カレーができるまで
千千
部屋と炊飯器と私
八月の大安吉日。高校からの友人で数少ない独身仲間だった
披露宴には同じく高校時代の友人たちと連れ立って出席し、そのあとはイタリアンレストランで二次会。そこで開催された定番のビンゴ大会で、私は炊飯器が当たった。
「うーいえぇーーいっ、おっめでとぅごっざいまあーっするうぅ!」
ホカホカ白米の写真がプリントされた箱を、クセのある司会者にテンション高く渡されたけれど……。
ごめん、正直要らない。
幹事さんには申し訳ないけれど、私、料理が大の苦手でまったく自炊しないのよ。
「ねえ、誰か
席に戻ってそう聞く私に、よく知る友人たちは――――
「いいじゃないの、これ。五合炊きの厚釜。炊きなさいよ」
「うち、買ったばっかだし。二台も要らないわよ」
「白米ぐらいはあんたでも炊けるでしょ。無洗米だったらそのまま釜に入れて、水入れて、スイッチオン。終わり」
「そうそう、簡単―――っしゃ、ビンゴーーー!」
と、皆口々に遠慮なく言う。誰かに押し付ける作戦は、失敗に終わったようだ。
恨めし気に見てしまう、膝に乗せた小さくはない箱。
持って帰るにしても、なんか袋とかさ、くれないの?取っ手も無くて…抱えて帰れと?ちょっともう、持ちやすいようにしといてよ~~。
「あ………ったま痛ーい……」
きのうは帰ってきたのが…四時?五時?ちょっと外が明るくなっていたような気がする。今日は休みだから昼ぐらいまで寝ちゃおうと思っていたのに、起こされた。
「………六時…十分」
面倒くさすぎて、そのまま、服を着替えず化粧も落とさずにソファーで寝てしまった私。高かったワンピースが、しわくちゃになっている。頭に付けていたコサージュは…あんな所に。あ。つけまつ毛。いやだ、ソファーに口紅付いてる。気分は最悪だ。
「……………………」
カーテンを閉じたままの薄暗い部屋の中で、肘をつき、両手でこめかみを押さえながら、ローテーブルに置かれた合鍵を冷めた目で見る。
「あいつもさー、こんな日に言わなくたってよくない?しかも朝早く。わざわざ起こして」
天気は良いみたいだ。あー。いまカーテン開けたら溶ける…。
「それか、せめてシャワー浴びるまで待てっての。顔どろどろなのに。そんなに早く出ていきたいんかい」
ぶつぶつと独りで文句を言いながら、気づく。
不自然に空いた家具の隙間。ここにあったはずのもの。代わりに戻ってきたもの。
ただの銀色の塊と化してしまった
……………………。
大学のサークルで知り合って、告白されて、付き合って、一緒に住むようになって、かれこれ十五年か……。
『別れよう。もう無理だ』
そう言い捨てて出ていった。
あいつの言葉が、頭の中で『ぐわんぐわん』と回って――――ムカついてくる。
……………………。
トイレ行こ。
「ぎゃっ」
予期せぬ冷たさが、
………あの野郎………。
「なんっっ回言えばわかんのっ、便座上げたら戻せっつってんでしょーがっっっ」
この叫び、あいつに届け。
「う」
叫んだせいか気持ちが悪くなり、吐いてしまった。
「は…………、ふ」
おしり丸出しで便器に顔突っ込んでる自分の現状を想像してしまい、笑いが込み上げてくる。
「ふっ、…ふふ。っあはははは」
ああ。おっかしい。
水を流したら、ほんの少しだけ、悲しい気持ちが自分の中から出ていった気がした。
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