想いを魂に宿して~ 星屑の魔闘士シリーズ
蒼穹~あおぞら~
第1話 すべてはここから始まった
時は、西暦2076年。
目に入る街路樹の葉が色づき、コートを羽織る人が増えてきた。地球温暖化の影響で最近は冬もだいぶ温かくなってきたもの、それでも時折吹く風は冬の訪れを伝えてくる。
僕は
そんな冬のどこか寂しい風景を眺めなら、幼馴染の女子高生に手を引かれて半ば引きずられるように歩いている。
「柳二は、相変わらず起きるのが遅すぎるのよ。」
せっかく気持ちよく二度寝をしていたのにたたき起こして連れ出すなんて、大きなお世話だと言いたい。
「なんで来たんだよ。」
「なんでって。 今日は研究発表でジュネーブに出張だからって、ひとみさんに頼まれて様子を見に来たのよ。 私が来なかったら昼まで寝てたでしょ! 」
「僕のことはほっといてよって言ったよね。 それに、あんまり学校にも行きたくないし……」
「!? もしかして、また誰かにいじめられているの!?」
幼馴染は先ほどまでプリプリと怒っていたのがウソのように心配顔で振り向きのぞき込んでくる。
「いや……別にいじめられてるとかそういうんじゃなくて……ほら、学校祭の準備やらなんやら、面倒くさいじゃないか。」
そんな言い訳をする僕を彼女は疑いの眼差しでのぞき込んでくる。
「さては、柳二。 学園祭の準備の班分けでまたハブられたのね?」
なぜ一発でわかる!?僕は何も言ってないぞ。
“あなたのことは皆まで言わずとも全てお見通しですよ”と言わんばかりに、小さなため息を履く。
「もう。仕方ないわね。 後で私の方から柳二のクラス担任の池田先生に言っておくから。」
「いや、いや。 担任ってもクラス違うし、そういうのはちょっとね。いいから……」
さっきから僕に対して要らぬお節介を焼いてくれているのは、近所に住む幼馴染の
容姿端麗、才色兼備、闇色のつやのある長髪で、小野小町も裸で逃げ出す和風美人。
誰もが羨む美貌と頭脳を兼ねそなえ、運動神経抜群で、それでいて人当りもよくて、クラスのみんなから頼りにされるスーパーウーマンだ。
そして子供のころから、なぜか僕の身の回りの面倒を見てくれているお姉さんのような、う~ん、ちょっと違うな……なんというか、“小姑こじゅうと”のような存在だ。
「柳二。 今あなた失礼なこと考えてたでしょ?」
「!? まさか! 冤罪だよ!」
僕は顔と両手を振り、ついでに両肩も振り、さらには体全体を振り、全力で否定の意思を表現する。全力でやりすぎて、ちょっと見た目変な奴になってしまったじゃないか。
凛香のジト目が痛い。
付け足すなら、こんな感じでたまにエスパーか!?と言わんばかりの超人的な読心術を発揮するのが玉に瑕だ。
そんないつもの会話を続け、手を引かれて校門を時間ギリギリで抜ける。
「どうにか間に合ったわね。」
「はぁ。はぁ。……間に合っちゃったね。」
「“間に合っちゃったね”じゃないでしょ。 ほら、あんまり時間ないから急いで教室に行ってね。 あと、いつも通り授業が終わったら校門のところで合流ね。」
下駄箱前でいつものようにいそいそと靴を履き替える凛香に、僕は数瞬言いよどみつつ、目を合わせずにつぶやく。
「凛香。 前も言ったけど……僕なんか待たなくていいよ。
実際色んな部活から誘い受けてるんでしょ?ちゃんと部活行った方がいいよ。それに、僕なんかといるせいで変な噂もたっちゃってるみたいだし……」
僕の些細な申し出に、凛香は体を向き直して真面目な顔で告げる。
「柳二。 その“僕なんか“ってのはやめて。 他の人がどう噂してたっていいじゃない。 ……私は柳二と帰りたいの。」
「……」
凛香の言葉に一瞬呆ける。
真剣な目を向けていた凛香は、自分の発言に何を思ったか急に顔を伏せる。
「ほら。ぼさっとしていないで、さっさと教室に行く!」
凛香はそう言うと、何かをごまかすように僕の背中を押して、僕を教室へと追いやる。
そうして、チャイムが鳴って、いつものつまらない授業が始まる。
僕は未熟児で生まれて、幼い頃から体が弱かった。同い年のみんなより小さくてちょっと動くとすぐに息切れし、よく熱を出した。
何をやっても上手く行かない、何もできない。超運動音痴ってやつだ。
そんなんだから、学校にも満足に行けなかったし、同年代のクラスメイトから何かにつけていじめられた。
そんな僕を凛香はずっと面倒を見てくれた。
誰かに虐められていたらいつも助けてくれた。
満足に学校に行けなくて勉強が遅れた分はいつも家に来て、教えてくれた。
重度の高熱を出した時も、三日三晩寝ずに看病までしてくれた。
何度か、なんでそこまでしてくれるの?って聞いたことがあったが、決まって『柳二が助けてくれたから、そのお返し』と言ってくる。
でも、どんなに記憶をたどっても僕には思い当たる節がなかった。
だから、いつも申し訳ない気持ちになってしまう。気後れしてしまう。
高校生になって熱が出ることは少なくなったけど、変わらず運動音痴で病弱で、ぐるぐる眼鏡でドンくさい僕が“憧れの凛香さん“と一緒にいるのを面白くないと思う人も出てくる。
高校生にもなると男女が一緒にいるだけでいろんな噂が飛び交うものだ。
僕の悪口は一向にかまわない。大抵そのどれもが的を射ているから。
でも中には凛香のことを悪く言う噂もある。僕にはそれがどうしても耐えられない。
そして、こんな僕に構っていなければ凛香はもっと幸せな学生生活を送れているはずなのにと思うと、やるせなくなる。
そんなモヤモヤを抱えながら、いつものように授業が終わり、いつものように凛香と一緒に帰宅する。
帰り道の雑居ビルの掲示板には明日の天気やらニュースやらがテロップで流れている。
―“発症すると理性を失い人を襲う謎の奇病、世界各地で発生。WHOが声明……―
―“月面定期航路開発大詰め。 バベルの一般公開迫る。 12月……”―
それらを横目で眺めて思い出したのか、凛香が次なる話題へと話を変える。
「そうそう。 聞いて聞いて。 今度、国際宇宙ステーションにつながる宇宙エレベーター“バベル”が一般公開されるでしょ。」
「あぁ、あの月面定期航路開発ってやつね。 そのオープンセレモニーの一般公募の倍率が天文学的な数字になってるってニュースになってたね。」
「そう! 私なんと、その公募に当選したの!」
凛香は胸を張って屈託のない満面の笑みを向けてくる。いわゆる“ドヤ顔“というやつだ。
だが、それに僕はあえてそっけない顔で答える。
「へぇ。それはすごいね。」
「何よ、その薄い反応は。 すごいと思ってないでしょ?」
「いや……凛香が行きたいって言ってくれれば、僕の分のチケットあげたのに。」
「え!? ちょっと柳二。 それどういうこと!?」
逆に僕がドヤ顔で答えると、凛香は目を見開き、フグみたいに顔を膨らませて僕の首を絞めながらがくがくと揺さぶる。
このままだと僕の首が折れるか窒息死してしまうので、たまらず種明かしをする。
「いやぁ。 ほら祖母ちゃん、あんなんで結構有名人だから、ゲスト招待されてるんだよね……僕の分もなぜかついでにチケットもらったっていうか……」
「えぇ~、何それ! せっかく驚かせようと思ったのに。」
凛香はいたずらが失敗した子供のように、ちょっと残念そうに眉を下げて拗ね顔で責めるように見上げてくる。
学校での凛とした雰囲気とは違った凛香の年相応の表情に、最近ドキッとさせられる。
思わず赤くなった顔を悟られないよう顔を伏せる。
「でも、これで柳二と一緒に行けるね!楽しみ!」
さっきまでの不満顔から一転、声を弾ませてはじけるような笑顔を向けてくる。僕は行けないんだと言うのがためらわれるほどの屈託のない笑顔だ。
公開前に一度実験のためにバベルに上ったことがあったが、ひどい宇宙酔いにあってそれ以来宇宙はダメなんだけどな……。
凛香は僕がそう切り出すのを遮るかのように、話を切り替える。
「ねぇ、そういえば、今ひとみさんジュネーブなんでしょ。今回はどんな研究発表をするのか知ってる?」
「一応実験に付き合わされた身としては、内容自体はなんとなく知っているけど、細かい理論とかそうのはさすがにわからないなぁ。」
「それでもいいから、教えて!」
キラキラした目で顔を近づけて、いつになく凛香がグイグイ聞いてくる。
「なんかこの前発表した新たな素粒子―“オリジン”だったかな―の特性と分布に関しての研究発表だとか。体中に色んな電極付けられて、いろんな実験に付き合わされて、さすがにげんなりしたよ。」
「そうなんだ。今まで観測されたこともない全く新しい素粒子なんでしょ? それの特性実験とか、もうそこまで研究してるんだ……。 相変わらずすごいなぁひとみさん。 憧れちゃう。 それに関われる柳二がうらやましい。 ねえ。今度実験を手伝うとき私も連れて行ってもらえない?」
「……う~ん。 まぁ、頼んでみるよ。祖母ちゃんいつも人手が足りん足りんって言っているし、凛香ならたぶん大丈夫じゃないかな?」
「キャー! 本当!? あぁ……どうしよう。なにか必要なものとかあるかな。 でも、私あんまりプログラミングとか得意じゃないんだよな~、ちゃんと勉強しておけばよかった。 でも今からでも少しでも勉強した方がいいよね。 何から手を付ければいいかな……」
凛香は一人有頂天になってスキップをしている。僕を置き去りにして、その精神も文字通り天の頂に旅立ってしまったようだ。
安請け合いしてしまったが、ここまで凛香が大はしゃぎするとは思わず、今更ながら不安になる。が、まー祖母ちゃんの好物のだし巻き卵で機嫌を取れば大丈夫だろうと心の中で皮算用をする。
会話からもわかるように、僕は祖母ちゃんの影響で理系よりの話が好きだが、見た目によらず凛香も結構な理系オタクだ。
何でも祖母ちゃんみたいな素粒子物理学、特に霊子結晶アニマ理論研究に興味があるんだとか。
心ここにあらずの凛香を放置して、しばらく歩いてようやく家に到着した。
相変わらず体力のない僕は、はぁはぁと息を切らして重い足を引きずり、何とか玄関にたどり着く。
「ついたよ、凛香。 それじゃあ、また今度。」
疲れ切った僕とは対照的に、目をキラキラさせて輝かしい未来を想像していた凛香がようやく現世に戻ってくる。
「は!? もう着いちゃったの? じゃあ、ここまでね。 さっきの話、絶対に忘れないでね。」
「はいはい。わかったよ。」
「はいは一回でしょ。」
凛香は相変わらず小姑のようなことを宣のたまい、しょうがないわねといった顔でバイバイと手を振ってくる。
「あ、そうだ柳二。 今日、ひとみさんいないんでしょ。ご飯はまだよね? 後でご飯持ってきてあげるわよ。」
凛香の意外な提案に一瞬虚を突かれ、返事をし損ねていると、凛香が畳みかけるように口を開く。
「違うのよ。ほら!何ていうか……私、昨日ご飯作りすぎちゃって。余っちゃってさ。 気にしないで。単なる残飯処理をお願いしているだけなんだからね。」
なんか言い訳がましく聞こえるその解答に釈然としないものを感じながらも押し切られる形で了承する。
凛香が角を曲がるところで振り向きざまに手を振ってきたので、それに小さく手を振ってこたえた。
「ほんと、なんで僕なんか……君とじゃ釣り合わないよ。」
僕の独白は秋の風に吹かれて消えていくのだった。
玄関をガラガラと開けて入り、廊下に出たところで違和感に気づく。家が温かい。
あれ?もしかして暖房付けっぱなしだったか?
温暖化対策で電力制限されている昨今、これやると祖母ちゃんに怒られるんだよなーと思いながらも、廊下を抜けて広間を目指す。
この母屋は、僕の母かたのばあちゃん=神谷ひとみの実家で、今は珍しい純和風の木造平屋である。日本庭園風の庭までこさえられた本格派の古民家だ。
日本庭園を右手に見ながら、廊下を進む途中、なんだか嫌な予感を覚える。昔からこういった負の予感はなぜか良く当たるのだ。
そして、その嫌な予感は、紫の霞となって廊下の先の居間から漏れ出ているように
―何かがいる。
逃げることも考えたが、なぜか知ったような気配を感じ、だが悪意のあるその予感に身構えながらも意を決して居間のふすまを開ける。
そこに見知った顔がひどく醜悪な笑みを浮かべて立っていた。
「よう。能無し柳二。会いたかったぜぇ。」
「雄我……さん!?」
父さんの道場ばかりか榊さかき家のすべてを奪った男。
―
「早速だが、死んでくれや。」
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