11:ライジング・サンライズ

「哲也、あけましておめでとうございます」


 目を開けると、イオの無表情な顔が見下ろしている。時計を見る。まだ6時だ。


「……正月ぐらい、ゆっくり寝かせてよ」

「いつもゆっくり寝ているじゃないですか」


 僕は頭に布団をかぶり、「あけましておめでとうございます」と言った。


「初日の出を見に行く約束じゃないですか」

「それは、イオが勝手に──」

「問答無用です」

「……一人で行ってきなよ」

「それはできません。私はあなたの側にいなくてはならない。つまり、私が初日の出を見にいくならば、哲也も共に行かねばなりません」


 ……融通のきかないロボットめ。可愛い顔して、やけに強引なんだよなぁ。


「ほら、急いで」


 イオに急き立てられ、僕は観念して布団から出る。洗面所で顔を荒い、歯を磨き、身支度と整える。その合間に、窓から外の様子を窺う。薄らと明るい。


「もう手遅れなんじゃない?」

「まだ日の出の時刻ではありません」

「それで、こんなに明るいんだ」


 厚手のジャージのポケットにカイロを突っ込み、毛糸の帽子にネックウォーマー、手袋もつけて準備万端。イオと連れだって、外に出る。しんと空気は澄んでいるものの、風はなく、思ったよりも寒くはなかった。


 先導するイオはいつも通りのジャケットにスカートと、冬場には寒そうな恰好だが……剥き出しの首回りとか、足とか……、ロボットだから平気なのだろう。


「どこにいくの?」

「この近所ですと、堤防の上が良いと思います」 

「せっかくならさ、富士山の頂上とかがいいんじゃない?」

「高速で飛べば可能ですが、耐えられますか?」

「前言撤回」


 ……歩くって素晴らしいなぁ。一歩一歩、自分の力で、着実に。一度、イオと一緒に飛んだことがあるけれど……いやぁ、地面に足が着くって、安心するなぁ。


 しばらく歩いて堤防に到着。やたらと狭く小さな階段をジグザグに上りきると、視界を遮るものは川辺の木々ぐらいで、ぐんと、空が広くなったように見えた。中でも明るさを増している一画……恐らく、そこから日が昇ってくるに違いない。


 イオが水筒のコップを僕に差し出す。熱く、甘めのカフェオレ。ほっと一息。


「……なんでまた、初日の出なんて見たいと思ったの?」

「それは、私が初日の出を見たいと全く思えないからです」

「は?」

「しかし、人は初日の出を見たいと思うもの。ですから、私も初日の出を経験することで、その理由、意味が分かるかもしれないと考えたのです」

「僕は別に──」

「哲也は変わり者ですから」


 ……ロボットにそう言われたら、おしまいだ。僕は空の一点を見詰めるイオの横顔を見下ろす。呼吸はしているが、その息が白くなることはなかった。


「イオは十分、人らしいと思うけどな」

「まだまだです。もっと知らなければなりません。そうしなければ」


 イオの言葉が途切れる。イオの視線の先に目を向ける。眩しい。日の出だ。初日の出だ。僕はスマートフォンを取り出し、レンズを向ける。何回か撮影ボタンを押し、具合の良さそうなものをSNSに、「謹賀新年」という言葉を添えて、投稿した。


 僕は周囲を見渡す。誰もいない。画像にも評価がつかない。100年前だったら、人で賑わっていたんだろうなと思う。評価がついたかどうかは、怪しいところだけど。


「楽しんでいるようですね」

「……まぁ、実際に見るとね」

「そうですか」

「イオは、わからない?」

「はい。これが美しい光景であること、年に一度の光景であることはわかります。ただ、自然にこみあがってくるものではない……それを、寂しく思います」

「寂しさがわかれば、十分だと思うけどな」

「哲也は優しいですね」

「煽てたって、お年玉はあげないよ」

「子供からお年玉も貰うつもりはありません」

「子供って、僕はもう22歳なんだけど……」

「102歳の私から見れば、まだまだ子供です」


 それなら、僕は死ぬまで子供扱いされるのではないだろうか。見た目だけなら、妹という感じなのに。いずれは娘、孫、ひ孫……ああ、考えたくもない。


「僕はイオからお年玉を貰えるの?」

「欲しいですか?」

「貰ったところで、使い道もないしなぁ」


 生きていくために必要なものも、そうでもないものも、イオが装置で生成してくれるし、何よりイオが一緒にいてくれることが、最高のお年玉だとも思う。


「ありがとう」

「どういたしまして。……今のは、何に対するお礼ですか?」

「それは……まあ、初日の出を見れたことかな」

「やはり、人には特別なものなのですね……初日の出、奥が深い」

「じゃあさ、来年も見にこようよ。その先も、ずっと、分かるようになるまでさ」

「それは良い考えです。一度の失敗では諦めない。それこそ人の──」

「それはいいから、帰ろう。もう直視できないぐらい、眩しいし」

「はい。帰っておせちを食べましょう」

「イオは食べられないだろう?」

「ですから、私の分までしっかり食べてくださいね」


 ……この先、僕はいつまで生きていけるのか。僕が死んだ後、イオはどうするのか。僕のように、生き延びた人を探すのだろうか。滅びを迎えた、この世界で。


 未来のことを考えると気分が沈んでしまうけれど、それでも日は昇る……それだけでも、僕は希望が持てるような気がした。

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