定から100年たっているというのにあと100年はかかりそうだ。そのくせ前述のストップウォッチとかでは科学の進歩がみられる。

 けしからんことだ。

 そんな夢も希望もあまりない現実。僕は電車に乗り遅れ次に来る電車を待ちわびていた。

 現在家から電車までの道のりは、電車に間に合うように駅の前まで動いてくれるエスカレーターみたいのができたことにより電車は十分に一回しか出ないようになっていた。その分電車に入る人数も増えているわけなのだが。

 そうするとなんで僕が電車に乗り遅れたのかと言う疑問が出るのだが、それは一家全員根っからのひねくれ物で「そんなもん使ってたら健康になれない」との父母妹僕の全会一致を経てエスカレーターの年間料金を支払わず歩いて学校まで行くということになっているというわけだ。

 まあエスカレーターを使わない通学路には錆びれた店とかがあって風情がありおもしろいのだ。後悔などしていない。

 電車の待ち時間の暇な時間。デバイスいらずですでに持ち歩くことすら不要になったゲームに飽きストップウォッチ5秒ジャスト止めなんてしていたかというと特に意味はない。ただ科学の発展を確認したくなっただけだ。本当はそんなことはない。

 と、そこであたりを暇つぶしに見回してみるとホームの端っこに小さい影が見えた。おっと珍しいな。暇つぶしにそこまでいく。

 そこにいたのは車いすに乗った少女。僕は声をかける。

 彼女の姿にん? と首をかしげる。医療の発達した現在、足の骨が折れようがすぐに治るはずなのに。


「まさか電車に遅れるなんて酔狂な人間が僕以外にいたのか、珍しいな」


 その声にむっとした様子の少女。ああ、第一印象を悪くしてしまった。かなりの美少女なのに。

 今の時代大抵の少女は美人だけどね。男もイケメンが多いけど。


「……転校してきたばっかりですこし来るのに時間がかかったんです」


 電車に遅れた原因の想定はだいたいついている。100年たっても変わりもしない制服、セーラー服が少し擦れていたし、膝小僧から少し血が出ていた。僕は絆創膏を取り出す。


「いるかい?絆創膏」

「……ありがとうございます」


 絆創膏を渡す。なぜこんなものを持っていたのかと言うと自傷癖が僕にはあって……偶然だ。良く怪我をするので持ち歩いているだけだ。


「足、悪いのか?」


 わかり切ったことを聞く。

 一瞬の沈黙。周りに人はいない。それは端っこだからと言う理由と車椅子に乗った少女がいるという理由だろう。静かであった。


「見ればわかるでしょ?」


 まあそうだろう。


「……治りそうなもんだが」

「……精神的な、問題ですよ」


 なるほど。

 それは、仕方がない。


「いや、他に話題も見つかりそうになかったんでね」


 人といるとき沈黙が好きではない。いつも話題を考えている。


「あまり、この足のことは言わないでください、馴れ馴れしいですよ」


 馴れ馴れしいか。よく言われる言葉だ。人に馴れ馴れしくしすぎて嫌われることは多々あるがその分親友は作りやすい。周りの人間は仲がとても悪いかとてもいいかの二つに分かれる。


「女の子の第一印象は良くしておきたいのが男ってものなんだ」


 それ以降電車が来るまで女の子がしゃべることはなかった。電車が来たのでそれに乗り込もうとする。が、女の子が乗ることに困っている様子なので押してあげた。「……ありがとうございます」とむすっとした表情で再び言われたので「どういたしまして」と返す。うん。今日は二つもいい事をした。いいね。僕。

 それからしばらくの沈黙。一駅過ぎる。二駅過ぎる。その間女の子はひとことも発しなかった。僕は話しかける。


「どこで降りるんだい?」

「あと三つ先です」

「偶然だね、一緒じゃないか。降りるときには手伝ってあげるよ」


 何も言わなかったので肯定ととらえる。少し意固地になっているのは分かるが足が悪いんだったらもっと人に頼ったほうがいいと思うよ。そんなことは口にはしなかったけれど。

 一駅過ぎる。


「どっちの方向?南口?北口?」

「北です」

「おう、また偶然」


 同じ学校ということは絶対にありえないのでこれ以上の偶然はありえないだろう。僕の通っている学校は男子校だし。


「途中まで押していこうか?」


 僕はあくまで自然な風に装いながらそう言った。恩着せがましくならないように。今更なんだって話だが。

 あまりにも他人に親切すぎる人間は恩着せがましいと言われてしまうのだ。


「なんでそんな初めて会ったばかりの、しかもこんな面倒くさそうな人間にそこまで優しくできるんですか?」


 訝しまれてしまった。さてどう切り返そうか。


「君が美少女だったからさ」


 僕の中では一番スタンダートな返し。足のことにはもう触れないと決めたし口に出すのはやめておこうと言う気遣いも少々。


「そう、言ってもらった方が気楽なんですか、ね」


 一駅過ぎる。端っことはいえ電車の中は混み始めてきた。


「敬語だとなんかおかしいから普通にため口で構わないよ」


 気になったのでそう言う。おそらく同年代だ。それだったらため口で構わないだろう。


「名前、なんていうの?」


 やっぱり仲良くなるためにはこの言葉だろうか。

 彼女と仲良くなれるよう祈りながら、僕はそう言った。


 ***


 ストップウォッチのボタンを押す。


 1。


 2。


 3。


 4。


 5。と、そこでストップウォッチのボタンを再び押し、めぐるましく変わっていた数字を自らの手で止める。

 結果。5、008308。

 一昔前だったら5秒ジャストとなっていたところだった。惜しい。

 いつか5秒ジャストで止められる日は来るのだろうか?


「なにやってるの?」


 隣にいる彼女が声をかけてくる。

 時間を合わせて一緒に登校しよう、と言う事になったのだ。駅集合だから彼女が起こしに来るという展開があり得ないのが残念だが駅から学校までの道のりは徒歩なので一緒に歩ける。許容範囲であろう。

 時には僕の方が遅刻することもあるのだが……最近ではめっきり減った。

 恋する男っていうのはそんなものなのだろうか。


「科学の発展を確認してたんだよ、一昔前だったらコンマ00で止まっていたのにさ」


 適当なことを言う僕。


「それに5秒ジャストで止められることってできないかと思ってさ。ほとんど不可能だけど」

「ふーん……ねえ、ちょっと貸してよ」


 了承し彼女にストップウォッチを渡す。

 彼女がストップウォッチのボタンを押す。


 1。


 2。


 3。


 4。


 ボタンが押される。

 5。

 結果。4、626096。


「ちょっと早すぎたんじゃないか?」

「……もう一回やる」


 むすっとした表情で再びトライする彼女。

 おっとまた早すぎた。今度は4、7秒台だ。さっきよりかはましだけどまだまだだな。

 何回かトライした後あきらめたらしくストップウォッチを差し出す。不機嫌そうだ。


「結構難しいもんだからなー最初は1秒ジャストから挑戦してみたらいいんじゃないか?」

「いや、あきらめたわけじゃなくて……も、もう電車が来るだけだから!」


 確かにもうそろそろ電車が来る時間ではある。あきらめたのは明白なんだけど。


「……5秒くらいだったら、立てるのかな」


 ぼそっとつぶやく彼女。


「おいクララ、何か言ったか?」

「だまってペーター」


 彼女もテレビアニメの名シーン集を見ていたようだ。100年前のアニメが現代人も楽しめるというのはいいことだと思いながら見ていたが。

 電車が到着。車いすを押す僕。

 彼女がくっと唇をかむ。自分の不甲斐なさに自責の念でも覚えたのだろうか。

 電車が発車する。


 ***


2100年にもなって何も思ったより発展してないと人は言うが、実際は意外とそんなことはないらしい。

デバイスいらずでゲームや通話の出来る携帯というものは、とんでもない大発明だったと最近知った。

そう思ったのは、彼女と連絡を取るようになり、何もなくとも二人で出会うようになったころ合いで合った。


「ねえ、私の事どう思う?」

「とても魅力的だと思うよ」

「もう……」


 二人の仲はどんどん接近していった。

 そうして、最初は聞けなかったような突っ込んだ話まで聞けるような間柄になったころ。


「……なあ、どうして立てなくなったんだ?」

「……両親が、事故で死んだのよ」


 彼女は語る。寂しそうに、悲しそうに、辛そうに。


「大きな事故だったわ――お母さんもお父さんもぺしゃんこになって、私も足の骨を折ってしばらく歩けなくなった。今の医療技術ですぐに治ったんだけれども――でも、なぜか立てないの」

「なぜかって……なぜ?」

「分からない。でも、お医者さんは精神的な問題だろうって――」


 両親を失ったことによる、大きなストレス。

 それは、並大抵のものではないだろう。

 自分のような家族仲良くのうのうと暮らしている普通の少年にはわからないほどの――


「……でも、私分かるの。どうして歩けないのか」

「そ、そうなのか?」


 意外な言葉を聞き、驚愕する。


「前を向くのを怖がっているのよ。進むのを怖がっているのよ。家族のいなくなったこの私に、一人きりの私に寄り添ってくれる人は誰もいない。だから――」


 そう、寂しそうに言う彼女に、俺は体を寄せる。


「一人きりじゃ、ないだろ」

「え――」

「今は、ここにいる」

「――」


彼女の顔が赤くなる。

 そうして黙って何も言わず、ずっとそばにいた。


***

 ストップウォッチのボタンを押す。


 1。ボタンを押す。

 0、993740。難しい。

 ためしに一秒ジャストに挑戦してみたのだが難しかった。

 一秒でも難しいのだから5秒ピッタリで止められる技術なんて人間業じゃないだろう。

 だからこそ偶然に頼らなければいけないのだろうけど。

 さて、真夜中の今。

 自転車で遠出してまで欲しかったものはすでに購入した。買ったのは本だ。

 100年たってもこういうことはやらなくてはいけないらしい。規制が厳しくなったからね。

 こんなところにああいうものが買える書店があっただなんて。毎日車いすに乗ってゆっくり辺りを見回しているだけのことはあるらしい。

 彼女が普段どんな景色を見ているかはわからないが、それでもそれによって得た利というものはあるのだろう。

 せっかく教えてもらったのだから利用してみることにした。

 個人書店はほとんどないというものの少なからず需要はあるらしい。電子媒体よりは自分で手に取って読みたいというのは変わらない。

 特にこういう物はねえ……何も言わないよ僕は。

 自転車で全速力帰宅してる最中なのだが少し気になるものを見かけてしまった。

 夜の公園。

 動く物陰を見つけた。

 この流れで行けばわかり切ったことなのだろうが、一応言っておく。

 彼女がいた。

 一所懸命立とうと努力している彼女が。

 僕は彼女を遠くから見ている。

 邪魔はしたくなかった。それとも近くまで行って励ましてあげたほうがいいのだろうか?

 でも、彼女があんなに努力しているのは僕のためなのだろうから。

 それを僕に言わなかったのは隠したかった理由があるはずなのだから。まあ聞こえてたけど。

 また手すりにつかまりながら立ち上がる。しかし手を放しそうとしたが倒れてしまった。僕はそれを見るたび駆け寄って支えに行きたくなる。

 再び挑戦する彼女。

 と、その時一瞬だけ立ち上がることに成功する。が、すぐに倒れてしまった。

 ……どのくらい立てたのか計っておけばよかったな。ストップウォッチもあることだし。

 再び挑戦する。

 ストップウォッチのボタンを押す。


 1。


 2。


 3。


 4。


 5。倒れてしまった。ボタンを押す。


「5秒……立てた」


 涙を流す彼女。

 立った。立った。クララが立った。


「やった、やった……」


 うれし涙を流している。

 僕はストップウォッチの表示を見た後ポケットにしまい彼女のもとへと歩く。

 さすがに涙を流しているのを見過ごすわけにはいかない。

 後ろから手を彼女の眼にかぶせ。


「だーれだ」

「うわぁ!?」


 驚く声もかわいい。


「み、見てたの!?」

「いやなんか見かけただけだから」

「見てたんでしょ!?」

「いーや見てない見てない」

「嘘つきー!」


 かわいい。

 涙を隠そうとして必死に拭ってるところがいい。


「よっと、立てる?」

「あ、うん」


 立ち上がる彼女。

 少しふらふらした立ち方だがまあこんなものだろう。


「なんかいつもと違う景色……」

「そりゃあ高さが違うからねえ」


 僕には普段の景色であっても、彼女にとっては久しぶりの景色。


「歩ける?」

「い、いやちょっと難しいかも……」

「支えてあげるから大丈夫だって」


 一歩、二歩。散歩じゃなくて三歩。

 まだ拙い歩き方ではあるがそれでも必死に歩く彼女。

 倒れそうになるのを僕が支える。


「そういえば、私の方がちょっと背高いんだね」

「ん?ああ、確かに」


 と、そのとき彼女の顔が僕の顔に近づき、


「ちゅっ」


 は?


「えっと……あの……なんていうか……これがしたかったというか……あの……」


 落ち着け、落ち着け俺!落ち着くんだ僕!素数を数えたりするんだ!1、2、ああ1は素数じゃない!おちつけえええええええ!!おちつくんだあああああああああああ!


 すーはー。多分落ち着いた。


「じゃあ、クララ、こういうことか?結婚を前提に付き合ってください」

「……うん。えっと、これからも、よろしくね」


 もちろんだとも。

 僕は、静かにうなずいた。


 ***


「……これを見てよ」


 ポケットからストップウォッチを取り出す。

 5、000077。


「惜しい」

「惜しかったね」


 これでも天文学的な確率ではあるのだろう。


「ここまでいくんだったら5秒ジャストにしてほしいよねー」

「現実はそううまくはいかないのさ」


 努力で立ち上がった彼女をと一緒にいてあげようと決意した僕を祝福するかのように奇跡的な確率の数字で止まったストップウォッチ。


 ずっと、一緒にいられますように。

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5秒ジャストのストップウォッチ 秋津幻 @sorudo

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