3:ヒーローと魔法少女
御堂つかさは、封鎖領域の黄色い波動を、右目で睨んだ。眼帯の奥、失われたはずの左目が疼く。……こんなの、あいつには「中二病か」と笑われるだろうけど。
「怪獣か」
キーィッと耳障りな音を立てて、風間ハヤトの自転車が止まった。首が痛くなるぐらい顔を上げても、封鎖領域はどこまでも伸びて、中の様子を知ることはできない。
「ファントムかも」
いずれにしても……と、つかさは肩をすくめる。
「これじゃ、遅刻よ」
「ご愁傷様」
ハヤトは自転車を反転、ペダルを漕ぎ出す直前に、制服の裾を掴まれる。
「乗せてけ」
「二人乗りはあかんだろう」
「あんたが下りばいい」
「ひど」
「あんたなら、高速移動ですぐでしょ?」
「お前こそ、箒で一っ飛びだろう?」
──去年までなら。つかさの手が離れ、ハヤトは頬の傷跡を指先でなぞる。
「ここは、折衷案といこうか」
ハヤトは自転車を下り、押し始める。その後ろに、つかさが続いた。
「証明書、発行しとく?」
「あれ面倒だから、パス」
「だよね」
つかさは取り出したスマートフォンをブレザーのポケットにしまう。
※※※
怪獣やらファントムやら、ヒーローやら魔法少女やらが珍しがられたのも数年の話で、人はやがて慣れる。非日常を日常として受け入れられなければ、平穏ではいられないから。
そうなると、怪獣やファントムの出現は、電車のダイヤ乱れと大差なく、当事者、関係者以外にとっては、ただただ、迷惑な話であった。……当事者、関係者以外にとっては。
※※※
「いつまで続くんだろうなぁ」
ハヤトの呟きに、つかさは「さぁね」と答える。
「こっちは幹部クラスも出てきてないぐらいだし」
「俺の方も、まだまだ先兵だって聞いたぜ」
「……私達、運が良かったのかもね」
「だなぁ。よく生き残れたもんだ」
「臆病だったから」
「それな」
勇敢だった同期のヒーロー、魔法少女は、全員死んでしまった。二人は生かされたと思っていたし、「生きてくれ!」「生きて!」と言われた果てに、今があった。
そんな二人を待っていたのは、三年間の任期満了。何の因果か、ヒーロー、魔法少女として戦えるのは、中学生だけ。生存率1%未満という現状で、ハヤトは全身の傷、つかさは左目一つで済んだのは、奇跡であり、幸運であった。それも全て、臆病のお陰だ。
ハヤトが足を止める。新たな封鎖領域。つかさは肩をすくめて回れ右。数歩進んで振り返ると、微動だにしないハヤトの後ろ姿が目に入った。
「どうしたの?」
「いや、どうしてるのかなって」
「どうもこうもないでしょ?」
「苦戦してたり?」
「かもね。……あんた、まさか」
「まさか。今は何もできないんだぜ?」
守る側だったのは、去年までの話。今はもう守られる側だ。怪獣を倒せるのはヒーロー、ファントムを倒せるのは魔法少女のみ。だからこそ、二人も戦ってきたのだ。
「つかさ、覚えているか?」
「忘れたくても、忘れられないわよ」
戦いの日々。最初は守るため、最後は生きるため、心を削り、心を砕き、心を殺し、ただ、無心で戦い続けた日々。差し伸べられた仲間の手の、何と温かかったことか。その手が冷たくなることで、生きながらえた今。自分たちにできることがあるとしたら──
「死ぬかな?」
「死ぬわね」
「だよなぁ」
……仕方ないか。あんたはヒーローで、私は魔法少女だったんだもんね。
つかさは鞄からカッターナイフを取り出すと、ハヤトに手渡した。
「お前な、刃物を持ち歩くなよ」
「ないよりはマシでしょ?」
つかさは自分用のカッターナイフを、カチカチと鳴らす。
「違いねぇ」
ハヤトもカッターナイフの刃を出すと、封鎖領域に向かって駆け出した。つかさもその後に続く。かくして、二人の戦いは始まる。ヒーローと、魔法少女の。
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